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愛をありがと。―きっと、忘れないハロウィン―

みはるには色々と苦手なモノが有る。

その中のひとつに割りと多くのひとが苦手だと口にする“電話”が挙げられる。(でも、電話交換士…^^; )

昔取った杵柄で、いざ“電話”が鳴ればそれなりに応対するが、出来れば鳴らないで欲しいと願う。

特に、里美の介護が始まってからというもの、苦手意識は倍増した。

日頃、ケアマネさんとはメールでやり取りをしているので、なまじ“電話”が鳴るとドキッとする。

(今度はなんだー!)

と、心の中で雄叫びを挙げながら、着信相手を確認し、一喜一憂する。

しんどい…。

10月最終日。
あすぴれんとのハロウィンpartyに向かう前に、めがね屋さんに連絡を入れた。
性懲りもなくコンタクトを失くしたのだ。

お札に羽が生えているとしか思えない今日この頃。
それでもコンタクトの無い生活は、何かと不便なので、致し方なく注文をしていたのだ。

その時、どうやらみはるの電話に着信が入ったような気配が有った。

めがね屋さんへの注文を終えて電話を切る。そして再びスマホを見ると、“受話器マーク”に1の数字。

これは、一件着信がありましたよー!

というお知らせだ。

誰?

訝しがりながら相手を確認すると、叔母だった。

おかしいな?なんで、叔母さん?

叔母は母のすぐ下の妹。
この叔母なら、つい数日前に

「里美ちゃんの具合、どう?」
と電話をくれたばかりだ。

みはるは

「(里美は)退院して、お陰様で落ち着いてます。」

と答えたばかりだ。

いやぁーな予感が走った。

そのまま、どこか鬱々とした気分で家を出て、ぼんやりしながらモノレールに揺られていた。

あすぴれんとの最寄駅、都賀に着く。

(コーヒー飲みたいなー。)

こんな気分の時はミスドに限る。
コーヒーのお代わりが自由だからだ。
会計を済ませ、コーヒーとドーナツの乗ったトレイをテーブルに置く。

ゆっくりとお腹を満たしつつ、叔母に電話を掛け直す。
暫くコール音が続いたあと、叔母が電話に出た。

「あのね。由美伯母さん(仮名)亡くなった。(葬儀は)5日だって。」

「あっ。みはる、自分の病院。」

「そっか。じゃぁ良いよ。落ち着いたらお線香上げに行けば良いよ。」

「ごめんね。薬が切れちゃうと調子を崩して、里美の面倒も見られなくなるから…。」

「うん。良いよ。良いよ。みんなには言っておくね。」

電話を切ったあと、ガックリと肩を落とした。

恐れていたことが起きてしまった。

亡くなった由美伯母さんの旦那さん(里美の義理兄)が、3月の終わりに亡くなっていた。

みはるは

“対象喪失”を恐れていた。

気が付くと泣きながらドーナツを食べていた。

(感が当たってしまった…)

と心の中で悔しがりながら。

そうして、悔しがりながら、みはるは自分を責め始めていた。

病院を都合のいい“言い訳”に使ったのではないだろうか?
確かに【薬】はもう殆ど手元に残っていない。
でも、なんとかしようと思えば出来たのではないだろうか?

ぐるぐると回り出す頭。
ポロポロと溢れる涙。

それらを落ち着かせるようにコーヒーを口に運ぶ。

由美伯母さんは母が小学一年生の時、一緒に疎開をしてくれた伯母さん。

母は並々ならぬ想いで由美伯母さんと…

そして、その娘・まことちゃん(仮名)→(里美の姪=みはるの従姉妹)を気に掛けていた。

ホームに入る前、既に認知が危うくなっていた里美は、朝起きる度に、仕切りにみはるに聞いてきた。

「ねぇ。この家に居るのはアンタと私だけ?」

「そうだよ。他に誰が居ればいいの?」

「由美ちゃんとまことちゃん。」

「由美伯母さんとまことちゃんは○○に居るでしょ。」

「おかしいなぁ…。」

おかしいのは里美の認知なのだが、みはるは、毎朝繰り返されるこの里美の“問い”に、辛抱強く応えていた。

里美が、それ程までに気に掛けていた由美伯母さんの葬儀に行かないみはる。

ほんの数十分だけれど苦しんだ。苦しみ抜いた。

勇気を出してまことちゃんに電話を掛けた。

電話に出たまことちゃんに、みはるは涙ながらに謝り続けた。

「ごめんね。ごめんなさい。伯母さんを見送れなくて本当にごめんなさい。」

まことちゃんも泣いていた。

「良いんだよ、みはるちゃん。みはるちゃんが介護で大変なのはよく解ってる。解ってるから。私もずっと介護をしてきたから。」

受話器のあちらとこちらで、泣き声が二重奏になりながら、この突然の悲しみに耐えていた。

でも、まことちゃんがみはるに言ってくれた。

「お寺の都合で直ぐにお葬式が出来ないから、葬儀場でお母さんを預かって貰っているの。会いたいっていうひとが居たら連絡をくださいって言われているのよ。みはるちゃんさえ良ければ…。」

みはるは迷わず

「伯母さんに会いたい!」

と、まことちゃんに願い出ていた。

その日一日、“あすぴれんと・ハロウィンparty”の楽しさを突き破るように、みはるのスマホは着信音を何度も鳴らした。

そして、今日。

まことちゃんとの約束の日。

みはるは、由美伯母さんに会ってきた。
静かに眠る由美伯母さんは、余りにも里美に似ていた。

「そっくり。」

みはるがしみじみため息を付くと、まことちゃんが

「姉弟だもんね…」

と静かに相槌を返して来た。

ものの10分程だけれど、みはるは由美伯母さんの頭を何度も撫でた。

数日間、葬儀場にいなければならない伯母さんは、その体が傷んでしまわないように、わざと冷やされていた。

頭を撫でながら、冷たくなっている由美伯母さんに

「里美が来られなくてごめんね。里美とみはるを今までありがとう。」

そう何度も何度も声を掛けた。

まことちゃんが、みはるに丁寧に頭を下げてくれた。
みはるも、まことちゃんに頭を下げて

「今まで本当にお疲れ様でした。」

と心の底からの労いと哀悼の気持ちを込めた。

その後、ふたりでファミレスに入り、介護の苦労ややりきれなさ、難しさを沢山話した。

それから、目下、絶賛苦しみ中の“更年期障害”の辛さもみはるは切々と訴えた。

まことちゃんはみはるより11歳年上なので、人生の良き先輩なのだ。

みはるの親戚は、みはるの祖母を亡くしてから集まらなくなった。

有りがちな話だけれど、こんなことでもなければ一同が会することもない。

5日はみんなで由美伯母さんを見送るそうだ。

良かった。みはるも伯母さんに会えて…。

「ねぇ、伯母さん?もう伯父さんには会えた?ふたりにお願いが有るの。里美を見守ってあげてね。伯父さんと伯母さんのことが大好きだった里美を見ていてね。」

ファミレスで話に花を咲かせながら、時折涙ぐむまことちゃんは、6年もの間、仕事と介護を両立させてきた。

伯母さんが亡くなって悲しいのは勿論だけれど

(これで、まことちゃんが楽になれる)

そう思うと救われる気持ちがした。

ねぇ、まことちゃん。

これからは、全部、全部、まことちゃんの時間だからね。
なにも心配しないでお仕事に励んでね。
それよりなにより、ゆっくり休んで。

休んで、休んで、休むの飽きた―!っくらい休んで、それから沢山好きなことをしてね。

まことちゃんが幸せにならないなんて嘘だよ。
そんなのダメだよ。

これからの時間は、全部、まことちゃんがまことちゃんの為に使う時間だよ。

ふと、思ったことが有る。

みはるとまことちゃんは、昔、宝塚に嵌まっていて、おんなじスターさんが大好きだった。

一緒に舞台を見に行ったことは無いけれど、みはるが宝塚に行った時のお土産を渡したことも有った。

今年、何故かみはるは
そのスターさんの舞台がどうしても見たくなって、必死に調べあげて、ファンクラブに入り、クリスマスのチケットを予約した。
何年振りだろう…。

まことちゃんが落ち着いたら、舞台、誘ってみようかな。

いつも自分の楽しみを後回しにしてきたまことちゃんに“笑顔”をあげたい。

不意に駆り立てられた、往年のタカラジェンヌOGへの想い。

もしかして、そのスターさんが呼んでくれたのかもしれない。

みはるは暫く、そのスターさんのファンクラブに居ようと決めた。

伯父さんと伯母さんがまことちゃんを愛したように、みはるもまことちゃんを愛していこう。

だから、ね。

お別れの言葉は“さよなら”じゃないよ。

そうでしょ、伯母さん。


里美にも
みはるにも
まことちゃんにも

ねぇ、由美伯母さん…

愛をありがと。

みはる

~2019´11´3(日)

※本日の写メ→あすぴれんとがハロウィンモードになった10月31日

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