再出発

この小説は、ティル・ディ・テールさんの下記ツイッターのイラストを見て思いついたものです。
このイラストを見たときは、砂浜を一人で歩いているイメージがなぜかあったんですが。砂浜描かれてないんですよね。
だから海辺を歩いているところを書こうと思ったのですが、変更しました。


今日は本当なら、彼氏とカフェに行く予定だった。
でもその予定はなくなった。この先ずっと――。

悲しい気持ちも悔しい気持ちもある。
それでも、見栄でも虚勢でもなく心から思う。

「すっきりした」

口を出た言葉にも後悔の念はない。
これでよかったのだ。

彼氏のことは、本当に好きだった。
だから懸命に好きだという気持ちを伝えたし、気持ちを受け入れてもらった時はうれしかった。

でも、きっと自分じゃなくてよかった。
正確には、誰でもよかったのだろう。
女の子らしい女の子であれば。

付き合ってから、彼氏が初めて自分に言った言葉を覚えている。

「もっと髪を伸ばしたほうがかわいいよ。髪伸ばしなよ」

彼氏のことが好きだったから、肩ぐらいまでの髪を腰まで伸ばした。
手入れが大変だったけれど、彼氏が喜ぶからそれでよかった。

初めてのデートでは「女の子なんだからもっとかわいい服を着なよ」と笑って言われた。

ボーイッシュな服が好きだったけれど、彼氏に喜んでほしくて服装も変えた。

別に今の髪形も私服も、嫌いなわけではない。
友達も似合っていると言ってくれた。
けれど、まるで自分が自分ではなくなったような気がしたのも事実。

なんとなく呼吸がしにくく、いってしまえば窮屈だった。
それでも好きだったうちは頑張れた。
新しいファッションに出会えたことがうれしかったのも本当だったから。

でも、だんだん彼氏の要求は大きくなってきた。
おそらく彼の中では、女の子は甘いものが好きだという思い込みがあったのだろう。
甘いものより辛いものを好むと変な顔をされた。

ふとした仕草や表情まで、彼氏の好みじゃないと不機嫌になる。

気づけば、彼氏を好きだという気持ちよりも、疲れたという気持ちのほうが大きくなる。

単に見る目がなかったのだと言われればそれまでだが、本当に好きな相手だった。
だから努力もできたし、努力がつらいとも思わなかった。

けれどもとうとう限界がやってきて。

別れようという言葉は、自分の口からすんなり出てきた。
言われた彼氏は、寝耳に水というようでぽかんとしていた。

「あの時の顔は面白かったな」

思い出して小さく笑う。
好きな彼氏はいなくなってしまったけれど、自分は今誰よりも自由だ。

とりあえず、自分の好きな服を買いに行こう。
そう考えて、ショッピングモールへと歩き出す。
吹く風が気持ちよく、吸いこむ息がとてもおいしく感じた。

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