焼き芋屋さんに出会った話
週5日勤務のうち、週4日も在宅勤務をしているせいで、心も体もすっかり腐りかけていた。
幸いにも、家に居ていいのであればいくらでも家に居続けることができる特性を持つ私は、買い物も週1日となった出勤日の帰り道にスーパーへ寄ればなんの問題もない。
しかし、やはりそれでは体に良くない。1日1度は太陽の光を浴びた方がいいと言われ、散歩へと出掛けた。
目的地を決め、大体の方角を調べて、そこからはなるべく地図を見ずに歩いた。途中、川沿いの緑道に出たので、気持ちよく歩いているときに、その焼き芋屋さんを見つけたのだ。
・・・
昔ながらの焼き芋屋だった。
軽トラックの荷台に焼き釜を積み、甘いような香ばしいような湯気がもくもくと出ていた。
木の枠に貼られているくたびれた手書きのメニュー。錆びた鎌。長年やっている人なのだろうと思った。
ただ、一生懸命に販売している感じはしない。「いしや〜きいも〜」のような歌もアナウンスもないし、店主も見当たらない。
よくよく見ると、運転席で窓を開けながらスポーツ新聞を読んでいた。
あんまり愛想の良い感じはなかったが、すっかり甘い匂いに誘われて、すっかり焼き芋が食べたくなっていたので、声をかけることにした。
しかし、歌やアナウンスもなく、店主が立っていないとなると、もはや休憩中なのでは?という考えも浮かんだので、とりあえずそれを確かめなければならない。
「あの…販売してますか?」
すると、"しかめっ面でスポーツ新聞を読んでいたおっさん"が、急に満面の笑みに変わり、"目尻が下がりっぱなしの優しそうな商売人のおじさん"になった。
「ありゃ、すみませんね。やってますよ。」と言いながら、よいしょと運転席から出てきたおじさんは、とても小柄で、どの芋にするかと聞いてきた。
安納芋、紅はるか、シルクスイート。
どれも中が300円、大が400円。
そんなことを何も考えずに声をかけてしまったので、おじさんはどれが好きかと尋ねると、おじさん自身は紅はるかが好きだが、娘さんはシルクスイートが好きなのだと教えてくれた。
安納芋も捨てがたい…と思ったが、お勧めしてくれた紅はるかとシルクスイートの中を1つずつ購入。
最後まで穏やかなおじさんは、ありがとうございましたと言った後も少しの間、手を振り続けてくれた。
あんな温厚なおじさんを、般若のようなしかめ面にするスポーツ新聞の記事はなんだったのだろうか。それが気になり、少しくらい覗き見しておけば良かったと後悔した。
・・・
帰り道に、向き不向きについて考えてみた。
私は商売人ではないし、全く知識もない業種なのだから、確信することはできないが、このおじさんは商売に向いているのかどうかを考えたくなったのだ。
散歩需要が高まる今般の状況下で、緑道に目をつけ、車を止めていた計算は良いと思う。
実際に、街から人が消えたなーと思っていたはずなのに、全長10.5キロにもなるこの緑地公園には、驚くほど人がいた。散歩をする人・ジョギングをする人だけでなく、子を遊ばせる親やピクニックをしている人など、思っていたよりも多くの人がいた。
しかし、私がみた限りでは、全く営業をしていない風だった。あれでは、ちょっと食べたいなと思った人の中でも、遠慮して去っていく人もいるのではないかと思うほど。
けれど、おじさんの対応はとても気持ちが良かった。優しくて、温和な空気を持っているおじさんは、きっと誰に対しても人当たりがいいのだろうと思う。
私も、またあそこで見かけたら買いたいと思っているのも事実だ。
儲けを考えれば、他にもやりようはあるんだろうけど、結局向き不向きについては分からないが、おじさんはおじさんのまま、焼き芋屋をやっていてほしいなと思いながら家に着いた。
袋を開いて、食べてみる。
どちらも本当に美味しいが、やっぱりおじさんが焼き芋屋に向いているかどうかが分からなくなってしまった。
どちらが紅はるかで、どちらがシルクスイートなのか。印も何もなかった。
なんとなく違いはある気がして、ネットで検索しながら特徴をみるが、私はそこまでグルメではなく、目を瞑って食べればどちらも同じように感じるバカ舌では正解にたどり着くことは困難だった。
結局、紅はるかとシルクスイートの違いも、おじさんの焼き芋屋としての向き不向きも、最後まで分からないまま完食した。
とにかく、どちらも美味しいってことと、またあのおじさんから焼き芋を買いたいってことだけ。
今後も有料記事を書くつもりはありません。いただきましたサポートは、創作活動(絵本・書道など)の費用に使用させていただきます。