ひとことカット

思い出ぽろぽろ

20ン年前、OLさんやってた頃。
行きつけのカフェで一人コーヒー片手に優雅に本を読んでいたら、隣の4人掛けの席から、ただならぬ緊張感と共に「慰謝料」だの「男の責任」だの「安定期」だの「誠意」だの「認知」だの、ただならぬ単語が次々と耳に飛び込んできた。
瞬間、優雅な気分は彼方へ消え、私の耳は自動的にダンボになった(←比喩が昭和w)。
本のページをめくる手は止まり、隣席の状況を確認しようと目の端でそうとわからぬようガン見。あの時視野の広さの検査をしたら記録更新してたはずだ。
テーブルには一人の中年の男性を囲むように、二十歳そこそこの女の子、その子の兄と思しき20代後半の男性、そしてその二人の母親であろう50代前半ぐらいのおばさんが、深刻な顔で座っており、つまり、何ウチの嫁入り前の娘に手ェ出してくれとんじゃい、お腹の子ぉどうするつもりや的なことで、ひたすらうつむいて小さくなっている中年男は、ハタチ女子の家族から慰謝料を出せと迫られている、正にその真っ最中だったっぽかった。  
やはり二十歳そこそこだった私、漫画みたいな状況に、だんだん緊張してきて、居た堪れなさに席を移動したくても、今ここで自然に動ける自信がないよぉと思いながら、何故かわからないが、責められている中年男に、ちょっと同情してしまうような気分になったんだった。
にわかに傍目から見るだけで何も詳細はわからないけれど、聞こえてくる言葉の端々、そして状況的にもやはりなんとなく「美人局」という言葉が頭をかすめる雰囲気があったからだろう。
のっぴきならない状況下で、中年男はそれでも小さな声で「本当に自分の子かどうか」だとか「弁護士を」とか言って、がんばって抵抗をしているようだった。

ひとことカット

ちなみに、ここまで読まれた方には申し訳ないけれども、この話にはオチはない。

とにかく、こういう、どうでもいい記憶が、もう長いことずっと思い出しもしなかったような記憶が、何の脈絡もなくふぃっと蘇ることが、最近また増えた。浮かんでくる記憶のそれぞれの、あんまりにもな相互の繋がりのなさと頻度に思わず「なんでまた今それ?」「・・・で?」と声が出る。その度に、私もうじき死ぬんかも、と冗談言うんだけども、笑いながらちょっと気味が悪いような気もしてくる。
それは何ていうか、頭の中で誰かがごそごそと、勝手に棚卸しでもしているみたいな不随意さなのだ。

我ながらちょっと心配になるくらい日々ぼんやり過ごし、いつの間にか歳取ってると思っているようでいて、脳みそはせっせと「ファイルを整頓」してるんだろう。
突然思い出されるこれらの記憶は、頭のどこか奥底に、こっそりしまいこんですっかり忘れていたフォルダから、小さなメモやとりとめのない映像のが、溜まって溜まって棚からポロりと滑り落ちた時に再生される。
私がヘラヘラとそれに反応している時、頭の中では私の記憶の棚卸し担当さんがその落っこったのをため息まじりに拾い上げ、「何これ」つって、「ゴミ箱へ移動」するんだ。
ノーベル賞受賞するような頭の担当さんに比べて、私の頭の担当さんは気楽でいいかもしれないが、ゴミと見分けのつかないものが多すぎて辟易としていそうだ。
それにしても、どうせ思い出すならもっとこう、絵本のネタにでもなるようなことならいいのに、これじゃぁ・・・。

しかしあの時のあの男性は、ホントに弁護士に相談したんかな・・・。

などと、考えながら。今日も日が暮れる。あぁ・・・

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