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Doors 第11章 〜 リハビリ

 交通事故により指の切断の可能性があったが奇跡的に繋がった.関節が細菌に感染していなかったこと,腱・筋肉・神経・血管の損傷がいずれも軽度だったこと,これらが全てクリアでき切断だけは免れた.
 事故の状況を踏まえると奇跡的と言ってもいいそうだ.後日行われた事情聴取で,担当した方が僕にこう伝えた「現場検証の結果を見たけど命が助かっただけでも良かったと思いなさい.実際同じ場所で同様のケースにより命を落とした人もいる」慰めなのか気休めなのか事実がどうかも分からないけど,その言葉の効果は確かだった.
 何か大きな選択をする時,この言葉が背中を押してくれる.僕は一度死んだ人間だ.たとえ選択を間違えたとしても,それは二度目の経験と割り切れる.何より人の為になりたいと前向きになれた.

 それでも精神的な疎外感は半端なかった.入院中は特にやることもないので廊下に出て音楽とともに街を見下ろしていた.人間はおろか車も米粒というかアリのようだった.人差し指で弾いてしまえば遠くに見えるあの山まで飛んでいくんじゃないか,そう思えた.
 どこかその流れが血液のそれのように思えて,この街は大きな人なんだと感じた.その大きな人を動かすために血液である小さな人々が一生懸命右往左往している.なのに自分はどうだ?何もできずに何もせずにただそれを見下ろしているだけ.自分はガン細胞なのだろうか.排除されるべき存在なのだろうか.心のどこかで見下していたのかもしれないが,それは同時に自分の存在を潰すことにも気がついて,僕の体の内部が弾けそうになった.
 自分よりも"下の"存在であるあの車によって自分がこうなったということは,自分はあのアリよりももっと小さな存在といえる.その自分が下に見てるあのアリよりも自分が下で…とループの末にアリ諸共自分の存在が潰れてしまい,アリ地獄に飲み込まれたかのように何なのか分からなくなってしまった.
 何をすればいいのか分からない.生きるとは何か.僕はこの社会の歯車に必要とされていないのだろうか.そんな考えが沸騰してきて,事の発端である見下したことに対して激しい自己嫌悪に襲われた.苦しさのあまり,僕は感情をその辺りに投げ捨てた.

 街を歩いていても常に車に怯えるようになった.横断歩道を通行時,曲がってくる車との交差は血が固まるような寒さを覚える.ゆっくりと近づいてくるその鬼は,気を失う直前に見たものと変わりがない,僕にとっては.何度心の中で轢かれたのだろうか.車に対して酷く恨みを持つようになった.
 店や駅の券売機で毎度のように小銭をぶち撒け舌打ちを食らう始末.自分が悪いのか.家の玄関で何度も鍵を落とした.いつも心の中は雨だった.日常がこんなにも苦しいなんて.もしもあの時に戻れるなら,僕はどの扉を開けるだろうか.一つだけ確実に言えることは,同じ扉は絶対に選ばないということ.

 そして最も僕を苦しめたのがリハビリだった.怪我は全治2ヶ月の診断だったが,その後のリハビリ生活は1年以上も続いた.友人達が遊び勉強している中,僕はご老人たちに混じって暗い暗いリハビリをしていた.痛い.辛い.苦しい.しんどい.情けない.憎い.意味不明.辞めたい.先が見えない.ドラム叩きたい.最後の想いだけで何とか保てていた.でも,こんなに頑張っているのに,恐らく人生で一番頑張っているのにお金は増えるどころか減る一方.さすがに虚しかった.

 長いリハビリ生活で,当然学年も下がり,だんだんと学部の友達との距離が離れて,新たな学年の子たちからは白い目で見られているような気がして孤立していました.気がついたら音楽三昧に.ろくすっぽ学校にも行かずに.当時の僕にとって学校は軽音サークルのためだけに存在していた.そのためにあんなにも努力したんだからこれぐらいは良いだろうと無意味に自分を正当化していた.

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