小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0202

0201INDEX

-……-
「コーカサス――それは、古代地球人の神話で、人類の恩人である巨人族の神が磔となった山の名前だが……彼らはその名を気安く拝借し、おおかた〔神の一族の末裔〕でも気取っていたのであろう」

「結局、あの一連の戦いにおけるコーカサスは、状況に何も寄与しない空虚な存在だった。普段、意識しない空気でさえ、無くなればその存在を惜しまれると言うのに」

「コーカサスの功罪について問われたなら、功は無く、語る価値さえ無い事が罪だと答えられよう」

「コーカサスと言う組織が誕生し、且つ、存続した事――これこそが、地球におけるミクロマン社会がミクロアース時代より退化した事実を証明する、一つの好例として挙げられるのではないか」

「確かに、コーカサスの装備は老朽機や予備機ではあったが――そんな機体であっても、富士本部に配備されていたなら、犠牲を減らす事に貢献出来た筈なのだ。無駄や無益とは、正にこう言った事象を指す言葉だと言える」

「何故、コーカサス司令官ジクウは断罪されなかったのか?彼は、離反者組織エリュシオンを抑止すると言う大義名分を悪用し、自身の意を得た者達を幹部に据えて、私設軍隊を創設した重罪人であるのに」

「ジクウにとってコーカサスは、薔薇色の天国であっただろう。何故ならそこには、彼の望む物があり、彼の望まない物は無かったからだ」

「ジクウが戦争を嫌っていた事は良く知られているが――ならば、何故そんな男が独立実戦部隊を設立し、司令官の座に就いたのか――謎は深まるばかりである」

「戦うのが嫌だと言うなら、コーカサスは反戦活動に従事するべきではなかったのか?ジクウ司令官の偽善振りには、失笑を通り越して、怒りすら覚える」

「同族との抗争さえも覚悟の上で決起したエリュシオン――そんな固い信念を持った組織を、信念を持たないコーカサスが抑止するなど、とんだ笑い話だ」

「獣と鳥の双方に媚びる童話の蝙蝠じみたジクウ。非難や反発を承知の上で自身の考えを貫いたジユウやジザイ。潔いのは果たしてどちらか、乳飲み子でも即答するに違いない」

これらの批評は、地球におけるミクロマンの活動を著わした、幾つかの書物からの抜粋である。しかもこの中には、ジクウがこの世を去った後の物だけではなく、彼が生存していた時代の物も含まれている。彼やコーカサスに対して、好意を持つ者や支援する者もいなかった訳ではないのだが……

ジクウが批評を目にした事実やその感想についての公式な記録は、今の所、発見されていないが――もしも彼が感想を求められたなら、ほろ苦い表情で微笑みながら、きっとこう呟いただろう。

「俺やコーカサスの事を、称えたり崇めたりする奴がいなくて良かったよ――皆、マトモな神経の持ち主って事だからね」

ジクウは、常に自身とその行動とその思考に対して懐疑的であり、全く信用していなかった。そして……そんな男に従い、苦楽を共にする事を厭わなかった幹部達。確かに、彼らの心中を理解する事は困難ではあるだろうが――この広い世界の中、彼らの様な存在が一つ位あってもいいのではないか、と思えてならないのだ。
(以上、あるコーカサス関係者の手記より抜粋)

部外者が時間や空間を超えて、訳知り顔で何を言おうとも、どんな酷評を下そうとも――今、この瞬間――富士本部壊滅の悲報を受けた、この時――コーカサスは存在し、彼らは生きている。そして今、直面しているのは――他者にどう見られているのかを気にする事では無く、この状況をどう乗り越えるのかと言う事なのだ。

-コーカサス基地内-
ジクウは前回同様、各隊員の前に立ち、報告を行った。

「富士本部と幾つかの支部の消滅が確認された。これは紛れも無い〔事実〕で、修正の余地は無い」

しかし、それを受ける隊員達のリアクションは、前回同様と言う訳には行かなかった――錯綜する、呆然、狼狽、悲壮――信じられない様な事実に触れた時、人の取る反応は似た様な物だな、面白い位に。ジクウの脳裏には、他人事の様にそんな思いが浮かんだ。

無理も無いのだ――ベテランでさえ、大して変わりの無い反応を見せたのだから。ジクウは、ざわめく隊員達を叱ったり宥めたりはしなかった――もっとも、普段から彼はそうだったが。

「ちなみに、我々の体制には変更は無い事は、念を押しておく。俺は司令官室にいるから、〔ご意見、ご希望、ご感想、ご質問〕は、俺の所へ申し出てくれ――それじゃ」

そう言って、各部隊詰め所を後にした。今はその程度の事しか、自分には出来ない。もしかすると、何人かの隊員は任務をサボタージュするかも知れず、基地から脱走する者も現れるかも知れない――だが、それはそれで構わないと、ジクウは思う。

結局、自分で起こした行動の全ては、自身に返るのだ――それを引き受けてやって行くのが、生きるって事さ。そこ迄考えた所で、司令官室の扉の前に着いた。前回とは違い、暫くすれば、隊員達がここにやってくるだろう――心の準備って奴でも、しとくか……

しかし、隊員達が訪れたのは――司令官室ではなく、会議室だった。

-コーカサス会議室-
「私と同期で仲の良かった子が本部にいたんです。その子の事が心配で……」
「ごめんなさい、避難者に関する情報は、今の所入って来てないのよ。心配で辛いでしょうけど、情報を入手出来る迄、その子の無事を信じて待ちましょう。リストが入手出来たら、私も探すのを手伝ってあげるから、その子の名前や所属を教えてくれる?」

「ここはどうなるんですか?ここにも敵は攻めて来るんですか?」
「正直言って、楽観的な事は言えないわ。でも、情報はあなた達に開示した物が全てで、判断を下すには足りなさ過ぎるのよ。今後、新たな情報が入り次第、逐一開示していくし、私達も検討を重ねるから――とにかく今は、あなた自身の範囲で出来る事だけでいいから、備えておきなさい」

「コーカサスは本当に何もしなくていいんですか?何かやるべきだと僕は思います」
「君の気持ちは良く判るが、ここにいる人員は、ここにいるべき理由があって、ここにいるんだ。仮にエリュシオンの事を度外視したとしても、近くには多くの非戦闘員やミクロ地球人を抱えた名古屋支部があるし、この一帯にも多くの地球人が生活している。他の地域の事は、それぞれの仲間達を信じて任せるべきだし、逆にここでの事は、我々が率先して当たれる様にしておくべきではないかな?」

会議室には、アケボノ、アメノ、そしてジンが常駐し、訪れた隊員達一人一人に応対していた――実は、各部隊でのジクウの報告が終わった後、〔隊員の応対〕に関してのみ、ジンが独断で修正したのだ。

「司令には、今後の具体的な方針の検討に専念して頂く必要がある為、隊員諸君の応対は、私とアメノ司令補佐とアケボノ副司令補佐が行う。場所は会議室だ」

司令官――最高責任者とは、容易に代替がきく物では無い。時には、同じ人である部下を駒同様に扱い、生殺与奪を意のままにする強大な権限、それに見合った責任、そして重圧――その苦しみや辛さを、他者と完全に分かち合う事が出来ない、孤独な存在なのだ。

ジンはジクウの親友だが、副司令官が司令官と並び立つ事は出来ない。だからこそ、ジンはジクウの影となり、彼を支える――それ位の事しか、してやれないのだから。

-……-
「あれ?アメノさん、えらく機嫌が良さそうだけど……何かイイ事でもあったの?」
「え?はい、さっき雨が振り出したんです、それで……」

「ハハハ、アメノさんの雨擁護運動が、又始まったか……ホント、よく続くなぁ」
「だって……皆、雨が降り出すと、暗い表情をしたり、鬱陶しそうにするから……雨は何も悪く無いんですよ……そう思いませんか、ジクウ〔隊長〕?」

「うん……まぁ、俺も蒸すのさえなければ嫌いじゃないけどね、特に名古屋は湿度が高いからなぁ……そうだな……空調の効いた喫茶室から、窓越しに雨を眺めながら飲むコーヒーなんかは、大好きだよ」
「フフフ……〔あの人〕も、同じ事言ってました。やっぱり、類は友を呼ぶ、なのかしら?」

「ジザイが……そうかもね」
「それと、あの人……雨をムキになって庇う私が可笑しいって、笑うんですよ。私はいつも真剣なのに……」

「アメノさん……ジザイは優しくしてくれるかい?」
「え?は、はい……」

「そうか……アイツは無愛想な所があるからさ……なら、いいんだ……アメノさんが幸せなら、それで……」

-コーカサス司令官室-
「……あ?……俺、寝てたのか……」

気が付くと、自席のシートをリクライニングさせて、眠りこけていた自分がいた。けだるさを脱ぎ捨てる様に軽く伸びをすると、シートの背もたれを戻して上体を起こす。

「夢……いや、古き良き時代の懐かしい思い出……って奴か……」
ジクウの顔に、苦みの混じった笑みが浮かんだ……そして、溜息が一つ。

「夢を見なくなったのって、いつからなんだろうなぁ……」
そう……いつの頃からか、眠りは疲れを癒す為の行為でしかなくなっていた。それにしても……あの時の事を夢に見るとは……

「いつ迄も女々しい奴だよなぁ、俺……それとも……帰りたがってるのかな、あの頃へ……」
どうこう言っても、自身にとって、今の状況は辛いのだろうか……昔の事を夢に見たのが、現実逃避した様に思えて、少し情けなかった。

コーヒーを飲もう、砂糖もミルクも抜いた濃い目のブラックを――そう思って、ゆっくりと席を立った時……

<コンコン>
扉が来客のノックを響かせた。

「開いてるよ、どうぞ」
ジクウの声を受けて扉が開き、そこに立っていたのは――救助部隊のリク、コウキ、そしてアンミツだった。先頭のリクが敬礼をしたまま、緊張のみなぎった声を張り上げる。

「し、司令!お、お邪魔しても宜しいでしょうか?」
「……別に捕って食おうって訳じゃないんだから、落ち着きなさいって……自由に座って、楽にしてよ」
「し、失礼しました……失礼します!」
「私も失礼します!」
「お邪魔しますー!」

苦笑するジクウに見守られ、三人はソファに腰掛けた……と思いきや、アンミツが立ち上がると、軽やかにダイニングブースに取り付いた。

「リク君とコウキ君はミルクと砂糖、普通でいいー?司令のお好みは何ですかー?」
「あ、あぁ……」
「お、俺はアメリカンの砂糖抜きで、ミルクは大目に……」
「ブラック、濃い奴を……」
「了解ですー!」

普段の天然振りからは想像も出来ないアンミツの気遣いと俊敏振りに、コーヒーの事を即答するのが精一杯の男性陣だった……

「……そうか、ジンが……それで、誰もここに来なかったって訳か……」
「は、はい……ほ、本当は自分達も、副司令達にお話ししようと思っていたのですが……」
「話し込む隊員がいましたので、副司令達も手が離せない様子で……」
「あの子達を叱らないで下さいねー、司令。一番若い子達だから、とても不安なんだと思いますー」
「あぁ、判ってるよ。お前さん達と違って、アイツらには一番遠い〔状況〕だったからなぁ……」

アンミツのコーヒーと言葉に新鮮な驚きを覚えつつ、ジクウは頷いた。

コーカサスの隊員は一括りに戦後世代とされているが、厳密には蘇生時期に開きがある――戦闘部隊のエンゲツ達、救助部隊のコウキ達、防衛部隊のアシュラ達、維持部隊のアヤオリやアサナギ、司令部のアゲハなどのメインメンバー――彼らは終戦直後に蘇生した世代で、コーカサス発足後、最初に配属されたのだ。

デスマルクとの闘いが終結し、本格的に始動した様々なプロジェクトの一つに、「未蘇生核の探索活動」があった。これは、タワー基地初号機のスペクトルMX光線発射に始まる「戦前・戦中の蘇生活動」で蘇生出来なかった核を発見し、直接的に蘇生させようという活動である。彼らはそのプロジェクトの一回目に発見され、蘇生したのだ。勿論、プロジェクトは現在も継続して続けられている。

戦前・戦中に彼らが蘇生出来なかった理由――それは、彼らの幼さにあった。ミクロアースにおいて、ブレストや生命維持細胞の移植手術を受けた時点で、彼らは地球人で言う所のティーンエイジャーの年齢だった。その為、身体は発達途中で、能力をフルに発揮出来る状態ではなかったのだ。

その後、ミクロアースの爆発によって彼らは核となり、運良く地球に辿り着いた――だが、コマンド1号エリックらを古代に蘇生させた(とする説が最も有力である)〔星系規模〕のαh7到来や、M101ジョージらによって始められた幾度かの蘇生活動にも、彼らは反応しなかった――いや、出来なかったのだろう。

原因は、幼い彼らが不完全な状態(生物の誕生で言えば、未熟児状態と言えるだろうか)で蘇生するのを防ぐ為、ブレスト機能がリミッターを掛けたからでは無いかと考えられている――ブラックボックスであるブレストシステムに直接関わったミクロマンが発見されていない事と、鍵を握る元素αh7が解明されていない為、あくまでそれは推測の域を出ないのだが――余談はさて置き……

終戦直後に蘇生した〔戦後第一世代〕にとって、戦いは、遠い出来事では無かった。それから、地球時間で十数年――近年蘇生した世代にとって、戦いは、歴史のカリキュラムの中の出来事に過ぎず、暗記のタネでしか無かったのだ。

女子隊員にコーヒーを入れて貰うのも悪くないな、何かいい方便はないかな――一瞬浮かんだ不埒な考えを外に追いやり、ジクウは口を開いた。

「そうすると……会議室に顔を出したのは、お前さん達より下の連中って訳か。あれ?こういう時にここぞとばかりに悪ノリする二人組はどうした?」
「あ、リョウヤとシンラですね。自分達も、それを心配していたんですが……」
「それが何故か、リョウヤが大人しくしていまして……シンラはそれに付き合っているので……」
「リョウヤ君とタカキ君が喧嘩した時にー、司令がガツン!とやられたじゃないですかー、そのせいだと思いますー」
「そう言う事か……たまにはガツン!も、悪く無いな」

そう言ってニヤッとほくそえむジクウを見て、顔をほころばせる三人――思えば、予想だにしなかった原因によって生まれた、別世代同士の交流の一時ではあったが――緩んだ表情を僅かに引き締め、ジクウは彼らに向き直った。

「さて、それじゃ本題に入るとするか……まずは、リク……お前さんから聞こうか」
「は、はい……し、質問なのですが……この状況においても、エリュシオン抑止が優先されるのでしょうか?」
「と、言うと?」
「は、はい……確かに自分達が存在するのは、エリュシオンを監視し、逸脱行動を抑止する為でありますが……敵対勢力の存在が明らかとなった今となっては、エリュシオンの存在は無視しても構わないのではないか、と思えたのですが……」
「ふむ……中々、大胆な事言うねぇ……」
「す、すいません……」

ジクウはリクの発想の転換に感心したのだが、彼はそれに気付かず、萎縮してしまった――その時、コウキがリクを庇う様に割り込んだ。

「私もリクと同じ考えです!それで、その考えを推し進めてみたんですが……」
「ん……どんなの?」
「はい……余りに大それた考えなので、お叱りを受けるかもしれませんが……エリュシオンとの間に協定を結んで、共同で敵対勢力に当たるのはどうか?と思ったのです」
「……それは又、凄い話だね」
「はい、馬鹿げていると思います……でも、エリュシオンは我々から離反しただけであって、敵対しようとしている訳ではありませんし……私は直接には知りませんが、首謀者のジユウ司令官は、敵対勢力との共存を否定しているとの事ですから……目的に関しては、一致を見る事が出来るのではと……」
「成る程、ね……」

ジクウは思う――彼らは戦いを体験していないが、戦いについて考える事が出来る世代なのだ。彼らの手は血には濡れておらず、罪を負ってはいないが、戦いに対して真剣な気持ちで、且つ、柔軟な考え方が出来る――片や、罪を背負っている自分達には、今迄の常識に拘った、狭い考え方しか出来ない――古い世代は、やはり用済みなのかもな――そんな事を考えながら、アンミツに声を掛けた。

「お前さんも、同じ考え?」
「いえ……私の考えは、二人とは違うんですが……」

アンミツの口調からは、舌っ足らずさが消えていた。

「敵対勢力――デスマルク、アーデン、アクロイヤー、それに新たな敵――彼らとの間に、交渉の余地は無いんでしょうか?」

-コーカサス司令官室-
数時間後――司令官室には、ジクウとジンの二人だけがいた。

「……アンミツが、そんな事を」
「ジン……正直言って、俺は恥ずかしかったよ。あの子の言う事は、全く正論だ。仮にも、俺達ミクロマンが知的生命体を名乗るなら……まず、そう言った方法を考えるべきなんだ」

ジクウの脳裏には、先程の光景が蘇っていた。

「……出過ぎた事を言って、申し訳ありませんでした」
最後にそう言って、アンミツは深々と頭を下げたのだ。何故、罪を犯している自分に、罪を犯していないこの子が、頭を下げなければならないのか――これを理不尽と呼ばずして、何と呼ぶのだろう……

「あぁ……だが、彼女の言葉が正論だったとしても、お前が必要以上に恥じ入る事は無いよ」
「いや……あの子が意識して言ったのかどうかは、判らないけどさ……俺の中にある、救いがたい部分――好戦的な気質――を、あの子はあっさりと突いたんだよ」
「お前は、そこ迄考えていたのか……」
「うん……確かにこの前、ジユウのロボットマン2達と交戦した時にさ……心の中に渇きが癒されるような気持ちを感じたのは、事実だからね」

あの時――タカキはモニター越しに、俺の顔を見ただろうか。俺の表情は、さぞかし活き活きとしていた事だろうな……

「そうか……」
「あの出撃中、リョウヤがあの子に論破されたって言う話――それを後で聞いて、俺は笑ったんだけど……何の事は無い、俺もリョウヤも〔同じ穴の何とやら〕で、裸の王様だったのさ」

そう自嘲気味に言って、小さく笑うジクウ。ジンは魔術師では無く、ただ、ありきたりの言葉を掛ける事しか出来ない。

「まぁ……その自覚があって、それを忘れず持ち続けれるなら……大丈夫だよ、ジクウ」
「ホント、そうありたいもんだよなぁ……」

ジクウはジンに甘えていた……ジクウにはその自覚があったし、ジンもそれを感じていた。確かに、たまには寂れた居酒屋のカウンターで酒に酔い、愚痴をこぼすかの様な真似をするのも悪くは無いだろう――だがそれは、明日に向けてのバネとなるべきであって、後ろ向きに墜ちていくだけの戯れ合いであってはならないのだ――その事も、お互いに良く判っている。

ジンは席を立った――少しすがる様な眼をしたジクウを見据え、静かに言う。

「……それじゃ、俺は司令部に顔出してくるよ。何かあったら呼ぶから」
「……判った……ジン、あのさ……」
「何だ?」
「……ありがとな」
「あぁ」

時には、独りになる事も必要なのだ――甘えの鎖を断ち切り、男達は別れた。

-コーカサス基地内通路-
司令部に向かうジンは、向こうからやってきたアメノに気付いた。彼女は、プリントアウトした紙の束――コーカサスでは、ジクウの拘りで紙や筆記具が積極的に併用されている――を閉じ込んだファイルを、手にしていた。

「おぅ、アメノちゃん。ジクウに報告か?」
「はい……東海支部から名古屋支部に届いた、現在判明している状況をまとめたレポートの写しを入手しましたので……」

この子は、もっと背を伸ばして、凛とした表情をしていた筈じゃなかったのか?初めて出会った頃と目の前のアメノをだぶらせて、ジンは思う。この世に不変の物など無いとしても、この子の移ろいは余りにも憐れじゃないか……無意識の内に、自然と、彼女の頭に手が伸びた。

「そうか……ごくろうさん」
「ふ、副指令!?」

頭を優しく撫でるジンの暖かい手を、アメノは知覚した――暫し動けなかったのは、驚きの為か、心地良さの為か……顔を紅潮させたのは、恥ずかしさの為か、嬉しさの為か……ズッと小さく後退りすると、恨みと甘えが混じった様な瞳で、ジンを睨んだ――彼は、カラカラと笑っていた。

「いやぁ、アメノちゃんも昔より幾分背が伸びたかな?と思ってさ」
「……セクハラの言い訳にしては……稚拙過ぎるんじゃないですか……」
「ハハハ、セクハラ扱いはヒドイなぁ。俺からすれば、ここの連中は皆、生意気盛りの可愛い弟や妹なんだから」
「……いつもそうやって……私を子供扱いするんですね……」
「アメノちゃんやアケボノは、無理して背伸びしてる様に見えるからなぁ。確かに、立場上難しいとは思うが……もっと力を抜いてもいいんだぞ?」
「……」

稚拙なのは、私の言葉の方だ――子供扱いされても当然だと思う。理屈や建前を振りかざし、他人の思いやりに素直に甘える事が出来ない、意固地で可愛気の無い女だから……

黙りこくってしまったアメノを見て、心の中で苦笑するジン。ここには、甘え下手の甘えん坊が一人か……もっとも、甘え上手のアメノなんて、彼女らしくないだろうが。

「まぁ、いいか……さて、時間を取らせて済まなかった、アメノ司令補佐」
「……は、はい……」

ジンが自分の名を職制で呼んだのを聞いて、アメノは後悔した。しかし、折角差し伸べられた手を払いのけたのは、自分自身なのだ……当然の報いだと思う。

それでもジンは、まだ微笑んでいた――今度はもう少し上手くやれよ、と瞳が言っている――様な気がした。

「さっきの事……セクハラの非難は甘んじて受け入れるとしても……マツリには黙っておいてくれよ」
「……何故……ですか?」
「みすみす、アイツのレパートリーを増やす事も無いだろ?じゃあな」

それだけ言うと手を上げて、ジンは去って行った。通路に一人残されたアメノは、ふと気が付いた――手にしていたファイルが、少し歪んでいた事に。

0201INDEX

(23/01/29)