見出し画像

組織の包摂性を高めるための介入について : 企業との共同研究より

東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センターといういまだに舌を噛んでしまう名前のセンターですが、特任研究員としてお仕事をさせていただきはじめて、3年半ほど経過しました。2022年度の当センターの活動報告に「研究ノート」なるものを書かせていただいたので、こちらでその概要を紹介させていただきます。論文ではないため、学術的には色々と足りないところがあるかと思います。同時に大学での「研究ノート」のため、一般の方に分かりやすい書き方になっているかというとそうではない点も自覚しており、このnoteを書くことにしました。詳細に関心を持ってくださった方は、ぜひ「研究ノート」本体もお読みください。

概要

今回の研究ノートは、タイトル「組織の包摂性を高めるための介入について : 企業との共同研究より」の通り、組織のインクルーシブネス(ここでは「包摂性」と表記)をどのように高めていけるのかという関心のもと

  • そもそも組織の包摂性はどのように測ることができるのか(=インクルーシブ・リーダーシップ指標の開発)

  • 組織の包摂性をどのように高めることができるのか(=研修、ワークショップ・プログラムの開発)

  • 上記の研修やワークショップ・プログラムはどのような効果があったのか(=参加者の反応の検証)

を行ったものです。ただ最後のプログラムの効果検証については、実際には「検証」といえるほどのことはまだできておらず、今年度に持ち越しています。

ベースとしている考え方

この共同研究では一貫して大きくは以下の3つの考え方を基軸にしてきています。

1. リーダーシップは関係性

「インクルーシブ・リーダーシップとは、互いの利益 のために物事を成し遂げることができる関係性のことである。次の段階にあるリーダーシップへの到達は、『人に対してではなく、人とともに物事を行う』ことであり、それ がインクルージョンの本質である」

Hollander(2012)

とある通り、1点目はリーダーシップを個人の資質に還元されるものではなく、人と人との関係性であるという考えている点です。

2. マイナスをゼロにするプローチ

2点目は、一般的に「ネガティブ」といわれるようなリーダーシップのありようや組織文化の改善の重要性に着目した点です。ポジティブなリーダーシップが組織に効果的な成果をもたらすという数多くの研究がある一方で、破壊的なリーダーシップまたは有害なリーダーシップといわれるネガティブなリーダーシップについては、建設的なリーダーシップと同程度、またはそれ以上にメンバーのパフォーマンス、態度、健康、ウェルビーイングへの影響力があるにも関わらず、その構造や理論に基づく研究はほとんど行われていません。そのため、本研究では従来あまり焦点を当ててこられなかった、現状のマイナス要素を取り除いていく、いわばマイナスを脱していくという点に着目しています。

3. 特権と社会モデル

3 点目は多様性の中に存在する「特権」とそれにより生じうる組織内のマジョリティとマイノリティの間に存在する不均衡の捉え方に関する視点です。特権とは「ある社会集団に属していることで労無くして得ることができる優 位性」と定義され(出口 2021)、この力をもった集団は労せずして特権を得、社会規範を規定しています(Goodman 2011)。これが組織構造の中に様々な形で維持、継承されることにより、DE&I の特に E(エクイティ)に該当する公平性を阻害する要因になりえます。そして「マジョリティとマイノリティの間に存在する不均衡な権力関係を通して、マイノリティ側に課せられる不利益を、社会的な問題として焦点化するフレームワ ーク」(飯野・星加・西倉 2022, p.249)である障害の「社会モデル」の考え方は障害に関する分野だけではなく、DE&I および組織開発全般に当てはめることができると考え、研究の軸足としました。

指標について

「インクルーシブな組織を作っていく」といっても、それをどのように測るのか、最近、色々なチェックリストや質問紙を目にしますが、まだ日本の企業の特性を踏まえた十分信頼性のある指標が存在するとは言いきれません。そこで、共同研究チームとして、以下の3つの尺度からなる「インクルーシブ・リーダーシップ指標」を開発してきました。現時点では、この指標は 3 つの尺度、14 の下位尺度、合計 30 の設問項目で構成されています。

尺度1:男らしさを競う文化:Masculinity Contest Culture(職場MCC)

<下位尺度>
強さとスタミナ
仕事第一主義
弱肉強食
家父長制
官僚主義
(参考:Glick, Berdahl & Alonso, 2018)

尺度2:職場インクルージョン

<下位尺度>
多様な差異と視点の尊重
職場の実態
コミュニケーションの包摂性
(参考:Nishii 2013)

尺度3:有害なリーダーシップ

<下位尺度>
権威主義
うぬぼれ
自己の売り込み
気まぐれ
放任・ネグレクト
威圧的なマネジメント・コミュニケーション
(参考:Schmidt 2008)

調査から見えてきたこと

まず上記の3つの尺度の関係を調べたところ、「男らしさを競う文化(職場MCC)」と「職場インクルージョン」、「有害なリーダーシップ」と「職場インクルージョン」は負の相関関係が、「男らさしさを競う文化」と「有害なリーダーシップ」は正の相関関係がありました。ここまでは当たり前ではないかという感想をお持ちになる方も多いのではないかと想像します。

尺度間の相関関係


詳細を知りたい方は、研究ノートをお読みいただければと思いますが、以下ここから先の分析で見えてきたことをざっくりとご紹介します。

男らしさを競う文化の影響の大きさ

職場インクルージョンへより影響力があったのは、有害なリーダーシップよりも男らしさを競う文化でした。有害なリーダーシップが職場インクルージョンへ影響をしていないというわけではなかったのですが、職場インクルージョンを高めるためにより効果的な介入をするには、男らしさを競う文化を下げるための働きかけをすることが鍵になるであろうことが見えてきました。

そして、男らしさを競う文化の中でも特に影響力が大きい要素は何かを調べたところ、先ほどの「下位尺度」の中で、特に「弱肉強食」「仕事第一主義」「家父長制」の3つが浮かび上がってきました。

尺度と影響力の大きい下位尺度間の関係(研究ノートより引用)

開発したワークショップ

調査から見えてきたことを踏まえて、2020年度には、管理職を対象とした「多様性を力に変えるコミュニケーション」ワークショップを共同研究チームで開発しました。これは、会議など日常のコミュニケーション場面に現れるマジョリティ性、マイノリティ性に着目して設計したものです。

「多様性を力に変えるチームづくり」ワークショップ開発の背景

その後、「多様性を力に変えるチームづくり」ワークショップを開発したのですが、これは普段一緒に仕事をしている「チーム単位」でワークショップに参加することを前提にしている点が特徴です。今回の研究で私たちが基軸としている「リーダーシップは関係性である」という考え方、また質的調査から見えてきたこと、管理職を対象とした研修プログラムは既にたくさん存在していることなどを踏まえて、チームで参加することを前提としたものを開発しました。

「多様性を力に変えるチームづくり」ワークショップ概要

こちらも詳細は「研究ノート」本文をお読みいただきたいのですが、概要を紹介すると、シナリオの中でいくつか行動の選択をする場面が現れる架空のビジネスシーンのシナリオを作成しました。参加者は、架空の状況の中で、自分がその登場人物だったら、どのような行動を選択するかを考え、チームでディスカッションをし、チームとしての選択を決めるというものです。この行動選択シミュレーション演習のポイントは、準備されている行動の選択肢が、これまで調査の分析から明らかになってきた介入ポイントに関連しているものであるという点です。この演習を通して、各個人や職場の男らしさを競う文化と有害なリーダーシップの傾向を可視化します。その上で、チームとして、チーム文化の現状が望ましくないものである場合、それを脱していくためにはどうしたらいいかをディスカッションしていきます。

今後の課題と展望

課題


今回は、2時間のワークショップを3回実施させていただき、合計7つのチームに参加いただきましたが、時間の制約もあり、残念ながら行動選択演習の解説や、チームとして今後どうしていくかということに十分なディスカッションの時間を確保することができませんでした。

とはいえ、今まで考えてもいなかった当たり前に気がついたというコメントなどもあり、その後、チームでどのような変化や実践があったのかなどは、引き続き、調査していきたいと考えています。また、職場での実践や変容が難しいという場合、何が障壁になっているかを把握することができたら、また新しい視点が見えてくるかもしれません。

見えてきた課題の一つは、抵抗への対応です。男らしさを競う文化を低減していくという際に、「男らしさ」や「男性」そのものを否定しているわけではなく、いわゆる社会で認知されている「男らしさ」を過度に競い合う文化が高すぎる場合にそれを減らしていきましょう、という話なのですが、「男らしさを競う文化」という言葉から抵抗を感じる方や、目標を達成しないといけないから「男らしさを競う文化」は必要であるという反応もありました。
「研究ノート」本文に書いていますが、誰しも自分を「悪い人」だとは思いたくないし、思われたくないわけで、認知的不協和からくる抵抗を低減するために、より大きな目標と紐づけて、DE&Iの取り組みを説明する必要があるということを改めて感じました。

今後に向けて

ということで、前述の通りワークショップ実施後の実践のフォローはこれからです。
今回は、A社さんとの共同研究で、日本の大企業1社を対象に3年にわたって続けてきた研究の3年目に焦点を当てたものをノートにさせていただきました。DE&Iの研究は近年、どんどん増えてきていますが、今回用いた指標をより多種多様な業種、業態、規模の企業さんにも使っていただけたら、より信頼性の高いものなっていくでしょうし、同時に日本企業の特性と言える最大公約数的なものが見えてくるだろうと思っています。また組織のインクルーシブネスを高めるためのワークショップ・プログラム(研究としては介入と呼んでいますが)の質も高めていきたいです。
さらには、インクルージョンと離職率、心理的安全性、エンゲージメント、メンタルヘルスなどの関係もゆくゆくは見ていけたらなとも思います。

この研究の本題とは少しずれてしまうかもしれませんが、多様な人たちと協働するにおいて、個人的には、階層別研修とは違い、役職や雇用形態を超えて普段一緒に仕事をしているチーム単位でワークショップに参加してディスカッションをするということの意義をとても感じました。日常の業務の中にも、その状況における正しい行動が1つではない場合や答えがないこと、人によって対応が異なるというシチュエーションに出くわすことは少なくないかと思います。その中で、それぞれがどのような考え方や価値観に基づいて、その行動を取っているのかというその背景を聞くことができるだけで、その人の言動の見え方がガラリと変わった、という経験をされたことはないでしょうか。そんなことがワークショプ中に起こっていたのが垣間見えたのは嬉しい体験でした。これは組織開発ですね。

最後に

本研究ノートは、私1人で行ったものではなく、むしろ私は1年目の途中から参画させていただいており、研究パートナーのA社のメンバーの皆さんと、当センターの星加さん、飯野さんをはじめとした研究者の皆さんとチームで取り組んできた共同研究の成果を土台にさせていただいたものです。
改めて、関わってくださった皆様に感謝いたします。

当センターの活動報告全体はこちらです。
東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター活動報告

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?