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短編小説 『大理と日向子』

ふたりは、心地よい希望に満ちた光を、その純真無垢ないのちに浴び、ほとんど同時に、この世に生を受けました。



大理(だいり)、日向子(ひなこ)。俺たちふたりは幼なじみだ。誕生日は三月三日、生まれた病院も同じ、両親ともに同級生で友達同士、おまけにお隣さんだ。

とにかく、 俺たち二人は小さい頃から何をするのにも一緒だった。お互いのことはよく知っていたし、よく喧嘩もしたが、仲は良かった。

俺が日向子のことを、ただの幼なじみではなく、異性として意識しはじめたのは、高校一年生のころ、親友の翔太から、日向子のことが好きだから紹介してくれないか?と、頼まれた時からだ。

可愛いくて、 明るくて、みんなの人気者で、学校で一番モテているっていうのは知ってはいたが、実際、そういうことを頼まれると、少し胸がざわついた。結局、その翔太は、ソッコーふられたが。

そうすると不思議なもんで、それまで何とも思わなかった、日向子のちょっとした仕草や、香ってくるシャンプーの匂い、ちょっとだけ変えた髪型、全てが気になりだし、日を追う毎に日向子を好きだ、という思いが強くなっていった。

「大理、ごめん...先に帰っててくれる? 今日、ちょっと有紀と用事があるんだ。 楽器屋さんに寄って帰るから、お母さんに伝えといて...遅くなるって。メールを送ってもお母さん見ないから」

「わかったよ、日向子。遅くなんないようにな。おばさんは大丈夫だと思うけど、おじさんは凄く心配するじゃん。この前も、もめたんじゃないの?あの夜遅く帰ってきた日」

「いい加減にしてほしいよ、全く....もう、子供じゃないのに!」

「いやいや...日向子、俺たちまだまだ子供だって。高校生じゃん」

「何言ってんの大理、ヒナのこの胸見てよ。大きいでしょう?すれ違う人みんな、チラ見していくんだから」

目のやり場に困った大理が視線をそらす。

「大理ったら、いやらしい。ヒナのこの胸見て興奮してるんでしょう?」

「いい加減にしろよ日向子、怒るよ!お前の胸見て、興奮なんかするかよ。ちっちゃい頃、どんだけ一緒に風呂に入ったよ。お前の裸なんか見飽きてるってば」

「でした、そうでした。ヒナのすっぽんぽんはもう大理には見られてるんでした。未来の旦那様にも見せたことないのに。あ~あ、なんかすっごい損した気分」

「日向子、遅くなるから早く行きな。おばさんには伝えといてやるから。じゃあな!」

「はーい、よろしく。じゃあね!」

大理の日向子へ気持ちは、ただの幼なじみから、片思いの相手へと変わっていたのですが...日向子は全くそういうことには気がつきません。そういうところが、天然と言うか無神経と言うか。

「あーそうなの?日向子、遅くなるって」

「そうなんです。楽器屋に寄って帰るからちょっと遅くなるって、有紀と一緒らしいですよ」

「ごめんね大理くん。いっつも伝書鳩みたいに使っちゃって、あの子ったら本当に!」

「いえいえ、そんなたいしたことじゃないし、どっちみち帰り道なんで」

「ありがとう大理君。君みたいな良い子が隣で良かったわ。日向子の幼なじみで」

「じゃあ、おばさん。僕はこれで失礼します」

「本当にありがとね、大理くん」

日向子のお母さんは泣いていた。

あの日、俺と別れた後、交差点で信号待ちをしていた日向子に、歩道を暴走してきた車が突っ込み、あっけなく逝ってしまった。その事故では、五人が亡くなったと言う。

煙突から立ち上る白い煙の中に、日向子の面影を見たような気がした 。彼女の笑い声が聞こえたような気がした。 何故だか、自分の周りにまとわりついて、何か言いたげにしているような気もする。

父さんも母さんも、目を腫らして泣いていた。そんな両親を残し、俺は一人火葬場を後にした。

二人でよく通った道、遊んだ公園、立ち寄った店、その想い出に浸りながら、一人とぼとぼと家へと帰って行く。

「もう少し話がしたかった。もっと...ずっと一緒にいたかった。日向子......」

「あたたたっ...ここ、どこだ?何ここ...辺り一面お花畑って。確か...私、さっきまで...あっそうだ、車が突っ込んできて、それにぶつかって」

「ホゥホゥホゥ!お前さん、やっと気がついたのか」

「あなたは誰ですか?おひげのおじいさん」

「うむ、下の世界ではサンタクロースと呼ばれておるな」

「サンタのおじさん?」

「そういうことになるかな」

「私は、今どこにいるの?教えて!」

「ここはね、あの世に行く前の準備をする世界なんじゃよ」

「あの世って。私は死んだの?」

「うん、残念ながら」

「えーっ、本当に?」

「うん、まだ生きていたかったろうに」

「それで、私はこれからどうなるの?」

「あちら側へ行く前に、もうすこしだけ時間があるから、皆にお別れをしてくるといい」

「お別れ...ですか?」

「あたたたっ、いてっ」

日向子が痛がりながら顔を上げると、たくさんの人が自分の葬儀に参列して泣いていました。その中に大理もいます。

「こういうの、テレビドラマとか映画でよく見たけど、やっぱり本当にあるんだ。私、死んだんだな」日向子は冷静に自分の今の状況を受け入れました。

大理の後をついて行きます。話しかけます。しかし、その声は届きません。

「大理、思ったほど泣いてないじゃん!」

日向子は何だか少しだけ、残念な気がしました。

それから自分の家に、父、母たちの様子を見に行くと、二人とも会話もなく、母は泣いてばかりでした。深い胸の痛みを日向子は感じずにはいられません。

「こんなに愛されていたんだ。お父さん...お母さん......」

日向子が大理の様子を見に行くと、大理は毎日毎日沈み込んで、学校でも、部活でも、元気がありません。誰とも自分から進んで話しかけようとはしませんでした。話しかけられても生返事ばかりで、会話はそこで途切れてしまいます。昔の大理はこんなではありませんでした。

そして、日向子は大理の本心を聞いてしまいます。

日向子と二人で、冗談で撮ったスマートフォンに残された写真を見ながら、大理がポタポタと涙を溢し、「日向子...日向子......」と、嗚咽混じりに泣き出したのです。

「大理!日向子、ここにいるよ。ここにいるったら!聞こえないの?ここだってば!」日向子は一生懸命、彼の気を引こうとして、頭を叩いたり、体を触ったりしますが、その体はすり抜けてしまいます。その声は届きません。

それから何日経っても、大理はそんな状態を続けるばかり。日向子はだんだん悲しくなりました。あんなに元気で、優しかった大理が、見る影もなく、暗く落ち込んで日々を過ごしています。それは自分のせいなんだ。嬉しい反面、悲しくもありました。昔の大理に戻ってほしい、と日向子は思いました。

親友の有紀の様子を見に行った時、日向子はあることを思いつきます。実は日向子は有紀が大理のことが好きだ、ということを知っていました。

日向子は有紀のことは大好きでしたし、もちろん大理のことも大好きでした。 彼のことは異性というよりは、ただの幼なじみという感情しか抱いていなかったので、いつか有紀と大理をくっつけたいと思っていたのでした。

「そうだよ!有紀と大理を付き合わせれば、大理は元気になるかもしれない」
そう考えて日向子は、一生懸命そうなるように仕向けます。

しばらく学校を休んでいた大理のもとに、有紀が学校のプリントとか、連絡事項とかを持ってきました。

大理の母親も、息子のことを心配して、なんとか元気を取り戻すようにと、気に病んでいたので、帰ろうとする有紀を引きとめ、

「上がって頂戴、有紀ちゃん」と声をかけました。

「大理君、大丈夫?みんな心配してるよ」

「有紀ちゃん、ありがとう。俺は大丈夫だよ」

そう力なく言う彼は、全然、大丈夫じゃありません。

「そうだ!たまには外に遊びに行かない?」

「いや、そんな気分にはなれないよ」

「大理くんの気持ちはわかるよ。ずーっと一緒だった、幼なじみの日向子が死んじゃったんだから」

「......」

「けれど、大理君がいつまでもこんなだったら、日向子は心配でしょうがないんじゃない?」

さすがです。有紀は日向子のことをよく知っています。日向子は、うんうん、と相づちを打ちながら感心しています。

「日向子のことは忘れなくてもいいから、元気だけは出そうよ。そんなの大理君らしくないよ!」

持ち前の積極性で、有紀は大理を外に連れ出すことに成功しました。

それから、有紀は大理と一緒に映画館、テーマパーク、コンサート、色んな所へ出かけるようになりました。

全ての場所に日向子はついて行きましたが、その日向子の感情に徐々に変化が現れて行きました。

最初は大理に元気になってほしくて、有紀といい仲になってほしいな...と思っていたのに...二人が楽しそうに笑顔を見せて、じゃれあっているのを見ると、なぜか胸の奥がキュッと締め付けられるのです。

「これって...もしかして......」

やっと、日向子は自分の気持ちに気づきました。そうです、日向子は大理のことが大好きだったのです。これは恋だったのです。

今更ですが...色々と策を練って有紀と大理をくっつけようとしたことを、日向子は後悔していました。

そして、日向子の中では、もうとっくの昔に大理は幼なじみではなく、恋心を抱く一人の男性として存在していた。ということにやっと気づいたのです。

しかし、後の祭りとはこのことです。遅かったのです。今、日向子の目の前で、大理と有紀がキスをしています。大理の手のひらは有紀の少し膨らんだ胸の上に優しくそっと置かれています。

日向子は、見るに絶えず、その場を去って行きました。その後どうなったのかは、日向子は考えたくもありませんでした。 ただ、日向子のその心、想いはズタズタに引き裂かれ、後悔ばかりが頭をもたげ、「自分は何でこんなことをしてしまったんだろう?」と涙がとめどなくポタポタと頬を伝って流れ落ちました。

「あいたたたたたっ」

「ホゥホゥホゥ、お帰り!」

「あなたは...サンタのおじさん」

「大切なものは見つかったかい?」

「......」

日向子は声が出ません。

「そうか、見つかったんだね。よかった、よかった」

「じゃあ、準備しようか?」

「準備って...?」

「元の世界に帰る準備だよ」

「元の世界って。私、死んじゃったんじゃあないの?」

「いいや、君はまだ死んではいなかったんだ」

「けれど...私の体は、火葬場で燃やされて失くなってしまったんじゃないの?」

「あれは幻影なのさ。私が君に見せたね」

「なんで、そんなことを?」

「君は、今日が何の日か、知っているかい?」

「さあ?」

「今日は、12月25日!」

「クリスマス?」

「君がちっちゃい頃に、サンタさんにした『お願い』覚えているかい?」

「小さい頃、お願い?私が?」

「そうだよ。君がしたお願いはね、内緒のお願い。『大理くんと結婚できますように!』それをクリスマスのプレゼントに君はねだったんだ。その年のご両親は大変だったみたいだけれど。なにしろ、君が欲しいプレゼントのヒントさえも教えないものだから」

「えーっ!私、そんなことお願いしてたの?」

「このプレゼントは、ちょっと時間がかかったが、やっと届けることができた」

「なんで、こんな回りくどいことを?」

「それは君にね、気づいて欲しかったんだ。君は大理くんの事を男として見ていなかったでしょう?」

「......」

「けれどね...ちっちゃい頃は、君は大理くんのことが大好きだったんだよ。結婚したい!将来は...っていうぐらいにね」

「......。」

「じゃあ、心の準備ができたら、行こうか?今、君は病院のベッドで目を覚ますところだ」

「あいたたたたっ」ひどい頭痛で日向子が目を覚ますと、父と母が日向子を覗き込んでいました。

「日向子、大丈夫?わかる?私たちのこと」

「うん...分かる」

傍らには、大理がいます。

「大理」

「...何? 日向子」

「ヒナね...大理のこと、大好きっ!大好きって... 結婚したいっ!ていう意味だからねっ!」

日向子は、ちょっと顔を赤らめました。

大理は、もう顔が真っ赤です。

日向子の父と母は、安心したのと、突拍子もないことを言い出した、娘の言葉に大笑いです。

病室には明るい笑い声が響き渡りました。

「もう...お父さん、お母さん、笑わないでよ」

「わかった、わかった。目が覚めたと思ったら、結婚するって言うから。お父さんも、それはそれで嬉しいんだけれど、まだ先のことだと思っていたから。おまえたちは、まだ高校生だから、社会人になってからのことだよ。分かるよね?日向子も大理くんも」

日向子は今更ですが、自分が言った言葉の重大さに気が付いて、顔を真っ赤にしています。

大理は、言葉もでません。もう、耳まで真っ赤です。

これから先の二人が思いやられますが...どうか、お幸せに!

窓の外では、夕方から降り始めたやわらかな粉雪の中、「ホゥホゥホゥ」という優しい笑い声が遠ざかって行きました。


最後までお読み下さり、ありがとうございました。


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