見出し画像

塩サバ定食とろろ付きとおじさま

視力が下がった。

今日は健康診断で、視力だけしか自慢できることがないので意気揚々と行ったのだが、両目共に1.5以上だったのに、左目だけ1.2になっていた。

1以上あるならなんの問題もないと思われるかもしれないが、「両目ともに1.5以上」であることが、私にとって意味があることだった。

片方が1.2に成り下がったので、もう視力を自慢することはやめようと思う。

・・・

ちょっぴり落ち込みつつ、クリニック近くの定食屋さんへ向かった。

午後も検査があるので、それまで2時間ほど時間がある。会社に戻るほどの時間もないので、近くでご飯を食べ、喫茶店でコーヒーでも飲みながらゆっくりしようと企んでいた。

日頃、外で1人で食事をすることは少ない。

夕食は家で済ませることが多いし、ランチもお弁当を作ったり買って行ったりして職場のデスクや屋上で食べる。

お外ランチをすることはあるが、そんな時は大抵同僚や先輩たちと行くので、1人でお店でご飯を食べるのが久しぶりだった。

いつぶりなのか、思い出せないくらい。

1人でご飯を食べない理由は、美味しい時に美味しい顔をして食べられないからだ。1人でニコニコしながらモグモグする姿はあまり見られたくない。

けれど今日はビジネス街の定食屋ということもあり、尚のこと涼しい顔してクールに食べようと思っていた。

メニューは塩サバ定食のとろろ付き。

昨日の昼から食事をしていなかったのでお腹はペッコペコだった。そんな中、美味しそうに焼き上がった塩サバを前に涼しい顔でクールに食事ができなかったようで…。

突然きた70歳くらいのおじさまが、私に声をかけた。

あなたの食べているそれは何ですか、と。

急に我に返り、塩サバ定食にとろろを付けましたと言うと、おじさまは全く同じものを店員さんに頼んだ。

突然のことで少しびっくりしたが、物腰柔らかな丁寧な口調のおじさまは、「お食事中お邪魔してしまって申し訳ありませんでしたね」と言った。

マスクを取りお茶を飲み、ニコニコしながら「あなたがあまりにも美味しそうに食べているので、同じものがどうしても食べたくなってしまったのです」と。

おじさまはそう言って私に微笑むと、両手に握り拳を作り、その拳を膝に置き、とても良い姿勢で不動のまま、塩サバ定食とろろ付きがくるのを待っていた。

私が先に出る時も、「ありがとうございました。おかげでとても美味しい食事ができ、助かりました。」と、少し大袈裟にお礼を言われた。

ちょっと恥ずかしかったけど、ちょっと嬉しくて、視力のことなんか忘れてお会計をした。

・・・

喫茶店でラテを飲みながら、定食屋での出来事を振り返る。

私はそんなにも美味しそうにご飯を食べていたのか。一応サラリーマンばかりの定食屋で努めてクールに食べていたつもりだったけど。

でも、こんなご時世でなかったら、そのおじさまとおしゃべりしながら、心置きなく美味しい顔をして食べれたのに。

ちょっとおじさまと話しただけでも、周りの人にジロリと見られる居心地の悪さを感じた。

あー、あの紳士でちょっと可愛らしいおじさまと、塩サバ定食とろろ付きを美味しく食べたかった。

そんなことを考えながらコーヒーを飲む、昼下がりからお伝えしました。

今後も有料記事を書くつもりはありません。いただきましたサポートは、創作活動(絵本・書道など)の費用に使用させていただきます。