一気に変えようとせずに、徐々に先生が変わっていけば、学校教育は変わる
今日は、学校教育の変え方について考察してみたい。今日、多くの人が「教育を変える」ことを議論しているが、そのときの焦点はWhyあるいはWhatである。Howを論じたものは少ない。
かつて私は教育政策と認知科学を専攻していた。私のビジョンは、日本の学校教育を学習者起点の精神に基づいて変革することである。確かに時間はかかるが、多くのことを学び、仲間を集めながら一つひとつ進めている。私にとって学校教育の変え方は十年弱ずっと考えてきたテーマの一つである。
私の考えは、ストーリーとしての競争戦略、イノベーター理論、RWA理論の3つに依拠している。また、筆者が実際に学校教育に入って変革を手掛けてきた経験にも多くを負っている。
学校を変えるとき、鍵となるのは教師を変えることである。教師を変えるには教師を層に分け、一つひとつの層を順番に変えていく必要がある。層に分ければ働きかけるべきポイントが違うのが分かる。それを整理したのが、以下のスライド(図1)である。
図1:学校教育の変え方
逆にいえば、こういった地道な努力なしに、学校は変えられない。利益という最終的なゴールが共有されている株式会社ですら体質改善は難しい。学校は最終ゴールすら共有されていない。生徒の幸せなのか(それはどう測るのか)、保護者の満足(orクレームの少なさ)なのか、学習指導要領の達成率なのか、進学実績なのか、判然としない。そこに難しさがある。
なお、学校教育を変えるというと意味が広すぎる。そのため、本稿の操作的定義は「現状の学校が持つ暗黙の前提と一部ないし全部が葛藤するような、ある教育メソッドや教育コンテンツが学校に広がっていくこと」としておく。
1. ストーリーとしての競争戦略
学校教育を変えるというと、ある日突然今までとは一変するというイメージをもつ人がいる。まるでRPGの魔王と倒したら、次の日からは世界が平和になっているというような話である。
しかし、いきなりすべてを変えることはできない。順番を追って変えることが必要である。現実の世界には魔王はいない。魔王はいても現象にしかすぎない。魔王を倒してもシステムを変えなければ、物事は根本的には変わらない。
現実の世界では、順番を追って一つひとつを変えていき、あとから振り返ったら結果的にはすべては変わっている。こういった営みをしたときに頼りになるのが、『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建)である。
ぼーっとしていても世の中は変わっていく。いまなにもしなくても30年後に振り返れば、「おお、学校は結構変わったな」と思うだろう。だが、自分が狙った変化を起こすためには戦略が必要である。
楠木先生は戦略とはストーリーであると言い切る。いい戦略は面白いストーリーであり、人についつい語ってみたくなるものである、と。
戦略がストーリーであるとするならば、大切なのは時間であり、論理のつながりである。ストーリーは順をおって進んでいく。つまり、学校教育を戦略で変えるとは、なにかを順々に変えていくことにほかならない。
ストーリーとしての戦略のよさは、「スピード」「経路の多さ」「繰り返しの多さ」で決まる。楠木先生はサッカーで喩えていたが、私は自動車が好きなため、自動車サバイバルレースに喩えてみたい。強いレーサーとはどんなレーサーだろうか。
第一に、速い車に乗らないといけない。軽自動車でレースに出たら勝てそうにもない。第二に、たくさんの経路を知っていたほうがいい。もし山側の道が土砂崩れで通れなくても、海側の道が通れると知っていれば速くゴールにたどり着ける。第三に、たった一回のレースで優勝できるだけではだめだ。できるだけたくさんの種類のレースで、できるだけ何度も優勝できるほうが強いに決まっている。イチローは何度も打てるから強いのだ。たまたま今日打てるだけの選手はたくさんいる。
第一の要素「スピード」とは速い車に乗ることである。第二の「経路の多さ」とはたくさんの道を知っていることである。第三の「繰り返しの多さ」とは、いろいろな種類のレースで何度も優勝することである。これが揃ったレーサーが強い。
これは戦略でも同じである。なるべく、スタートからゴールまで速くいける戦略がいい戦略だ。そして、なるべくスタートからゴールまで複数の経路がある戦略がいい戦略だ。最後に、何度やっても、舞台が変わっても、スタートからゴールまで速くいけるのがよい戦略である。
図2:強いレーサーの3つの特徴はそのままよい戦略の特徴である
2. イノベーション普及理論
経営学には、新商品が市場に浸透するまでのプロセスをモデル化した理論がある。それを「イノベーター理論」と言う。スタンフォード大学のロジャース教授が1960年ごろに提唱した理論だ。
イノベーター理論では、市場全体を5つに分ける。その5つが順々に影響しあって、最終的には市場の大部分に新商品が浸透すると考える。この理論の肝は市場を5つに分けたこと、そしてそれが順々に起こっていくと考えたことにある。
ストーリーとしての戦略思考では、物事が一つずつ動いていくことの大切さを強調していた。その観点からいうと、イノベーター理論は、新商品の市場投入という変革の文脈において、どういう順序で物事が変わるかを教えてくれているとも考えられる。
簡単に流れをおさらいしておこう。図3を参考にしてほしい。ここではあくまで概略だけ端折って説明する。
図3:イノベーション普及理論。
なお、()内の愛称は筆者がつけた。
最初に、イノベーター(言い出しっぺ)がいる。言い出しっぺは、先例がなくても行動できる。新商品は定義上、最初は誰も使ったことがないのだから言い出しっぺがいないとストーリーが始まらない。
次に、アーリーアダプター(巻き込み担当大臣)がいる。巻き込み担当大臣は、変化に敏感だ。言い出しっぺが新しく使い始めた商品を自分も試しに使ってみたりする。そして、もしその商品がよければ、巻き込み担当大臣は次のフェーズである「普通の人への口コミ」を始める。だから、巻き込み担当大臣が動くとき、市場は大きく動く。
第三がアーリーマジョリティ(普通の人)だ。いいものは使うし悪いものは使わない。巻き込み担当大臣がおすすめし、世の中の人が使うようになってから商品を使う。あまり物事は深く考えずに、いいと思ったらほかのことは考えずに使ってくれる。
そして、レイトマジョリティ(腰が重い人)がくる。腰が重い人は、単純に商品がよいと色々な人が言っていて、皆が使っているだけでもダメだ。腰が重い人は色々と考える。「テレビではいいといっているけど、それは広告ではないのか」「隣の奥さんはいいと言っていたけど、自分にもあうのだろうか」などなど。色々考えて納得してから新商品を買うので、普通の人よりも浸透するのが遅い層になる。
最後は、ラガード(無変化教)の人だ。無変化教は「変わらない」ことのよさを強く信じている。だから、世の中が新商品一色になるほど、むしろ新商品に批判的になったりする。無変化教は「変わらない」ことを信条にしているので、変えようとしても無駄である。おとなしく引き下がるのが大人の対応というものだろう。それがお互い幸せになる道である。
3. RWA理論
お次はRWA理論である。RWA理論は、戦略系経営コンサルティングファームの一つである、BCG(Boston Consulting Group)が開発したフレームワークである。変革が成功するための3つの要因を教えてくれる。
図4:RWA理論の図解。図・訳ともに筆者作成
RWAは、Ready、Willing、Ableの頭文字である。RWA理論では、この3つが揃ったときに初めて変革がうまくいくと考える。逆に言えば、この3つが揃わなければ、変革はうまくいかない。
Readyとは「変わる意義の理解」である。なぜ変わる必要があるのかを頭から理解していないと人間は動かない(必要性の理解)。また、なぜいま変わらないといけないかを理解していないと人間は動かない(緊急性の理解)。つまり、RWA理論では以下のように考える。
意義の理解 = 必要性の理解+緊急性の理解
しかし、頭と心で意義を理解することは必要だとしても、それだけで人間が動くわけではないことは読者諸兄は知っているだろう。そこで次に必要になるのがWillingである。Willingとは「変えようとする気持ち」である。気持ちの醸成にはまず「変われそう」という自信が必要だ。バンジージャンプをしても大丈夫そうと思わなければ人間はバンジージャンプをしない。さらに、「アメとムチ」も大切だ。なんだかんだ、人間はアメがあればなびくしムチがあれば避けようとする。まとめるとこうだ。
変えようとする気持ち = 変われそうという自信+アメとムチ
最後に、Able、つまり「変えられる能力」がなければ変革は成功しない。変える意義を理解した上で、変えようとする気持ちがあっても、能力がないと成功しないのはまともに考えれば分かることだ。能力は、メンタル面とスキル面に分かれる。メンタル面は、いわゆるマインドセットと言われているものだ。イチロー選手が心の底から「練習は大事だ」と思っているのは明らかに能力形成に役立っている。しかし、それは一朝一夕では身につかない。一方で、相対的にスキル面はすぐに身につけられる。スキルとはやろうと思って実際にできることだ。例えば、イチロー選手のバッティングフォームを8時間研究すれば、前よりもヒットを打とうとして打てるようになるかもしれない。
能力=マインドセット+スキル
合わせ技で戦略をつくる
私の考えは、ストーリーとしての競争戦略とイノベーション普及理論、さらにRWA理論を組み合わせることで、学校教育の変え方を構想しようといったものである。
それぞれの理論から学ぶべき本質的なポイントはなにか。以下でここまでをおさらいしてみよう
ストーリーとしての競争戦略からは、そもそも物事を一気に変えることはできず、一つひとつの要素をつなげていくことの重要性を学んできた。
イノベーション普及理論からは、対象をセグメントに分け、対象集団間のダイナミックな影響関係を整理することを教えてもらった。
RWA理論からは、人間が変わるときのキーポイントが、R(意義の理解)、W(変えようとする気持ち)、A(能力)であることを学んできた。
これを学校教育に応用するとどうなるか。まずは、政策を導入しただけで学校が変わるといった思い込みを捨てなければならない。トップダウンでは変わらないのだ。かといってボトムアップでもいけない。大事なのは、戦略をもって順々に変化をつないでいくことである。
次に、教師をセグメントに分けて、セグメント別に順々に変えていくことが必要である。それぞれのセグメントは異なるのだから、RWAの現在地も異なっている。言い出しっぺ層には政策的働きかけは必要ないが(そんなものはなくても勝手にやるので)、腰の重い層は政策的お墨付きがあれば動くかもしれない。それぞれの層はツボが違う。だから打ち手(方策)も違う。
あとは、セグメント別に教師のペルソナをつくり、RWAに分けてなにがツボでなにを方策として立案するべきかをまとめるだけである。以上の考察をもとにすると、冒頭に提示した次の図が浮かび上がってくる。
図1:学校教育の変え方
これはいい戦略なのか。スピード、経路の多さ、繰り返しの多さの観点から確かめてみよう。
まず、スピード。言い出しっぺから腰が重い人までを一層ずつ変えていくのは一気にアプローチするより速い。資源が分散しないからである。
次に経路の多さ。RWA理論の応用により、それぞれの層に少なくとも3つのアプローチ経路がある。もしRが変わらなくてもAを変えることにトライできる等、それぞれの層へのアプローチの仕方も複数ある。
最後に繰り返しの多さ。実績はそう多くない。だから、何度トライしても、舞台が変わっても、変化につながるかは分からない。ただ、理論に基づいているので、状況に依存せずそれなりに当てはまるだろう。
以上のように考えると手前味噌ながらいい戦略なのではないだろうか。
なお、この図は冒頭でも書いたように、それぞれの文脈によって異なるかもしれない。例えば、秋田県の公立学校は他の地域よりもやる気もスキルもある教師が多いかもしれない。そうすると、割合は変わるだろう。地域の特殊事情で各層のツボが異なるかもしれない。教育は文脈固有の営みなので、普遍的・一般的な解はないのである。
もしこの記事が学校をよい方向に変えようと苦心している教師の方々、教育行政の方々、NPOの方々にとってお役に経てば存外の喜びだ。自分の変えようとする学校を思い浮かべて、具体的な名前をマッピングしながらツボと方策を洞察する。そういうワークショップ(WS)を仲間とやってみるのもいいかもしれない。新しいアプローチが見えてくれば嬉しい。
参考文献
ストーリーとしての競争戦略:ぜひ本を読んでほしいが、楠木先生の講演録も参考までに貼っておく。
イノベーション普及理論:英語になるが信頼できる解説をおいておく。
RWA理論:BCGの公式HPに解説がある。ただし英語しかない。
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