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押し入れのドッペルガー

私には他人に言えない秘密がある。


ここだけの話、私には”もうひとりの私”がいる。
頭がおかしくなったのかって思うでしょ?でも本当に私と瓜二つの容姿をした人間がいつも私の後をついて来てるの。

物心ついた時からいる”こいつ”は、他人には見えないし、触れられないらしい。ただただいつも私にぶつぶつ語りかけてくる。学校もお風呂も、寝る時さえも一緒に過ごしてきたから、今ではもうすっかり仲がいい。

”こいつ”の存在に気づいてから十数年が経った今、私は”こいつ”にある特徴があることに気がついてきた。”こいつ”は私の何倍も”頭が良い”。本当に要領が良くって、なんでもすぐ学習する。で、その学習した内容を話してくれるから、そのおかげで学校のテストでもいつも高得点を取ることができる。それに、先生がホームルームで話した内容、親の忠告、全て”こいつ”が教えてくれるので、私は家でも学校でも「いい子」でいられてる。本当にラッキー。


ある日の帰り道、なんか気分が良くて、私は流行りの曲を口ずさんでいた。
「へたくそじゃんーーー!笑」
後ろからそんな声が聞こえてきたから振り向くと、同じクラスのT君だった。
「ねえうるさい!!!」

そんなこと言わなくたっていいじゃん。あーイライラしてきた。帰ったら”こいつ”にまた愚痴を聞いてもらおう、きっと頭の良さで上手に慰めてくれるに違いない。


「ーーーっていうことがあってね、ひどくない?」
「それはひどいね。」
「私ね、高校生になったらバンド組んで学園祭で歌いたいんだよね。ーーーー」
私は最近の夢を”こいつ”に事細かに話した。どんな励ましの言葉をかけてくれるんだろう、そう思いながら耳を傾けると、
「やめたほうがいいよ、下手だし。」
「え?」
そんな。まさかそんな。あんたまでそんなこと言ってくるの?いつもみたいにどうしたら叶えられるのか教えてよ!
「そんなことよりさ、今日の授業の内容教えるから教科書開いてよ。」
「……..。」

その日からこいつは何かあるたびに、私のやること成すこと、全部にケチをつけてくるようになった。最初は、私がしたいことを話したときにだけ否定してきていたのだけど、段々と、私がしたいと思ってることを予期して否定してくるようになってきた。そのせいで恋愛も上手くいかなかった。でも”こいつ”の言うことを聞いていれば、テストでいい点は取れるし、いい子でも居られることは確かだった。でも….それでも….。

「もう我慢の限界。」
私は、もう一人の私を押し入れに閉じ込めた。もう出てこられないように、つっかえ棒をかけた上に、何重にも何重にもテープを貼った。閉じ込めた時に交わした会話はよく覚えていない。


___

高校生になった私はバンドを組んだ。テストの点数は少し悪くなった。ある程度の”いい子”になった。たくさん傷ついたけど納得のいく恋愛もした。毎日が充実して来た頃、私は数年ぶりに”あいつ”のことを思い出して、
「開けてみるか….。」
少しヨレたテープを頑張って剥がし、恐る恐る押入れを開けてみた。

押し入れは空だった。


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前向きな気持ちや希望って「頭の良い自分」を無視することなのかもね。
人間は頭がいいので、学習をします。ずっと上手くいき続ける人なんていないから、たくさん失敗をして辛い思いをすることも多くて。そんな辛い思いをするなら、もう辞めた方が心のためだって学習してしまって、動くことそのものをやめてしまう人がほとんどなんじゃないかな。
でも、その「頭の良い自分」を一旦黙らせて、「頭の悪い自分」の意思を尊重してみてね。
きっと納得のいく毎日になると思うよ。

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