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市川沙央『ハンチバック』 読書感想文 A

こんばんは、カズノです。
市川沙央『ハンチバック』を読んで、感想をXに連投しました。その全文を再掲します。
けっこう最近の記事です。てか今週か。
長いので3回に分けます(A・B・C)


A-①
市川沙央『ハンチバック』(文藝春秋・2023)
#読了

障害を持った人物の、日々の現実や雑感、その雑感から生まれるドラマ。テーマ/内容は周知でしょうが、障害以外の話題も多い。目立つのは性的な話題ですが(そうなんですが)、いずれにしろ話しがいのあるおもしろい小説。その点が何より重要。


A-②
まず注目させられるのは文の上手さです。めちゃくちゃ上手い。
話を進めるための文、物事の形容、批判・皮肉・ジョークを入れる「間」もぜんぶ上手い。
これくらいの中編小説を進める文として素晴らしい。


A-③
加えて、純文学系のまだるっこしくも独善的な文体を吸収しつつも、べたっとしない軽さを持ってる。または飛躍を追わずにすむ平明な落ち着きを持ってる。
この落ち着いた軽さは、それら純文学系の「臆病な独善」を突っ放して、「本気の独善」をやっている爽快さから生まれてます。


A-④
純文学的なテーマ・内容をまだるっこしく/飛躍的には話さず、進行・形容・批判・ジョークに力点を置いてとんとん進めていく文。
市川オリジナルと言えそうな文体を持っている。
たいしたこと話してないのに文体だけで新しく見えてる、みたいのじゃないってことね。


A-⑤
他人の文体模写も上手いけど、これは今は誰でも上手いので、まあ特筆すべき点ではないと思います。
ま、ちょっとこの器用さが気になると言えば言えるかも。


A-⑥
加えて、論理的な作家ですね。ある問いへの答え方について、「ああも受けとめられるし、こうも受けとめられる」という反芻をよくする点で、もろにそう。
この資質も市川オリジナルに力を貸している。


A-⑦
ま、最近の小説家さんはあまり論理的整合性に重きを置かないものだってことですが。
文体や形容をどうするかという、感覚的なとこばっかで、筋道を立てて考えていくことをあまりしない。
そのせいで市川の独自性になってるという、消極的なオリジナルといえばそうかも。


A-⑧
いや、正統派と言ったほうがいいか。単純に。


A-⑨
それから、プロットやキャラ設定が作者にしっかり見えてる。
これも純文学系では珍しくて、成り行きだけで書いてるわけじゃないのが好印象。
書き方としてはエンタメ系すね。


A-⑩
まあたぶん、それまでラノベを書いてたという経験がそうさしてるんだろうとは思いますが。


A-⑪
なので、長編にしてほしかった作品。
このテーマ、この内容を、中編にしているのが惜しい作品。


A-⑫
ただ長編にしたら、文体の妙や作者の論理的構築力、プロットやキャラ設定の力も試されるとは思います。
市川の『ハンチバック』は中編だから上手く行っている印象もある、ということですね。


A-⑬
エンタメ的なプロットやキャラ設定にしても、最初からはっきり決めていたかは分からないレベルで終わってる。
純文学系でもそれなりの経験や知見のある作家ならこれくらいは書くだろうな、という印象。


A-⑭
純文学的なまだるっこしさや飛躍はないにしても、更にそれ以上の観察・考察を求められた場合、この落ち着いた軽さはどうなるのかな、とも思います。
論理的な体質からしても気になる。


A-⑮
論理的なのは分かる。けど、ほんとに論理的に突き詰めていく能力があるのかどうかは『ハンチバック』だけじゃ分からない。
中編の本作では、そういう中途半端さがある感じ。


A-⑯
このテーマで同じ内容を長編で書いたらどうなるか、そこで決まる気がしますね、この新人さん。
実際このテーマ、この内容は、長編のほうがふさわしいはずだし。


A-⑰
純文学系ではおよそ見かけない、しっかりプロットを立ててキャラ設定もきっちりやって、論理的にこのテーマを突き詰めて、誰もの現実を揺さぶる、でも誰でも読めるエンタメの恰好をした長編小説。
それが読みたいです。



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