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小笠原のチャーハン

久しぶりの平日休みになった主人。久しぶり…というより、ほとんどあり得ない平日の休みだ。ウキウキでお昼を外で食べることにした。大体、主人と行くお昼ご飯は『お昼ご飯』であって、『ランチ』ではない。カレー、ラーメン、ちゃんぽん…、いいとこお蕎麦屋さんである。その日は所用でいつもは行かない方角だったので、今日は『ランチ』かな~っていう願い…むなしく、やっぱりラーメンだった。ブーブー文句を言いつつ向かうと、駐車場はいっぱいで一台待つほどだった。
「ここ、いつもいっぱいやねんで。」
と少し自慢げに言うのを、そうなんだ…と流した。少し待って店に入ると、ラーメン屋さんにしては広々としていて、清潔感があった。そして、お客さんは平日らしく、『働く男の人』ばかりだった。ついでに言えば、建設業のお兄様ばかりだった。私もその業界で働いていたので、何となく空気で分かる。気取った営業マンなら美味しい『ランチ』のお店も知っていそうだが、『働く男の人』って言うのは、安くて美味しい『お昼ご飯』のお店をよく知っている。(私の偏見かもしれないけれど。)ひっきりなしにやってくる『働く男の人』を見ながら、このお店は美味しいんだと思った。チャーハンセットを頼んだ主人の前に、チャーハンと取分け用の小さなお皿ともう一つの蓮華が置かれた。
「こういう心遣い…うれしいね。」
またもや、自慢げに言う。60歳くらいの面倒見の良さそうなおかあさんがお店の中を切り盛りしていた。人柄なのだろうか、接客がとても心地よかった。折角の取り皿に、少し取り分けてもらったチャーハンを食べて、
「あ。」
美味しかった。美味しかったのだ。
「小笠原のチャーハンを思い出したわ。あれには敵わないけど。」
どうやら、以前ここのチャーハンを食べて、小笠原のチャーハンを思い出し、今度は私を連れて来ようと思っていたらしい。私も自分と同じように思うかどうか確かめたかったのだと言う。確かに、ここのチャーハンは美味しかった。そして、久しぶりに小笠原の旅行を思い出した。

チャーハンなんてどこで食べても同じ…。そう思っていたけど、そうでもない。一流ホテルのレストランならチャーハンもラグジュアリーな一品になるやもしれず…。チャーハンに限らず、作る人、場所、食べる人…色々な要素で、やっぱり美味しさも多様になるのだと思う。
私達夫婦の『チャーハン一等賞』は、小笠原のチャーハンである。
小笠原へ旅行したのは、結婚して確か三年目の新婚旅行だった。その頃の私たちはまだ夫婦になりきれていなかった。おまけに、二人とも無職だった。
紆余曲折、喧嘩にならない喧嘩を山ほどして、台風を毎週のように見送り、疲れ切った状態で漸く旅に出たのだ。
このころの私達夫婦の色々は『ジーンとドライブ』のVol.9.10.11あたりでしょうか…。
https://note.com/kaz0515/m/m9d74ec65e4d0/hashtag/6066

兎にも角にも、小笠原旅行は主人がとびっきりの笑顔を取り戻し、夫婦になれた場所なのだ。ラーメン屋さんへは最終日の出航を待つまでの時間、お昼ご飯にと訪れた。
実は私は内心渋々だったのだが、実に美味しかった。普通の良くあるチャーハンだが、パラパラ感、火傷の心配のない、ほど良い熱さ、黄金色の卵。お米のもっちり感、そして、絶妙な塩加減だった。どれをとっても抜群だった。特にあの塩加減は良かった。たぶん、小笠原の塩を使っているのだ。マイルドで優しい塩加減。
あのチャーハンを食べて以来、どこぞのチャーハンを頂いてもキュンとしなかったのだ。それはそうだ。そのはずだ。小笠原への旅行がどれほど私達に必要なことだったか、小笠原での体験や景色、空気がどれほど私達を変えたか…、それをひっくるめた小笠原のチャーハンと何の背景もない街のチャーハンとを比べること自体が、そもそも間違っている。美味しさにはそういうスパイスも加味されるのだと思うから。

再び小笠原へ旅行するのはまだまだ先になりそうだ。もしかしたら、もう行けないかもしれない。行けなけりゃ、あのチャーハンは食べれない。でもついに、小笠原のチャーハンには敵わないけど、『小笠原の味を思い出すチャーハン』には出会えたのだ。それも家の近くで。
小笠原は遠いからね。思いがけずみつけた、近所のラーメン屋さんのチャーハンで手を打つとする。ああ。また行きたいなぁ。バーチャルの時代になっても、こればっかりは、その場所の空気が必要だから難しい。どこでもドア、そろそろ作れないのかな。

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