電子書籍『占い師紀世子の日日』

占い師のはじまり

 林の様に広がるビルの谷間にひっそりと豊雲野神社の分社がある。嘗て分社の周りにも広がっていた敷地は、江戸時代に削られ明治政府にも削られGHQにも削られ、最後に残った一区画分の敷地も半分はビルにしなければ分社を守れないまでになっていた。時の政府に翻弄されるのは世の常と言えども消滅していった神社の多さを考えると、善戦していると言う事なのかもしれない。
 今通っている大学は、明治政府に削られた敷地に建てられ遠縁の者が理事長をしているので、分社の管理にも理解があり幅広い縁者によって守られているのは大神様の配慮とともに代々に渡る幅広い関係の賜物と言っても過言ではなかった。
 大学での生活は、広い地域から学生が集まっているだけあり、方言に奥深さを感じていた。逆に地方からの学生の中には何でも手に入る東京と言う幻想に憑りつかれている子もいた。
 私も含め、ゴールデンウィークを過ぎた頃から制服の反動や自己表現としての服装に目覚めるものなど多種多様な服装が見られる様になっていた。
 今のところ学内での会話は、単位や専攻に関する事と大学界隈のお店ぐらいで、興味のないドラマや芸能話題を口にするものが少ない事にはほっとしていた。

「どうですか?大学生活は」
「パパ!」
社務所で手伝いをしている私にどら焼きとお茶を持って来た。
「そうね・・・、色々な地方から学生が来ているから言葉や文法の違いは興味深いのよ。大学の授業は始まったばかりだから何とも言えないけど、日々の実務を体系的に学べる事に期待しているの」
「高校入学の時には夢見に出ていた人と巡り会えたと喜んでいたけど、大学では普通の友だちは出来そうかな?」
「うーん・・・、大学では、みんな孤立を恐れて集まっているだけかな。どんな話題でも議論が出来て、物事を知る喜びを分かち合えた美奈子が懐かしいわ」
 そう、私の大学生活は始まったばかり、授業やサークル活動だけが大学生活ではない。今しか出来ない事をしていく中で新しい何かがあるのかも知れない。
「パパ・・・」
「なんだい?」
「分社の拝殿で占いを始めようと思うけど、どう思う?」
 ちょっと考えている様子だけど・・・、パパはどう思っているのかな?
「普通のアルバイトは考えなかったのかな?」
 神職では経験できない事が良いと思っているみたい。
「それも考えたけれど、授業に支障が出るアルバイトしかなかったのと、一回百万円みたいな御告げではなくて、もっと身近な相談として占いをしてみたいと思ったの」
 友だちとアルバイト先を探したけれど、学業よりバイトを優先する事を暗に求められては、そこまでする謂れもない。何よりも高三の文化祭の時に二年越しでお礼を言いに来た子たちの事を忘れられなかった。きっと、彼女たち以外にも迷っている人はいるはず。
「なるほど・・・、普通の企業で人に使われて働く経験を積んでおくのも悪くないと思うけど、授業に支障が出ては本分を見失ってしまうからね。でも、拝殿で占いをするなら百万円ぐらいにしないと、御告げとのバランスが崩れてしまうよ」
 同じ系列の神社、同じ人物、同じ内容で、金額が三桁も違っていたらイメージが崩れてしまう。
「パパの言う通りね」
 占いサークルに入って大学の構内でやる方法も悪くないかもしれない。実質的に学生限定になってしまうのは残念な事だけど。
「紀世子、ちょっと待ってね」
 パパは書棚にあるファイルを取り出して調べている。
「分社の隣にある貸しビルのエントランスに雨風が凌げて占いをするのに丁度良い空間があるよ」
 テーブルに貸しビル一階の平面図を広げると、
「玄関を入って、右側にソファーが置いてあるスペースがあって、この奥側が丁度良いと思うけど。どうかな?」
 出入りがしやすく、ゆっくり話が出来て、相手と密室にならない。パーティション一枚とテーブルとイス二脚を買ってくれば直ぐに始められる。
「丁度良い場所ね、何時から使って良いの?」
 私を見てパパも嬉しそうにしている。
「後で電話を入れておくから、明日からでも大丈夫だよ。ところで、誰を相手に占いを始めるのかな?」
「人の往来が多い場所ではないから、やはり縁によって引き寄せられた相手となると思うけど」
 大学の近くと言っても、駅とは逆方向で学生の流れからは外れている場所。と言ってビジネス街でもなく住宅街と言う事でもない。都内に何か所かある時間が止まったような場所であった。
「確かに、何かに引き寄せられなければ人は来ないだろうね。それに、ビルの自動ドア一枚でも人の流れを遮断する力は大きいからね」

 次の日には、メジャーを持ってレイアウトを決めると、使わない家具を集めて翌週には開業できるように整えた。四年間しか使わない物だから新品で揃える必要はなかったからだ。


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