小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0105

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-コーカサス格納庫-
ボロボロの姿になりながらも、帰還を果たしたサーベイヤーランド。だが、それを迎え入れたコーカサスは、いつもと様子が違う――普段は人が行き交い、喧騒に包まれているフロアは静まり返り、全ての出入口は隔壁で閉鎖されていた。

そして、サーベイヤーランドを誘導する管制クルー、その傷付いた機体に取り付く整備クルー、タカキやアマネに駆け寄る医療クルー等の数も極端に少なく――何より、全員が防護服で身を包んでいた為、その場は物々しい空気に包まれていた。

「……」
サーベイヤーランドに続いてミクロステーションを着機させ、機体から降り立ったアレク、コーネフ、サーシャ、グスタフと、飛行マシン形態から本来の人型に戻ったトルネード――彼は自らの身体を変形させる能力を持つ、ミクロマンチェンジトルーパーズと言う種族である――達は、その雰囲気に馴染めず、暫し立ち尽くしていたが……意外な展開が彼らの緊張を解く――いや、それすら通り越して、脱力させる――事になろうとは、予想だにしなかった。

「いやー、どうもー」
突然、気の抜けた男の声が、アレク達に掛かった。彼らが一斉に向いたその先――フロアの脇には、アウトドアで使うようなテーブルと椅子のセットが広げられており、格納庫とは明らかに異質の〔浮いた〕情景が展開されていた。

椅子から立ち上がった二人の男は、防護服を着ておらず、丸腰同然だったが――その片方が、ひょうひょうとした表情でフワフワと手を振る姿に、アレク達は呆然とした様子で釘付けになっていた。そんな彼らの心の内を知ってか知らずか、男はみるみる近付くと、アレクの右手を取り握手しながら、親し気に話しかけた。

「こんな場所でなんなんですが、まずはお掛けになって下さいな」
「は、はい……」

唖然とした表情のアレク達を甲斐甲斐しくエスコートして椅子に座らせてから、テーブルの向かい側に立ったその男は、直立姿勢を取ると深々と頭を下げて、こう切り出した。

「先程も通信で申し上げましたが……ウチの若い連中を助けて頂き、ありがとうございます。私は、特務部隊コーカサス及び同名基地の司令官で、ジクウと言います。ようこそコーカサスへ」
「同じく、維持部隊隊長バンリです」

ジクウに続き、隣の男――バンリも頭を下げたが、彼はジクウとは対照的に、警戒心も露に厳しい眼をしていた。本当はバンリが司令官では無いのか?――そんな想いにとらわれながら、アレク達五人も慌てて立ち上がり、順に名乗った。

「こちらこそ、よろしくお願いします。僕は、ミクロマンマグネパワーズのアレクです。後は……」
「俺は、コーネフって言います」
「あたしは、サーシャです」
「……トルネード、ミクロマンチェンジトルーパーズだ」
「おいらはグスタフ、グレイ星人だよ」

生真面目で礼儀正しいアレク、陽気で人当たりの良さそうなコーネフ、紅一点で一途な表情のサーシャ、鋭い眼光で斜に構えたトルネード、そのトルネードにぴったり寄り添った愛敬一杯のグスタフ――全員に会釈し終わったジクウは改めて着席を勧め、最後に自身も座るとアレクに向き直った。

「どうも……で、あなたがリーダーと言う事でよろしいんでしょうか?」
「はい……ただ、流れでそうなっただけで、正式な物ではありませんが……済みません、ジクウ司令さん、バンリ隊長さん」

まだ緊張が解けないのか、本来の気質なのか――恐縮した様子のアレクをリラックスさせようと、ジクウは一層くだけた表情で話し掛けた。

「いやいや、そう形式的になられる必要はありませんよ。ウチも、基地とは言ってもご覧の通り、辺境の出張所と言うか、人生の終着駅と言うか、本部からの左遷先には持ってこいと言うか……」
「司令!」

軽口を叩くジクウをバンリが諌めるが、オーバーな身振りでジクウは彼を宥めた。

「まぁまぁバンリ、本当の事だしさ……そんな訳で、大したおもてなしも出来ませんから、色々ご不満もあるでしょうが、どうかご勘弁を。あぁ、それと……我々の事は名前だけで呼んで下さい、お互い対等でいきましょうよ」
「ありがとうございます。もちろん、僕らの事も気軽に呼んで下さい」

アレクの笑顔に頷き返し、ジクウは話を続けた。

「判りました。それで、気付かれたとは思いますが……皆さんやアクロボットマンと言う敵は、宇宙からやって来たとの事で、申し訳無いですがこんな体制を取ってます。本当はこう言うの好きじゃ無いんですが、多くの部下を預かる身なんで」

そう言って、ジクウは再び頭を下げた。確かに、宇宙には未知の放射線や病原体等、地球上では予測だに出来ない物が数多く存在する為、コーカサスの厳戒体制は常識的な対応だった。しかし、ジクウやバンリに関しては、トップの立場でありながら防護服や武器も身に付けず、出迎えに赴いていたのだ。その姿にアレクが感激するのも、無理からぬ事だった。

「お気になさらないで下さい。それは当然の事ですし、お二人には直接対応して頂いて、本当に感謝しています。ただ、僕達自身に関しては、この星や皆さんに悪影響を及ぼす心配はありませんし、逆に僕らも適応しています。その点に関しては、フードマンやプロフェッサー……」
「アレクッ!」
「あッ!?い、いや……」

トルネードの鋭い一喝が、饒舌になったアレクの言葉を遮った!一段と鋭い眼で彼を睨むトルネードと狼狽えたアレク――一瞬にしてその場の空気は、ピリピリと張り詰めた物に豹変したが、それはジクウ自身も例外では無かった。それ迄のノンキな口調とは一転した静かな声で、ジクウは聞き留めた単語をアレクに尋ねる。

「フードマン……それに、プロフェッサー……何です?」
「い、いえ……何でもありません……」

だが……すっかり萎縮したアレクが気の毒になり、今すぐの追及は止める事にした。恐らく急いで知る必要は無いだろうし、その内に笑って話せる時も来るかも知れない……そう考えたジクウは、話題を変えようと言葉を繋いだ。

「そうですか……それじゃ、些細な質問なんですけど……皆さんは、宇宙のどちらからやって来られたんでしょうか?」
「それは答えられない!」
今度は、ジクウの質問に噛み付くトルネード。そんな彼の態度に対して、あからさまに不満と不審の色を浮かべたバンリが問う。

「何故ですか?何か我々に知られると、ご都合の悪い事でも?」
「バンリ、やめるんだ……まぁ、仰りたくなければ結構ですよ、色々ご事情もあるでしょうし……すいませんね……我々は元々ミクロアースと言う星の出身なんですが、突然の大爆発で宇宙に放り出されて、この星の時間で40億年が過ぎ……どうも仲間が恋しいのか、ついつい出身地を尋ねるのが癖になっちゃいまして」

バンリの追及を押さえ、ジクウはまったりと昔話でもする様に語る。そんな彼の声に、その場のささくれだった空気は影を潜めたが……とって変わった望郷の想いに、耐え切れずこぼれ落ちた涙――それは、サーシャの物だった。

「ミクロアース……あたし達の故郷も同じ……」
「サーシャ!?余計な事を言うなッ!」

そんなサーシャの想いを無情に断ち切るかの様に、又もトルネードの声が響く。だが、その声に屈するほど、彼女は平静では無かった。涙を溜めた大きな瞳を歪ませ、小さな唇を噛み締めると、サーシャはトルネードをキッと見据えた!

「余計な事ですって……どうしてあたし達の故郷が、余計な事なのよッ!?」
「俺は、そう言う意味で言ってるんじゃないッ!」
「二人とも、やめるんだ!」

一触即発の怒気をはらんで立ち上がった二人。慌てたアレクも立ち上がって止めに入ったが、サーシャの溢れる感情は留まる事を知らない。

「トルネード、あなたは忘れたって言うのッ?あいつらの……アクロイヤー軍団の無差別攻撃を受けた故郷の事や、死んでいった多くの人達の事をッ!?」
「サーシャ!お、落ち着けよ……」

眼を真っ赤にして悲しみを訴えるサーシャを宥めようと、コーネフも立ち上がったが……対するトルネードは意外にも、眼を伏せて悔しそうに呟いた。

「馬鹿野郎ッ!……忘れる訳、無いだろう……」
「トルネード兄ちゃん……」
「あたしは一生忘れないわ……そしてあいつらを……絶対に許さないッ……」

その表情を見せたくないのか、顔を背けるトルネード、そんな彼を心配そうに見上げるグスタフ、やり場の無い感情に支配されて、ボロボロ涙をこぼすサーシャ……今のジクウには、ただ彼らに頭を下げて謝る事しか出来なかった。

「済まなかったですね、辛い事を思い出させた様で……」
「いえ、こちらこそ済みません……僕らがここで話した事が、結果的に〔色々な事〕に悪影響を及ぼすかもしれない……トルネードはそう考えて、あんな言い方をしたんです……」

多分アレクは、彼に許されたギリギリ精一杯の範囲で言葉を選んで、話しているのだろう。アレクの好意に報いようと、ジクウは言葉を返した。

「判りました……じゃあ、その話はやめて……これからの話でもしましょうか」
「これから……ですか?」
「はい、そちらのご都合が良ければですけど、ここで好きなだけゆっくりしていって欲しいんですよ。ウチの若い連中を助けてくれたお礼を是非ともしたいんで……やっばり、大した物は無いんですけど」

予想だにしなかったジクウの提案に、先程迄の緊迫した空気は霧散し……ジクウを除く、その場にいた全員はあっけに取られ、アレクに至っては気の抜けた声で答えた。

「は、はい……」
「司令!?と、突然何を……」
「ん?最初から俺は、そのつもりだったけど」

慌てて問いただすバンリに向かって、あっけらかんとした様子で答えるジクウ。そんな二人のやり取りを冷めた眼で見ていたトルネードが、皮肉を込めた口調で言い放つ。

「……薄々感じてはいたが……どうやらあんたらは、全くの素人だな。そうでもなければ、素性の判らない俺達を引き留めるなどと、言い出す訳が無い」
「それはどうかなぁ……逆に、素性が判らないからこそ、あなた達を引き留めるかも知れないでしょ?」

しかしジクウは、トルネードに向かって平然とした表情で切り返す。そんな彼の言葉に含まれた毒の微粒子に気付いたのか、感情的になったトルネードは大声で吠えた。

「何だとッ!?」
「まぁまぁ、そんな怖い顔して睨まないで……ほんの冗談ですって……こうやって知り合えたのも何かの縁って奴ですし、せっかくならお友達になりたいなぁって言うのが、私の本心ですよ」

いきり立つトルネードを柔和な物腰で宥めつつ、邪気の無い穏やかな表情で話すジクウに、アレクは思わず聞き返した。

「僕達の事を……信用して下さるんですか?」
「やだなぁ、そんな信用だなんて水臭い事言って。でもまぁ、見ず知らずの異星の地で旨い話を聞かされれば、そりゃあ誰だって不安になるでしょうから……ここではあなた達に次の三つを保証しますよ。武器の常時携帯、ウチの全設備利用、そして、出来る限りの行動の自由です」

思いもよらないジクウの提案に、バンリが声を上げた。

「し、司令ッ!無茶にも程がありますッ!!彼らは謎の敵対勢力の工作員で、タカキ達を助けた事も打ち合わせ済の芝居だったかも知れないんですよッ!!!」
「俺も同感だ、アンタよりバンリさんの言ってる事の方が、よほど理屈にかなってるぜ……一体、何を企んでいるんだ?」

本音を漏らしたバンリに同意する形となったトルネード。本来ならば、自身と対する立場であるバンリの言葉を引き合いにしたのは、彼にとって心外である筈だが――ジクウに対する疑惑の強さがそれに勝った為か、その事に気付いていない様だ。そんなトルネードに向かって手を振りながら、ジクウは答える。

「だから、何も企んで無いですって……ちょっとキザな言い方かも知れないけど、私は乙女の涙に弱くてね……さっきのサーシャさんを見て、ホロッときちゃったんですよ」
「お、乙女だなんて……そんな……」

ニヤリと下手に微笑んでサーシャに目くばせするジクウ。彼の表情はともかく、歯の浮くようなセリフが効いたらしく、サーシャは顔を真っ赤にして俯いてしまった。だが、トルネードはそれを一笑に伏した。

「フン……だが、〔泣き落とし〕は騙しの常套手段だ。特にアンタみたいな、見るからに女に弱そうで、情に厚そうな奴には効果的だしな。アンタらの油断を誘って隙を突く為なら、それ位の事は子供だってやるだろうよ」
「いやいや……もしあなた達が、本気で我々を油断させるつもりなら……身体に武器を持つトルネードさんは下がって、アレクさん、コーネフさん、サーシャさん達三人は、左腕の武器を除装してる筈ですよ」

ジクウの口振りがあっさりしていた為、アレク達は彼の指摘を聞き流す所だった。それを理解したアレク達は、慌てて自身の左腕に装着していた武器を、まるで奇術の様に消滅させた。

「す、済みません!?気付きませんでした」
「いえいえ、そのままで結構ですよ。まぁ、この距離じゃ私達も逃げようが無いんで、正直言っておっかないんですが……きっと、多くの困難を切り抜けさせてくれた、かけがえのない相棒なんでしょ?肌身離したくないのは判る気がしますよ」
「は、はい……」

正直に本音を交えて話すジクウ。対するアレク達はどうしようか迷ったが――結局ジクウの好意に敬意を表す為にも、敢えて装備する事を選び、再び左腕に武器を出現させた。彼らの武器は、形状記憶金属の様な性質を持つ物質で構成されているのだろうか――興味深そうに彼らの武器を眺めたジクウは、視線を彼らの顔に戻しながら続けた。

「それにね……あなた達が工作員なら、私と通信した時点でここの戦略的価値が無い事を見抜き、無益な接触はしてこない筈ですよ。私は通信でしつこく、ここの価値が無い事を強調しましたからね」
そんなジクウに対し、あくまでトルネードは突っ掛かる。

「だが、あんたの言葉を信用せず、敢えて俺達がやってきたとしたら?」
「そう……だから私が直接逢って、自分自身の眼で確かめた訳です。そして、あなた達同士の意志疎通が上手く行ってない事や、武装を解除されない事なんかを見て……まぁ、工作員の線は無いかなと」

ゆっくり噛み締めるように、自分の考えを説明するジクウ。そんな彼に、今度はバンリが疑問を提示する。

「司令……ですからそれは、彼らの芝居に過ぎないのでは?」
「もういいよバンリ、お前も判ってる筈だろ?彼らが工作員だったとして、腑に落ちない点が、他にもあるのをさ……彼らは俺との通信時、自分達は心身共に良好だと正直に答えた。負傷等の不調を装えば、相手の警戒心を緩め、工作活動に移行し易い状況を作り出せるにも関わらず」

大げさな身振り手振りでバンリに説明するジクウ。どうやらそれは、アレク達にもアピールする為の様だ。

「そして、ここで直接対応した俺が司令官――つまり最高責任者であると名乗った時、その真偽について追及しなかった。トップの身柄を掌握すれば有利に事が進められるが、もしダミーならば全てが水泡に帰す。それなのに、その重要な判断材料の収集を行なわなかった」

自身の考えを明かして見せて、相手の反応や出方を伺う――外せば取り返しが付かない大失態を招くのだが、ジクウは敢えてそれをやってみせていた。

「更に……俺が出身地を尋ねても、はっきり答えなかった。出任せでもいいから、もっともらしく答えておけば、俺達の猜疑心を弱め、上手く行けば同情も誘って、警戒心を緩められるって言うのにね」
そこ迄言うとジクウは口を閉じて、バンリの答えを待った。

「はい……ただ、彼らがプロの工作員では無くても危険な存在である可能性はあります。彼らが自らの命を省みない殉教者や狂信者等である事や、人質解放等の交換条件の為に工作員に従事している事です」
「あぁ、それは俺も考えたよ。ただ、彼らの眼には狂気とか悲壮さとかが感じられなかったからさ……その二つも無いかな、って思えてね」

バンリの答えに大きく頷きつつも、自身の感性を信じる事を強調したジクウ。バンリにしてみれば、こうなる事は判っていたが、敢えて反論を提示していたのだろう。やれやれと言った顔をすると、ジクウに尋ねた。

「しかし……彼らの事を、名古屋支部や監察官にどう説明されるんですか?」
「ん~そうだなぁ……バレる迄、黙っといて……バレた時には、謎の敵対勢力に故郷を追われた戦災難民だ、って説明すればいいんじゃないの?」
「全く……説明になってないですよ」

呆れるバンリをよそに、ジクウはアレク達に改めて向き直ると、ニッコリと笑みを浮かべて告げた。

「まぁ、そんな訳で……もちろん、あなた達に何か今後のご予定があるんでしたら、無理に引き留めたりはしませんが……一度皆さんで話し合ってみて下さいな」
「ありがとうございます、ジクウさん」

どちらからともなく立ち上がると、再び硬い握手を交わすジクウとアレク。彼らの話が一段落したタイミングを狙ったかの様に、二人の男がその場に歩み寄ってくると、ジクウに向かって敬礼した。

「報告します!サーベイヤーランドですが、検査の結果ABC全ての汚染は検出されませんでしたぜ。ただ、修理はちょっと時間を頂きますがね」
「同じく。タカキ、アマネ両隊員にも異常はありません。アマネさんが多少精神的ダメージを受けてはいますが、必要があれば、僕自身がカウンセリングに当たります」

とっくに防護服を脱いで、ジクウ達同様丸腰姿の男達――マツリとビャクヤは、敬礼をしたままの姿勢で、それぞれの報告を行なった。

「ん、了解。ご苦労さんだけど、引き続き頼むわ」
マツリとバンリにユルい敬礼を返し終わると、ジクウは見返り某のようなポーズで、アレク達に上体を向けた。

「じゃ、そういう事で……ちょっとむさ苦しいかも知れませんが、皆さんとマシンに用意したスペースがありますので、ご案内します。ささ、どうぞどうぞ」
「はい、判りました。それじゃ皆、ミクロステーションとバーンを移動させよう」

まるで温泉旅館の番頭の様な口調のジクウに会釈すると、アレクは仲間と共に、ミクロステーションに向かった。

こうして、彼らのコンタクトは、どうにか成功と呼べる形に終わった様だが……実は、ここに至る迄のコーカサス側の経緯は、決して平坦では無かったのだ。

-コーカサス司令部-
数刻前――ミクロステーションと合流したサーベイヤーランドのタカキから緊急連絡を受けたコーカサスでは、直接ジクウが通信に出てタカキから事情を聞いた後、アレクと通信を替わらせて、彼に感謝と歓迎の意を表明した。そしてその通信が終わるや否や、見守る幹部達に向き直ると、静かにこう告げたのだ。

「基地内に第一級警戒体制とABC汚染防護体制を発令、総員白兵戦装備着用。それから申し訳無いんだけど……バンリとマツリとビャクヤで相談して、サーベイヤーランドと乗員二名、そしてお客さん達を迎え入れるのに必要最低限の人員を選抜したら、防護服を着用させといて。それ以外の人員は全て後方に下がって待機後、全隔壁を閉鎖。その後の指揮権については、俺からジン副司令に移行するって事で、よろしく」

矢継ぎ早に指示を繰り出すジクウに向かって、真っ先に疑問をぶつけたのは、やはりジンだった。

「何だって?……ジクウ、まさかお前自身が……」
「司令ご自身が、素性の知れない者達と直に接触されると仰るんですか!?危険過ぎます!接触は、我々にお任せになって下さい!!」

ジンに続いて苦言を呈するバンリに向かって、とぼけた様子でジクウが答える。

「何言ってんの……ウチの若い連中を助けてくれた相手に対して、俺が直接挨拶しなきゃ失礼に当たるだろ?」
「もしも彼らが、敵対勢力の工作員だったらどうするんですか!?」
「まぁ、多分それは無いと思うよ。わざわざウチなんかに来てくれる位だからさ。きっと只の物好きだって」

尚もバンリがしつこく食い下がるが、ジクウは頑として応じようとはしない。そんなジクウを見て、ジンが別のアプローチを掛けた。

「ジクウ、お前の考えは判った。なら、俺が同席しても問題は無い筈だ。いいな?」
「いや~、兆が一って事もあるかも知れないしねぇ……お前は俺の代理として残って貰うよ。もちろん他の幹部連中も、それぞれかけがえの無い存在だ、もしも欠ける事があったら今後のコーカサス運営に支障をきたすから、同じく残って貰う。これは、司令官命令だ」
「……」

本来ジクウは、自分の職制を盾にして部下に命令を聞かせる様な男では無い。そんな彼が、敢えて〔司令官命令〕と言う言葉を振りかざしてでも、自分の意志を貫こうとしている。その事実に、昔から彼を良く知るジン達は黙るしかなかった――ただ一人を除いて。

「維持部隊に関しては、実務に携わっているのはアリアケ君ですので、私が欠けた所で全く問題はありません。司令が何と仰られようと、私は同席させて頂きます」
それはバンリだった。彼も又、彼の論理を用いて自分の意志を貫こうとしている――例え相手が、上官であるジクウであっても。暫し沈黙が続き――やれやれと言った顔をすると、ジクウが口を開いた。

「バンリ、ホントお前さんも物好きだねぇ……ちなみに、先方が気を悪くするといけないから、防護服は着ないし武器とか持たずに対面するつもりなんだけど……それでも同席するの?」
防護服を着ない事に関しては、ジクウなりに確信があった。通信に出たタカキが思いの外元気であった事と、転送されてきたサーベイヤーランドの自己分析データが異常無しと判断している事が根拠だ――もっとも、それが100%安全を保証する訳では無いが。改めて念を押す彼に、バンリが答えた。

「承知しています。そんな事より……司令がうっかり騙されて降伏調印書にサインしないか、その方が心配ですよ」
「やれやれ、俺って信用無いんだなぁ……それじゃ、そんな訳で……皆、準備よろしくね」

バンリが彼なりに閃いた笑えないジョークを聞いて、ジクウは頭を掻きながらボヤく。その声を合図に、一斉に散らばる幹部達――こうしてコーカサスは、サーベイヤーランドとミクロステーションの受け入れ体制を整える事となったが――実際の受け入れ作業に関わった全員が彼ら幹部自身であった事を後で知り、ジクウが自らを棚に上げて呆れたと言うのは、余談である。

-コーカサス格納庫・後方区画-
ジクウに案内された区画は、元々は資材保管庫の一つとして使われていた場所だったが、今は全ての資材が運び出され、アレク達がこの中で生活や整備をしても不自由しない様に、一通りの設備が運び込まれていた。

ミクロステーションとバーンの搬入が終わると、トルネードは区画のシャッターを閉じて、盗聴機等が仕掛けられていないか全ての場所をチェックしたが、何も見つからなかった。それは、そう言った類の物を仕掛ける事を、ジクウが固く禁じた為なのだが――もしトルネードがその事を知ったとしても、ジクウへの態度を改める気にはならなかっただろう。

一段落した所で、五人は思い思いの場所に座り、全員が落ち着いたのを見計らうと、アレクが話し始めた。

「僕は、ジクウさんのご好意に甘えて、しばらくここに留まろうと思うが……皆の考えはどうだ?」
他の四人の顔を一人ずつ見つめながらアレクが話し終わると、コーネフが続いた。

「俺は、アレクの意見に賛成だぜ。何しろここに至る迄バタバタし過ぎて、現在の状況がちゃんと掴めてねぇからさ。まずは腰を落ち着けて、色々情報収集した方がいいんじゃねぇかなぁ?」
「そうね、バーンやミクロステーションのチェックもしなきゃいけないし、ここなら安心して作業に掛かれそうだわ」

コーネフの次にサーシャが意見を述べると、トルネードが口を開いた。

「俺は反対だ」
「トルネード……」

呟くアレクの声には、懇願と恨めしさが同居していたが……そんな事などお構い無しとばかりに、トルネードは続ける。

「お前らもつくづく脳天気な奴らだな。あのタヌキにまんまとノセられやがって」
「僕は、ジクウさんが信頼に値する人だと思うが」
「フン、確かに外面は親切で人の良さそうな男に見えたが、腹の中では何を考えているか判らんさ。それに……アイツの言っていた〔本部〕の存在はどうだ?」
「それは……」

冷徹に状況を見据えるトルネードを、アレクは説き伏せる事が出来ない。そんな彼に苛立つかの様に、トルネードはまくしたてる。

「こうしている間にも、アイツから連絡を受けた本部の連中が、俺達を拿捕する為に実戦装備で迫って来ているかも知れないんだぞ?すぐにここを離脱すべきだ!」
「しかし……」

そう強い口調で言い切ったトルネードに、アレクは反論出来ない。その時、今迄黙っていたグスタフがモジモジした様子で尋ねた。

「あのさ……おいらも意見言っていい?」
「あぁ、済まなかったグスタフ!もちろん君も大事な仲間だよ、是非意見を聞かせてくれないか?」

グスタフに向き直ってアレクが優しく答えると、グスタフは少し照れながらもポツリポツリと話し始めた。

「うん……皆も知ってる通り、おいらの星――グレイ星って内戦やってたから、密告とか裏切りとか当たり前だった時があって……おいら、そう言う事する大人の顔を一杯見てきたんだ。だから、ズルい大人って判る気がするんだけど……変かな?」
「いいや、そんな事無いよ」
「そうさ、自信持てって」
「変だなんて思ったりしないわ、本当よ」
「……」

どこか自信が無さそうなグスタフを温かく励ます、アレク、コーネフ、サーシャ。彼らはこの少年をとても好いていたが、それは、グスタフを黙って見つめるトルネードも同様だった――もし彼を注意深く観察する者がいたなら、その瞳に柔らかい光が満ちていた事に気付いた事だろう――皆に励まされて、グスタフは少し元気な声で話しだした。

「うん……それで、ホント何となくなんだけど……さっきのジクウさんって人、トルネード兄ちゃんの言った事する様な、ズルい大人には見えなかったんだ。何て言うのかな……心の底から見ず知らずのおいら達を信じよう信じようって、頑張ってくれてたって言うか……」
「〔相手を信じる事の出来る自分〕を信じようとしていた、か」

グスタフの思いを噛み締めるように、言葉を繋いだのはトルネードだった。その言葉を聞いて、グスタフは一段と勇気付けられた様だ。

「トルネード兄ちゃん……うん、そんな感じがしたんだ!おいら、兄ちゃんの事大好きだし、兄ちゃんの考えにも一理あると思う……だけど……」
「グスタフ、お前も男なら、感情に流されず自分の決断を貫き通せ……フッ……これで4対1だ。アレク、早くアイツに結果を伝えろ」

グスタフに向けていた柔らかい瞳を、一転して鋭くしつつアレクに向けるトルネード。彼の考えが軟化した事にアレクは驚いた。

「トルネード……」
「但し、これだけは言っておく。何があってもいい様に、それぞれ自分の身は自分で守れる様にしておけよ。アイツは俺達に武器の常時携帯を許したんだ、文句を言われる筋合いは無い」
「判った、トルネード!僕達〔五人〕の意志を伝えるよ!!」

トルネードは〔グスタフが信じるジクウ〕を信じてみようと思ったのだと知ったアレクは、ジクウに自分達の決意を伝える為に、端末に向かった。グスタフは跳ねる様に立ち上がると、トルネードに飛び付いた。

「トルネード兄ちゃん!やっぱり、おいらが大好きな兄ちゃんだ!!」
「グ、グスタフ!俺はベタベタされるのが嫌いなんだ、やめろ!!」

照れを上手く誤魔化せず慌てる、不器用なトルネード。そんな彼を見て微笑んだサーシャも、勢い良く立ち上がった。

「良かった……それじゃ、早速バーンのチェックしなきゃ……皆、手伝ってよ!」
「ヲイヲイ、サーシャがバーンを可愛がってるのは判るけどさ……まずはノンビリしようぜ、俺もうクタクタだよ……フワァァァ……」

そうボヤいて大きな欠伸をしたコーネフを、呆れ顔で見つめたサーシャは呟く。

「もう、コーネフったら……そうよ、バーンはあたしの弟も同然だし……それに約束したのよ、エジソン先輩と」
そう言って眼を閉じたサーシャ――その瞼の内には、過去の出来事が浮かんでいた。

(23/03/07)

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