愛しさ

高校2年生の
たしか夏頃。

付き合いはじめた彼のために、
自分のお弁当を作るふりをして、
朝、お弁当作りはじめた。

彼に作っているとバレたら母に怒られそうな気がして、
自分のお弁当っぽく。

だから、
高校二年生の彼のお弁当にしてはたぶん小さかったはず。
銀色の、たしかウルトラマンの絵。
男の子の幼稚園生が持っていくサイズくらいの
レトロお弁当箱を開くのは恥ずかしかっただろうし、量も足りなかったのではないかと思う。


彼の家は遠く、
私の高校と彼の高校の距離もとてつもなく離れていて、
他校の彼にお弁当を渡すのは物理的に難しくて、最初は諦めていた。

でもある日、
「お弁当、大丈夫になったよ。」と彼。

当時、彼はスクールバスで高校に通っていた。
そのバスに私の中学校区の後輩が同じバスに乗ってくるそうで。
朝、私がスクールバスに乗る後輩くんと待ち合わせをして、
私からのお弁当を受け取って、バスの中で彼に渡してくれるとのこと。

彼の後輩くんの協力のおかげで私は彼にお弁当を作れることになった。

嬉しかった。
とても、とても嬉しかった。

お弁当を作れることが
それを彼に食べてもらえることが
とてつもなく幸せだった。


その頃、彼と付き合っていることを両親はあまりよく思っていなくて、
彼へのお弁当だと母にばれるのがちょっと怖かった。

だから、
本当は毎日作りたいのだけど、
母からのツッコミが入らないよう毎日は作らないようにして。

そんな努力は役に立たず、
「そのお弁当は自分のじゃないでしょ?」と、圧強めにプチ切れぎみで言われてしまったのだけれど。

どうせバレるなら毎日作ればよかった。って思ったっけ。


今となっては、
全部が微笑ましく、愛おしい思い出。


朝、学校に行く途中で彼の後輩くんに「お願いします」って渡した時の幸せな感じ、
今思い出しても心があったかくなる。


料理を作っている時も、
お弁当箱におかずを詰めている時も、
できたお弁当を包む時も、

ただただあったかくて、やさしい気持ちしかなくて、
嬉しくて、楽しくて、
すごく幸せだった。


後輩くんにも、
友達からも、
私のお弁当がみんなから羨ましがられていると聞いた時には
飛び上がるほど嬉しかったな。

おいしかった。
とか、
また羨ましいって言われた。
とか、
自慢した。
とか、
やわらかい笑顔で、嬉しそうに伝えてくれる彼のことがとてつもなく愛おしくて、
ずっとずっとお弁当を作って渡したかった。


ずっとずっと、彼と一緒にいたかった。



誰かのために、
誰かの笑顔を想像して、
誰かの幸せを願いながら料理をするってどのくらいしていないんだろう。


愛しさしかない感覚。
喜びしかない感覚。


あの感覚で、最後に料理をしたのはいつだっただろう。


美味しいって言ってもらいたくて
とか、
喜んでもらいたくて
とか、
そんな気持ちで料理をすることはあっても、
あの時の愛おしさとちょっと違う。


あの純粋な気持ちはいつ失ったんだろう。


あの頃は、あの感覚だけで生きていられた。

放課後、
彼はバイトに行く前に、毎日私の家に来てくれていて、
いつも面白いことを言っては、私を笑わせてくれた。

私は、毎日彼に会えることが嬉しくて、
彼の笑う顔をみていたくて、
一秒でも長く彼といたくて。

いつも彼を待っていた。

毎日、ものすごい幸せを彼からもらっていた。


あんなふうに、私を笑わせてくれたのは彼がはじめて。

はじめて愛おしいと思った人。


お弁当、作ってみよう。


あの頃を思い出しながら。

あの”愛しさ”を感じながら。

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