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NG案件

NG案件、なんて偉そうなことを言える立場にはない。
映像翻訳を始めて20年以上、スケジュール以外の理由でお仕事を断ったことはない。いただける仕事は何でも挑戦してきた。

とは言え、できることなら避けたい素材はある。

私がよくお受けするのは、自然・動物関連の番組だ。
動物関連と言うと、まずライオンやゾウを思い浮かべるかもしれない。確かに、セレンゲティとかクルーガー国立公園あたりを舞台にした番組は定番だ。
しかしそのあたりは出尽くした感もあり、動物番組も徐々にレアな題材を求めるようになる。レアな哺乳類から、鳥類、爬虫類などに移行し、脊椎動物が尽きると無脊椎動物にまで手を出すようになる。一時期はダニやノミなどを顕微鏡で拡大して見せる番組も流行った。

私の好みを言わせてもらうと、やはり爬虫類はきつい。特にヘビの番組は気が重い。映像もゾッとするし、調べもので閲覧注意な画像を見てしまうこともある。
ただしヘビに関してはスティーブ・アーウィンの番組でかなり鍛えられた。ウミヘビを10匹ぐらい頭に乗せて出てきたり、彼には本当に何度も泣かされた。
スティーブのおかげで、今ではヘビの集団交尾や共食いの映像も、うれしくはないが見られるようになった。しかしどうしても直視できない生物がいる。それは地中に住んでいて、雨のあとなどに出てきてすぐに死んでしまうあの生き物だ。人間に危害を加えることはないし、土をきれいにしてくれるし、何ひとつ悪いことはしないあの生き物。唯一の欠点は見た目が気持ち悪いことだけだ。
とにかく私はあの生き物が怖い。怖すぎて名前を言うのも読むのも書くのも嫌だ。どうしてものときはMMZと呼んでいる。

動物番組にMMZが出てくることはめったにないが、ごく稀に、ある。これまで3回、出会ってしまった。1回目は不意打ちのように出てきたので、悲鳴をあげてPCを閉じた。それ以来、危なそうな素材のときは予めスクリプト内にMMZの名前がないか検索する。熱帯雨林で樹上の動物を紹介した後、「一方、森の地面では…」などと始まると、瞬時に警戒する。
おかげで2回目からは直視は免れた。しかし尺合わせをしないわけにはいかないので、何かでPC画面の大部分を隠して作業する。エキストラ出演的なときはこれで良しとしよう。
ところが、3回目のときは明らかに重要な役どころだった。オーストラリアに住む肉食カタツムリの食料だ。「スパゲティのように〜」のナレーションつき。食べるタイミングもあるし、プロとして映像を確認しないわけにいかない。
そこで最終手段として、私が読み、夫に映像を確認してもらうことで切り抜けた。ボイスオーバーの講師をする際、生徒さんに「どんな些細な場面でも、映像を見て尺合わせせずに納品したことはない」と豪語しているが、実はこれだけはグレーなケースだ。

私ごときの者がNG案件などおこがましいが、”All About Earthw--ms”なんてタイトルがきたら断ろうと思う。


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