厄介で勝手なのは私だ
私は、結構昆虫が好きである。触るのはちょっと苦手で見るのが専門だ。
昆虫はものすごく進化が早いらしく、どんどんとまだ知られぬ新種が生まれているらしい。生き残る為の学習能力がすごいのだ。
学習能力がすごい。すんばらしいことだけど、家の中に入ってこられるのはちょっと困る。蟻さんが微かな列をなして家へ入っていたのだ。掃除は程々にしているはずなのに…なぜ。最近作り出した甘酒の一滴でも落ちたか?はたまたハマりまくっているホームベーカリーで焼くパンのくずでもあったのか?何かを見つけたわけではなさそうな数の蟻さんだが、一匹が新たな道を開拓したら次々に後に続く。これはいかんと駆除に勤しむ。殺生はしたくないのに、仕方ない…。
家のベランダには今やジャングルのように植木がある。大分整理したが、実家からゆずり受けたりして、結局あまり変わっていない。
一年ほど前、隣に単身越してきたおしゃれマダムのベランダも家と負け劣らずジャングル化している。
蟻さん達がどこから来たのかと探ってみる。
するとなんと!実家からきた蔦の植木からだった。それは蔓で編んだ籠に納まっていた。ずいぶん昔に四国に家族で訪れた時、どこかの道の駅で購入したものだ。その蔓にいくつか小さな穴が空いていて、どうやらそこから来るようだった。このグルグル編んだ蔓の中に、蟻さんが…。ブルっと身震いした。私は昆虫は好きだが、見る専門。見る専門ではあるが、小さいものがたくさんひしめき合っている様を見るのは、超苦手である。
家の中に来た蟻さんの足がつかないよう、キレイに雑巾がけしたのでたぶん家の中にはもう入ってこないだろう。しかし、蔓にいることを知ってしまった。放っておくか?いや、放っておいてはお隣のおしゃれマダムに迷惑になるかもしれないし。
思案した後、ホームセンターで「アリメツ」とやらを購入した。
白いカップに蜜を入れて、蟻さんの通り道に置いておく。たちまち蟻さんがそれを飲み、巣に戻り、数時間ほどで硬直して死んでしまう…。それを食べたお仲間も死んでしまう…。蟻さんの卵は次々生まれるので少しの間継続的に続ける。するとすっかり巣から撃退できる!…とやらが書かれていた。なんとも蟻さんからすれば恐ろしい液体だ。
半信半疑で蜜を容器に入れて通り道らしきところへ置いた。開拓精神に富んだ一匹が蜜を味見した。一口含めばもうこの蜜の虜になった。疑り深い蟻さんは素通りだが、一匹、また一匹と蜜を飲み始めた。どれほど体に取り込めるのか、随分長い間そこから離れようとしない。わずか数分で容器は蟻さんで満員になった。蜜の威力は凄まじかった。
人間の開発力というのもすごいものだ。日夜蟻を観察し、研究に研究を重ねて作ったのだろう。私はそれをずっと眺めていた。気持ち悪いとは全く思わなかった。
微かに列だと認識できた列はハッキリと列になり、ものすごい速さでものすごい数の蟻さんが行きかうようになった。蟻さんの伝達能力の高さに驚いた。女王様の為、精一杯働いている。すごい。感動しているが、私のやっていることはまるでどこかの独裁者のようだ。ふとそう考えると複雑な気分になって、あんなにずっと眺めていたのに今度はもう見れなくなってしまった。私は厄介で勝手な人間だ。
次の日、蟻さんは一匹も見当たらなかった。目を凝らして、蔓の籠を覗くと一匹の蟻を見つけた。昨日の蟻さんより少し大きい。小さい蟻から順に遠くへ出て働いていたのだろう。それが一夜にして全滅したのだ。その固く固まった亡骸を巣の外へ運び出していたのだ。巣の中はきっと小さい蟻さんの亡骸だらけなんだ。
大げさだが、自分のしたことで落ち込んだ。
「駆除」はできたが、結局のところ心地いいものではなかった。
結構、昆虫が好きだ…とはどの口が言う?
善人ぶっているが、家のどこかにゴキブリが出れば、また迷わずスプレーを吹きかけるはずだ。昆虫差別だ。
やはり、心中複雑である。
ごめん。蟻さん。ごめんなさい。