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スピリチュアル・ヘルス

WHOの健康定義に、肉体だけでなく、精神や社会的な側面が入っていることはみなさんよくご存知だと思います。健康の定義を歴史的にみていくと、人類の進歩が見えてきます。初めは体が丈夫で病気でなければ良い、という時代でした。次に、心の状態が健康にとても大きな役割を果たしていることがわかってきて、心身医学が発達してきました。今では、心身相関は誰もが知っている当たり前のことになっています。健康の専門家の間で心の次に問題になってきたのは、社会適応という問題でした。心と体が健康でも、引きこもって社会的つながりがない状態は果たして健康と言えるだろうかという問題です。そこをクリアにしていくために、「社会的」という側面が、健康定義に加わりました。

さて今日私がお話ししたいのは、第4番目のスピリチュアルな健康という概念です。20年以上前にWHOで1回、スピリチュアルな健康概念を健康の定義に入れてはどうかという議題が提出されましたが保留となりました。スピリチュアルと言う言葉の意味を理解するのが難しかったからではないかと私は思っています。
スピリチュアルという言葉は、人によって様々なイメージを持つ場合があり、その頃はまだ、非科学的だという印象が強かったかもしれません。

医療分野でスピリチュアルという言葉を使うときには、スピリチュアルペインというように、生きる根源・意味・目的といった実存的な意味合いが強調されます。
スピリチュアル・ヘルスは、メンタルヘルスとの区別が難しいように思いますが、別次元であることはいくつかの例で説明できます。メンタルヘルスが良好であるというのは、社会適応が良好であることを意味するので、不登校などは適応障害というメンタルヘルスでは問題視される対象となります。しかし学校に行かない子供たちの中には、自分らしく生きることに誠実忠実で満足して幸せな人たちもいます。学校に行かないとか社会に不適応だという意味でメンタルヘルスは悪いかもしれないけれど、この人たちのスピリチュアルヘルスは良好であると言えるでしょう。

反対に、社会にうまく適応してそつなく過ごしているけれど、その一方で、自分自身を省みることなく、なんとなく周りと同じように流されて生きている人もいます。そういう人は、社会が病的になってくると、同じように病的に傾いていくことが予想されます。戦争やホロコーストの歴史を見れば、スピリチュアルな健康が病んでいたために引き起こされたことが明白です。

社会適応のみが強調されると、このような不健康は蔓延していきます。不適応は摩擦や苦しみを伴いますが、スピリチュアルな健康という視点を取り入れた健康観・世界観を啓蒙していく必要があるとTuuliは考えています。

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