見出し画像

短編小説『赤く、青く、真白く』後編

茉優はどうしても楓と直接話がしたくて、楓の家を訪れていました。

「楓、山下さんがいらっしゃったわよ」

「すみません。ありがとうございます」

楓の母に案内されて、楓の部屋の中に入ると、

「茉優、いろいろごめん......」
楓は、無理に笑顔を作ろうとしています。

「楓、大丈夫?」

楓は泣き腫らした顔を見られまいと、茉優から視線をそらします。

どういう経緯だったのか、楓はポツリポツリと話し始めました。

「自分が馬鹿だったんだ。好奇心から入ったんだけど......やっぱり、アレって......」楓はうまく言葉にすることができません。

楓が言うのには、最初はキスぐらいまですすんだら終わらせよう、それで『スマホと高校生の恋愛事情』の短編小説を書こうと思っていたそうなのです。

しかし、相手は初めからそれ以上を求めてきて、楓は半ば強引に処女を奪われたと言います。


楓の彼、勇気の自宅では、両親がいない時を見計らって、勇気が楓を連れ込んでいました。

「いやっ、やめて。そんなつもりじゃあ......」

楓の下着を乱暴に剥ぎ取ると、勇気は抵抗し嫌がる楓の言葉に耳も貸さず、楓の中に入っていきました。


茉優は同級生のそういう話を聞くのは初めてでした。しかも、親友の楓の口から......。

商業施設の多目的トイレの中や、公園のトイレの中、彼の自宅や、人気のない建物の階段の踊り場などで行為におよんだと言います。


楓の彼、勇気の自宅では、楓の嫌がることを彼が強要しています。

「なあ、いいだろう?」

「嫌! そんなものを入れるなんて、絶対、嫌っ!」

それから、彼が色々なプレイを求めてきて、楓も最初の頃は嫌がってはねつけていたそうですが、彼があまりにもしつこく求めてくるものだから、しょうがなく付き合っていたら、回数を重ねる度に気持ちよくなって行き、もう、それからは一気にセックスにのめり込んだと言います。

「あれって...中毒になるよ。自分が自分じゃなくなるみたい。私の中にいる女の部分...が欲しがるんだと思う」

楓は茉優から視線をそらし、つぶやくように続けます。

「ヤってる時は、相手も私も動物になっているような気がする。他の何もかも忘れて......」

今度は茉優の瞳をまっすぐに見つめなおし、

「茉優みたいな子に、こういう話を聞かせると、恋愛に対して幻滅するんだろうなあ、と思うけど、実際、男と女って行き着くところは、結局そこなんじゃないかな......」と、はっきりと言いました。

茉優は楓の横顔を見つめながら、『いままで自分が知っていた楓じゃあないみたい』と、楓の中に潜んでいた別な顔を見つけてしまった自分に、激しく動揺していました。


家に帰ってきてから、茉優は楓の言葉を思い出し、自分が大島に抱いているこの思いも、最後は楓が言うみたいに男と女の関係に行き着くのかな、と漠然と考えていました。

昔からドラマなんかでは、高校教師と生徒の恋愛って、悲しい結末を迎えるものが多いけど、以前 、SNS への投稿を見た時に『教師と生徒で結婚した人達って意外と多いんだ』と思って、茉優は驚いたことがありました。

『やっぱり、そういう人たちも片方が高校生の時に 、セックスをしていたんだろうか? いつ?どこで?』茉優は、いろいろな想像を膨らませます。茉優はそんな自分を、『汚い』と、思ってしまいました。



結局、楓は、ニ週間ほど休んだ後に、学校に再び戻って来ました。そして、文芸部の部室へも以前のように顔を出すようになりました。

「ねえ、茉優、昨日のあのドラマ観た?」

「うん、観たよ。予想外の展開だだったね」

部室でも、茉優は楓と以前と何ら変わりなく、他愛もない話で盛り上がったりしていました。

楓に大島のことを話すようなことはもうなくなっていた茉優でしたが、変わりなく、楓とは仲の良い友達でいられました。

楓と学校からの帰り道でのことです。

「ごめん、茉優。今日はカラオケ行けないや。もう帰らないと」

楓はすっかり両親に首に鈴を付けられたみたいで、外へ遊びに行くことは許されていませんでした。

よく行っていたカラオケとか、ショップ巡りとか、いまでは二人で行くこともできなくなっていました。


文芸部の部室では、楓が部員のみんなに、今回の一件のことを謝っています。

楓の一件が発覚したことで、文芸部の皆が書き貯めていた『スマホと高校生の恋愛事情』というテーマは、「あまりにもタイミングが悪すぎる」と、いうことになり、見送りになったのです。

「えーっ、せっかく書いたのに」
残念がるみんなに楓は、

「みんな、本当にごめん。私のせいで......」と、頭を下げています。

それでも茉優は、大島への思いをしたためた短編小説を読んで貰えていたのを知っていたので、それはそれで満足していました。

そして、大島の自分への態度が少しずつ変わってきていることにも気づいていました。

授業中、目が合うと、慌てて目をそらすのです。
最近、茉優は大島の気持ちを探っています。


学校からの帰り道、楓が言いだしました。

「茉優、気づいてないの? 大島、茉優のこと絶対好きだよ! 私にはバレバレよ」

「そうかな......」

楓の言葉を鵜呑みにするわけではなかったのですが、茉優も「そうじゃないかな」と、考えていました。
後は確認するタイミングだけでした。そして、そのチャンスがやってきました。



茉優は大島の英語の補習を受けることになりました。
それも二人きりでした。
予定していたもう一人の生徒が、体調不良のため急遽早退したためでした。

ひと通り補習が終わると、
「じゃあ、今日はここまでにしようか?」と、教材を片付けながら大島が言います。

帰りかける大島に、茉優は思い切って声をかけました。

「先生、ちょっと待ってください。お話があります」

サァーッ......少し開いた教室の窓から、初秋の匂いをまとったいたずらな風が舞い込みました。

「なんだ、山下?」

「先生...私のことどう思ってる? 私ね...先生のこと......好きなんです。付き合ってもらえませんか?」
茉優は耳まで真っ赤にして、やっとの思いでそう伝えます。

茉優は、すこし震えるからだを必死で堪えています。

大島はオロオロしながら、辺りを見まわし、ここはニ階なのに窓の外も見て、誰もいないことを確認すると、茉優の瞳を真っ直ぐに見つめて、

「山下、俺もお前が好きだ!」
茉優を抱きしめました。

茉優は心の中で「やったーっ!」と、ガッツポーズをしましたが、同時に、ポロポロと涙が溢れ出て来ました。
自分でもどうしてなのかわかりません。

その茉優の反応に、大島も戸惑いを隠せません。二人はそうやってしばらくの間そのまま動けないでいました。



教室ではなるべく目を合わせないようにしていましたが、ふとした瞬間に目が合うと、付き合っていることを実感して、茉優は幸せな気持ちになりました。

それから休みの日には、短い時間でしたが、二人は外で会うようになりました。さすがに近場ではまずいので、少し離れた場所で待ち合わせをして会うようになりました。

カラオケに行ったり、映画を見たり、普通の恋人同士がするみたいに時間を過ごしました。
二人でいるときは、大島は茉優と呼び、茉優は明人と呼び合いました。
それが茉優にとってはものすごく嬉しかったのです。

初めては、大島の部屋でした。

楓から聞かされていたので、すごく痛いものだと思って、茉優はかなり緊張していましたが、そこまでの痛みは感じませんでした。

大島が高校生とは違い、女性に慣れていたからでしょう。
数回目からは、茉優はすごく感じるようになり、灯りの下でも、おたがいのものを愛せるようになっていました。

大島は楓が言っていたみたいな、無理に茉優が嫌だということは決して、しなかったし、させなかった、ということもありましたが、やはり、『大人は余裕があるんだな』と、茉優は思いました。

『初めてのひとが明人で、本当に良かった』と、心から感謝していました。

けれども、そんな甘い時間は、そう長くは続きませんでした。
大島の転勤が決まって、四月から県外の高校に行くことになりました。

大島がこの街を去る前の夜、ラブホテルでふたりは愛し合いました。
誰に気がねすることもなく、思いっきり愛を確かめ合いました。

大島は、「茉優、愛してる」と、何度も何度も茉優に優しく伝えました。



大島が県外へ転勤になって、茉優の大学受験が忙しいこともあってか、お互いに連絡する事が少なくなって行きました。


茉優の部屋に、母が受験勉強をがんばっているわが娘のために夜食を持ってきています。
すると、そこには寝落ちしている茉優の姿がありました。

「まあ...この子は。寝るんだったらちゃんとベッドで寝ればいいのに......」と、娘の心配をしながらも、毎度のことです、すこし呆れています。


大島と茉優のおたがいの連絡の回数も、毎日がニ日になり、ニ日が一週間になり、一週間が一ヶ月になり、すこしづつ減って行きました。


無事入学できた大学のキャンパス内で、茉優が友だちと挨拶を、かわしています。

「茉優、おはよう! 今日さぁ、新しくできたあのお店行かない?」

「うん、もちろん。行く、行くっ!」

茉優が実家からすこし離れた県外の大学に入ると、たくさんの友達もできて楽しく、忙しく毎日を過ごしていました。

そして、大島とのある日の些細な電話での言い合いを境に、お互い連絡をとり合うことも、会ったりすることも、全く失くなっていました。

そうして、自然消滅という形で、茉優の初恋は終わりを迎えました。





「あなた、気をつけて行ってきてね。あちらのお父さんお母さんによろしく」

「茉優、子供たちのことはよろしくたのんだぞ。今は、こんな時期だから、何があるかわからないから......」

「大丈夫、任せて! 子供たちのことは心配しないで」

茉優と明人は、四年前に籍を入れました。茉優が大学を無事卒業し、就職したその年、7月7日、七夕の日に久しぶりに偶然再会して、それからまた連絡を取る合うようになると、やはり、おたがいに愛していた、ということに改めて気がついたのです。

会えない時間が愛を作るという、ありきたりな言葉は、二人の場合は一度別れてしまいましたが、どうやら、本当にそうだったみたいで、運命と言うか、やはり、そういうもので繋がれていたのでしょう。

今では二人は、娘二人に恵まれ、毎日楽しく幸せに暮らしています。

茉優は、今でも夫、明人と過ごしたあの高校ニ年生の一年間を思い出します。
告白もできず、勝手に失恋しかかったこと、自分の思いを小説にしたためて伝えたこと、親友の楓の事件のこと、補習の時、教室で告白したことなどの大切な想い出たち。

これからもきっとあの想い出たちは、その色鮮やかな輝きを失うことなく、茉優のなかでいつまでも、いつまでも、きっと息づいていくことでしょう。

神のみぞ知る、ですね。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この作品は、以前発表したものに加筆、修正を施したリメイク作品です。

よろしければ コメントお願いします。短くてかまいません。頂いたサポートは大切に使わせていただきます。