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1996年からの私〜第28回(13年)妥協なきノンフィクションライターに学ぶ

プロの仕事を見て自分の甘さを痛感

『野球ステップアップ』シリーズ、『野球小僧』の制作を経て、人脈の拡大とスキルアップに成功し、新たな10冊シリーズの書籍の制作依頼を受けます。仕事が充実していく一方で、『野球小僧』が「これから」というときに続けられなくなったモヤモヤは晴れずにいました。

そんなとき、バイタリティに溢れる女こと、岡田真理さんから、「新しい野球雑誌つくっちゃいましょうよ」と提案を受けます。ゼロをイチに変えるのは膨大なエネルギーを必要とします。それでも私は大変なことほど楽しいことを知っています。さっそく、岡田さんの紹介で主婦の友社の編集者、佐々木亮虎さんと会い、新媒体の発足を訴えました。

こちらから持ち込んだ案と、佐々木さんからの提案を組み込んで、時事ネタにとらわれず、じっくり読み込める媒体にしようという方向性を確認。一つのテーマを野球の9人、9イニングにちなんで9個の切り口で特集(+球団フィーチャー)していく、『読む野球-9回勝負-』がスタートすることとなりました。

第1号のテーマは三振。シーズン最多奪三振の記録を持つ江夏豊さんをはじめ、上原浩治さん、伊藤智仁さんら投手目線、若菜嘉晴さんには捕手目線、土井正博さん、金森栄治さんには打者目線から三振を語ってもらいました。そして、1イニング5奪三振という珍記録を持つ木谷寿巳さんもクローズアップ。なかなか面白いラインナップを実現しましたが、メインテーマが難航しました。

三振といえば、我々の世代で真っ先に頭に浮かぶのは野茂英雄さん。取材を申し込んだものの、野茂さんはアメリカ在住で発売の時期まで来日の予定はなし。そこで佐々木さんの提案により、本人ではなく、周辺の人物を徹底取材して、そこから野茂さんの三振のすごさを読み解くという切り口で勝負することとなりました(のちに書籍化の際に野茂さん本人も取材)。

この取材、執筆を担当したのが、12球団のファンクラブに毎年入り続けているファンクラブ評論家で、数多くの著者を持つノンフィクションライターの長谷川晶一さんでした。『野球小僧』でもご一緒させてもらったものの、そのときは長谷川さんの本当の凄さを知らないままでした。野茂さんにまつわる取材を一緒に進めていくうちに、長谷川さんの取材姿勢に驚かされることになります。

取材は野茂さん以前の近鉄のエース・阿波野秀幸さんから始まり、トレーニングコーチの立花龍司さん、バッテリーを組んだ光山英和さん、野茂さんと同じく後にメジャーリーガーとなる吉井理人さん。このほかに教え子でNOMOベースボールクラブ出身の藤江均選手。そして、監督時代に野茂さんとの確執があったとされる鈴木啓示さんというメンバー。一人ずつ取材していくたびに、野茂英雄像が完成していくようで、かつて経験したことがない面白い取材でした。それぞれの切り口が抜群に面白く、野茂英雄を読み解く素晴らしい内容になったと思っています。

その各人の言葉を引き出した長谷川さんの取材力には目を見張るものがありました。とにかく事前の準備がすごい。当人や野茂さんのことだけでなく、リンクするすべての情報を頭に入れているから、話が確実にスイングするのです。

この時点でも私もそれなりに取材は経験してきていましたが、いかに自分が甘かったかを痛感しました。これがプロの仕事だとしたら、週プロ時代に自分がやっていた仕事は、完全にアマチュアの仕事。プロレスはなんとなくわかった気になって取材していた自分の甘さを思い知らされました。

この年あたりから次々と新たな仕事依頼が増えてくるのですが、そんなタイミングで、長谷川さんの仕事を間近でみることができたのは私にとって幸運でした。自分も最低でも同じようにやらなければいけないと、甘い考えを捨てたことで、一つ上のステージにいくことができたと思っています。

私は『読む野球』の制作スタートと時を同じくして、東京都のスポーツ広報誌を作ることになり、多種多様なアスリートを取材することになっていきます。もしも長谷川さんと出会っていなければ、この仕事がうまくいくことはなかったでしょう。それだけ大きな影響を受けました。

現在はスポーツジャーナリストとして、本当に多くのトップアスリートの取材、各競技団体の取材を経験し、「スポーツのことなら佐久間に聞けば何でもわかる」と言われるくらいになっています。一つひとつ取材前の準備段階からベストを尽くす。ありとあらゆる情報を頭に入れた上で取材に臨む。知りうる情報を知っていなければさらなるネタは引き出せない。すべては長谷川さんから学んだことです。あまり詳しくない競技取材の前はYouTubeで可能な限り映像をチェック。しばらくオススメがその競技だらけになるのですが、新体操だらけになったときはちょっと恥ずかしかったです。

ゼロをイチに変えたことで道が拓ける

話が逸れました。この『読む野球』では王貞治さんから大谷翔平選手まで、野球界のトップを数多く取材。その経験、つながりから、現在は野球絡みのイベントMCも数多く務めさせてもらっています。まさかミスタータイガース・掛布雅之さんに「佐久間くん、徳光さんと一緒にやってる番組見てるよ」なんて言われるようになるとは思ってもみませんでした。

やはり何でも積み重ねは大事。1号目の制作時は見本誌もない状態のため、取材交渉も難航しました。それでも産みの苦しみだと思って粘り強く交渉し、ゼロをイチに変えたことで、すべてが変わっていきました。苦しくても続けていくことで、道は拓けていくのです。

『読む野球』は編集長兼一人編集部員だったため、企画書制作からアポ取り、ライターへの原稿発注、写真の発注、現場の立ち合い、ページ編集をすべて一人でおこないます。もちろん自らも毎号3〜5本、取材・執筆もするので、かなりのエネルギーを必要としました。4年前から大型案件の受注が続き、私の余力がない状態が続いています。私だけでなく、長谷川さんも岡田さんも、『読む野球』をきっかけにさまざまな可能性が広がり、みんなが多忙になったことで現在は休止を余儀なくされています。しかし、たくさんの素敵なライターさんとの出会いをくれた思い入れの強い媒体なので、良い形で復活できたらと考えています。

『読む野球』の制作は自分の取材姿勢の見直しによるスキルアップと、人脈のさらなる拡大をもらたせてくれました。何より大きかったのは佐々木さん、長谷川さんとの出会いです。2年後、この二人とともに、一度は封印した思いを解禁し、自分の魂をこめた作品をつくることになるのでした。その話はもう少し後で紹介したいと思います。

つづく

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