中学生のかよ2

メランコリック メモリーズ オブ オータム

秋は抜け毛が増える。
これは、季節ごとに毛が生え変わる動物のそれ、の名残みたいなもんである。らしい。(諸説あり)
が、そんな事は知らなかった中学2年生の私は、シャンプーの度に抜ける髪の毛が前より多くなった気がしてモヤモヤしていた。
ちょうど「朝シャン」が流行りだした頃。私は、ヨーヨー片手に暴れていた南野陽子のようなロングヘアだった。

 当時の担任は大学を出たばかりだった。 四十路半ばの今の私から見れば、かわいい若者と思うとなんだか笑えるが、当時の彼は自分を「ろばっち」と呼ぶ初めての教え子達を、若さと情熱で明るく楽しく指導するにはどうしたらいいかと、ジャージズボンにポロシャツをインで試行錯誤する日々だったのだろうと思う。
 ある日の帰りのHR。ろばっちは生徒達に
「今から配る紙に、匿名で、なんでもええけぇ、自分の悩みや疑問を書いてください。くれぐれも名前は書くなよー!」
と、紙を配り始めた。
このところ毎日のように繰り広げられるろばっちの「帰りのHRワンマンショー」が、その日もまた始まったのであった。ろばっちが自身の大学時代のことや、人生について語ったりと、日によってテーマは違っていたがショーの演目は大体「語り」。黙って聞いてくれる生徒を前に彼は嬉しそうだったが、それが始まると必ず長くなるため、生徒達にとってはあまり嬉しくない時間帯となっていた。
その日も、そんなこと急に言われても… 早く部活に行きたいのに… また始まったよこの熱血タイム… そんな生徒たちの思いが教室内に漂っているのが目に見えるようだった。
だからきっと急に書けと言われて書いた「悩み」の中には無理矢理にひねり出したものもかなりの数あったはずだが、素朴で素直な私たちは黙って従い、書き終わった紙は席の列の後ろから前へガサガサと一旦回収された。そしてそれはろばっちの手によりシャッフルされ、再び生徒達に配られた。私の手に戻ってきたのは、勿論さっき自分が書いた紙ではなかった。
「じゃ、その紙に書かれてある悩みや質問に、自分なりにアドバイスを書いて」
一体ろばっちは何がしたくてこういうことをやってみたのか、その意図は今以てよくわからないが、全く空気を読まないろばっちによって、夕暮れ時の教室は息苦しいほどに生徒達の早く帰りたいオーラが充満し、どんどん濃度を増していった。
そしてまた後ろから前に、誰かの「悩み」に対する回答が書かれた紙は教壇のろばっちの元に集められた。

 やっと帰れる…と思いきや、それからろばっちは悠然と、1枚、また1枚と手に取り、目を通し始めた。
いくつか面白い問答に当たったのか、時々ニヤリとし、そしてひとつ、読み上げた。

 「最近、抜け毛がひどくて困っています」

私が書いた「悩み」だった。
万が一、筆跡でバレるかもしれんけぇ・・・と、わざと左手で、ミミズが這ったような字で書いた、思春期女子の恥ずかしい「お悩み」。
それに対して誰かが書いた回答は、

「僕のように坊主頭にしたらいいと思います」

ここまで不思議なほど鮮明に憶えているが、ここから先の記憶はない。
とにかく、クラスに坊主頭は一人しかいなかった。
野球部の、I君。 私の初恋の人。

 あれから30年。
さらさらのストレートヘアは、すっかり白髪染めのうねり髪。
だけどシャンプーの度に指に絡まる抜け毛が増えた気がするのは・・・
秋だから、秋のせい。

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