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心境の変化は音も立てずにゆっくりと

幼稚園で働いていた時のこと。

私の勤めていた幼稚園には通園バスが3つあり、3人の運転手さんがいたのだが、そのうちの1人・通称ドンさんにとても可愛がってもらっていた。

どんな時も1番に出勤をすることを心がけていたのだが、いつもそのドンさんの方が先に出勤をし、バスをの掃除や洗車をしていた。

自分のクラスに入ると、教員机の上に保冷バッグに入った包みがあって、中にお肉や美味しそうな野菜が入っていることがあったのだが、それはいつもドンさんが私にくれていた。

他のやつには内緒だぞ、と。

ドンさんは、現役時代警察官をされていて、引退後に消防団に入りつつ幼稚園の運転手をしてた。

気は優しく力持ち。まるで金太郎のような人だ。

柔道をやっていたとすぐにわかる逆三角形の大きな体で、恵比寿様のように顔の具が全部線で描けるような優しい顔をしていた。

ある日、ドンさんの運転するバスに乗って園児を送り終え、幼稚園に向かう帰り道のこと。

この時間になると、ドンさんは私にお菓子を差し出し、「幼稚園に着くまでに食べちゃえ」と言って、ぬれ煎餅だの最中などをこっそりくれた。

その日は栗饅頭だった。

美味しい栗饅頭にかぶりついている私に、ドンさんは「いろは先生は、本当に人徳があるな。ご両親に感謝しなきゃだぞ。」と言った。

これまでもドンさんは、いろいろな言葉で私を褒めちぎってくれていたのだが、どれも私自身を褒めてくれていたのだが、この日は初めて私の長所は全て「親のおかげ」だと言われた気がした。

24歳の私はまだ、それを素直に喜ぶことができなかった。

栗饅頭すら美味しくなくなるくらい。

私自身が頑張っているのだ。
私の良さは私が作り出したものだと驕る気持ちが大きかったと思う。

・・・

最近では、ありがたいことに「育ちが良さそう」と言われることもある。

学生時代もそうだが、幼稚園教諭をしている時にも、喜ぶことができなかったこと言葉だが、今はとても嬉しく思う。

別に金持ちなわけでもない。
特別な教育を受けていたわけでもない。

それでも「育ちが良さそう」と言われるのは、私だけではなく親家族も褒めてもらっている気持ちになる。

あんなに不満だった「親のおかげ」で褒められることが、いつからか嬉しい言葉になった。

・・・

私も大人になったということだろうか。

「私が私が」という我の強さが和らぎ、親が褒められることを素直に嬉しく思うのは、何がきっかけだったのだろうか。

心の変化や思考の成長というのは、ゆっくり音も立てずに変わっていくものなんだろうな。

「私は昔から何にも変わってない」と思っている人だって、実は大きな変化をしている可能性もありますぞ。

今後も有料記事を書くつもりはありません。いただきましたサポートは、創作活動(絵本・書道など)の費用に使用させていただきます。