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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年4月の記事一覧

Dead Head #38_135

女は手を振り、裏扉の向こうに消える。 明け方。どこかで鳥が一鳴き。飲屋の裏には鴉しか似合わない。ビール箱の上、寝ってしまった。尻と屈めたままの腰が痛い。腰を伸ばしかけた時、裏扉が開く。あの女。女は俺を見て軽く手を振る。場違いな、たおやかな動きで。 「すいません」腰をさすりながら軽く頭を下げる。女は首を横に振り微笑む。ふと誰かに似ていると。誰だ?白々あけた飲屋街を後にする。  駅まで歩く。公衆便所に入り、用を足し顔を洗う。この脂ぎった顔。  駅の待合室に入る。自販機で缶コーヒ

Dead Head #37_134

 わきまえている。一番の得策を。相手を刺激しないこと。じりじりと後ずさる。いきなり駆け出す。 「待てよ」鉄パイプの若造が叫ぶ。後ろは振り返らない。いつものように。鉄パイプが体の横を掠め飛んでいく。無茶なことをする。  いくつもの暗い横丁を抜けていく。飲屋街。ここにたどり着く頃、連中の足音は消えてなくなる。  飲屋の裏に積まれたビール箱。腰掛け、息を整える。もう歳だ。その時、裏扉が開く。ビールの空瓶が出てくる。四本を両手に垂らし、中年の女が俺を見る。一瞬びっくりした様だ。だが、

Dead Head #36_133

ヒロシの寝顔を眺める。短いつき合いなのに何故か寂しい。  バスターミナルまで戻る。ベンチに腰掛け待つ。何を待つ?行方の知らないバスを待つ?わからない。  コンクリート製のベンチ。冷たくざらつく。横たわり、夜になる。やがて、バスも来ない深夜。この街は健全なのか。ベンチで夜明かしする浮浪者の姿はない。ただ、夜を知らない若者がふらついている。  油断して丸まったまま眠りに入っていた頃。 「おっさん」固い物で背中を小突かれる。 「ヒロシか?」寝ぼけていたのだろう。薄目を開け上半身を

Dead Head #35_132

「ヒロシか?」老人の顔がぎこちなく緩む。  ヒロシは怪訝そうに老人の顔を見上げる。  西瓜の食べかけがころがった縁側。そこに座り、三人、茶畑を見下ろす。暫く、誰も口を開かない。気づけば、ヒロシは縁側に丸まって眠っている。 「あの男、死んだか・・・」ヒロシの寝顔を確かめ、老人がおもむろに口を開く。 「はっきりとは・・・。それで、ヒロシの母親は?」 「ここには、おらん」 「どこに?」 「ヒロシは預かる。あんたには世話になった。ここまで連れて来てくれて助かった」老人はすくっと立ち上

Dead Head #34_131

 幾分、昔に戻ったような風貌に。顔つやをゆっくり眺め、自分の体調を確認する。 六 かあのところへ  朝。 「髪、どうしたの?」ヒロシが不思議そうに俺の顔を眺める。 「さっぱりしたくてね。もう、行こう」  鍵をフロントに預ける。自転車はホテルに置いていこう。乗ってくれても構わないさ。物にはこだわらない質だ。また、いつか取りに戻ればいいだろう。その気になったら。 バス停を探し駅へ。あの離婚届の紙に残された住所を手掛かりに、その駅へ。  茶畑が敷き詰められた丘の上。その家はあっ

Dead Head #33_130

「名に込められた意味さ。そろそろ行くか」例の一万円で勘定を済ませる。釣り銭をしまい、ヒロシに札入れを返す。 「静岡かもしれない。かあの居所」自転車を押しながらヒロシに振り向く。 「どうしてわかる?」ヒロシは俺の顔を見上げる。 「あとで話す。それより、今夜の宿だ」  公園で野宿というわけにもいかない。ヒロシみたいな子供連れでは尚更。  二人、暫く歩く。やはり、ここしかない。泊まり四千円也。あのビニール目隠しの裾が揺れている。青いカーテンをくぐる。駐車場に車が数台。部屋は空いてい

Dead Head #32_129

「そうだよ・・・」ヒロシは何か言いかける。 「登録してあった?かあの電話」 「電話なんか・・・。できないよ」 「どうして?」 「聞こえない」ヒロシは片耳を押さえる。 「そうなのか・・・」  札入れをもう一度改める。レシートの束をパラパラやる。つるっとした薄紙が畳まれて挟んである。それを取って拡げる。 「離婚届の切れっぱし?」と呟く。書いた覚えはある。配偶者欄の薄れた文字。かろうじて読める。そこには『幸』という名と、住所の一部。 「名は?かあの」ヒロシに問う。 「さちお」 「ど

Dead Head #31_128

「わからない。でも、とうは帰らないし」ヒロシは首を垂れる。 「行こう」ヒロシの背中を軽く叩く。 「どこへ?」ヒロシは眠そうな目を向ける。 「かあのところに行くんだろう?お前、さっき、そう言ってたじゃないか。それで、かあはどこに?」 「知らない」俯くヒロシ。 「じゃあ、探しにいこう」 「どうやって?」ヒロシは顔を上げる。 「札入れ、貸してみな」 「なんで?」ヒロシは怪訝そうに見る。 「盗みゃしない」  ヒロシから札入れを受け取る。札以外はレシートの束。クレジットカードが数枚と免

Dead Head #30_127

  二人は放心したように暫く動かない。カウンターに横並びに座ったまま。 「見たのか?飛び下りるところ」と横目でヒロシを探る。  ヒロシはキレた目を一瞬向ける。バットを振り回していた時の目。だが、俯くと首を横に振る。 「なんで殺されたと?」 「とうに追い出された。朝早く。パン買って来いって。女の人いる時、いつもそう」 「女の人?どんな?」 「先生みたいな。白いシャツとスカート」  「あの女か。それで?」公園で見た女のことを思い出す。 「帰ったら誰もいなかった。一人でパン食べた。

Dead Head #29_126

「これを」ヒロシはズボンに手を突っ込む。分厚く膨らんだ札入れを、ぎこちなく取り出す。 「どうしたんだ?その金」 「とうのだ」ヒロシは札入れを躊躇なく手渡す。    札入れの中を覗く。一万円札がびっしり四、五十枚。一枚抜き札入れをゆっくり閉じる。これを掴んでフケることもできるんだ。一瞬迷う。 「悪いが一万、借りっていうことで」札入れをヒロシに返す。俺の一瞬の迷いを、ヒロシは感じただろうか? 「うん」ヒロシは気にもしない様子で頷く。「金持ってたんだったら、食えばよかったのに。公園

Dead Head #28_125

「夜勤の母親を、二人、迎えにいくところなんで。夜道は危ないし」と代わりに答える。 付け足しにヒロシの頭にそっと手を置く。ヒロシは嫌そうに頸を捻る。    無線の音が鳴る。警官は立ち上がり、俺達にそっぽを向き無線に頷く。 「では、気をつけて」警官は自転車に跨る。確固たる自転車登録情報が、生身の人間にも勝るとは。警察も大したことはない。警官の背中を見送る。俺とヒロシ、顔を見合わせにんまり。 「行っちゃったね」 「ああ。いい親子らしく、それなりに見えるんだな。俺達も」 五 とう

Dead Head #27_124

 揺れる電灯の光跡。自転車が後ろから追い抜いていく。ブレーキのきしる音。自転車は急に止まる。警官が降り、近付いてくる。 「それ、あんたの自転車?」警官は懐中電灯で俺達の顔を照らす。その光を自転車に移動させ、無線で自転車の登録番号を送る。 「そうだよ。領収書もある」と呟く。 「そうですか。あんたのお子さん?」 「ああ、そうだ。自転車も、この子も。俺のだ」ヒロシの顔を見る。ヒロシはそっぽを向いている。 「こんな遅く、どちらへ」 「かあのところ」ヒロシが顔を上げ、平然と言い放つ。そ

Dead Head #26_123

「おじさんか・・・。俺のことは何とでも呼んでいい。さて、これからどうしよう」  二人歩き始める。ヒロシ立ち止まり前を見つめる。向こうに大きな橋。川を越えれば都会からお別れだ。  とぼとぼと橋の欄干を歩きはじめる。車道を行く車の中から、二人はどんな風に見えるのだろうか?親子?でも、こんな夜中に?  一瞬、足を止める。ヒロシもだ。二人は欄干から下を覗き込む。墨色の川面は、月光を照らしギラギラと光っている。「いつでも飛び込んでおいで」とでも言うように。まるで、何か獲物でも待っている

Dead Head #25_122

 少年に追いつくべくもなく、自転車をゆっくり押し上げるしかない。坂の上、少年が地べたに腰を下ろしている。どこか呆然とした様子だ。 「ここ、どこ?」 「県境だろう」周りを見渡す。電柱の住所表示から推測する。 「けんざかい?」少年は俺の顔を見上げる。どこか気を許したような表情。 「知らない土地さ。まるっきり」 「ふ〜ん」    どこか、この少年のことが気になってくる。公園では、ただキレたガキでしかなかったのに。公園を離れ、何かの呪縛から解き放たれたのか? 「名は?」そんな感情を悟