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人生たまたま

人生って、たまたまの連続なのかも。
ふとそう思った。


最近、星読みをしている方から聞いた。

「◯歳から55歳までは木星期だから、自分で自分を輝かせることができるんです。」と。(◯が何歳だったか覚えていない)

「あと2年しかないやんけ!」
という私に、
「今成功していないとか、成果を手にしていないという感覚なら、それまでに撒いていた種が間違っていたということ。」と。


ま、間違いだと???と、ギョッとするも、
なるほど。であれば、私は種まきの時期に何の種をまく努力していただろう思い返してみた。

すると、
「だったら私、めちゃくちゃ手にしてるわー。
誰にも負けてないって思うくらい。」

思わずそう言っていた。
背もたれにどかっと背中をつけ、広がった胸には心地よい空気が入ってきた。
無駄にはなっていないんだな。とホッとした。

そして、背もたれからまた身を乗り出し、
「でも、謙虚でいたいと思うからこんなこと言っちゃいけないって思っちゃうけど。てへぺろ。」
と、不二家のぺこちゃんの口をして、
おでこを自分でコツンとしておちゃらけた。


35歳の時、
私は、それまでの人生を全部ひっくり返すかのごとく生き方を変えた。

いや、
人生変えてやる!とただ必死だっただけで、
何かを手に入れようとしているという意味では同じな気がする。

30代、40代は、
「なにをし、なにを選ぶか」は変わっていても、
その背景にある「在り方」はあまり変わっていなかったのではないだろうか。

生き方を変えよう。
求めない生き方、
他者に依存しない生き方、
いらないものを手放していこう、
外側の何かで埋めずにいられる私になろう、、、etc…

自分を変えよう、
としているその様は、
何者かになろうと必死に努力していた気がする。

物質的には余計なものを持たないでいても、
心の中では何かが欲しくて見えない何かをずっと追っているようで、

私だからできる、私じゃないとだめな特別ななにかが欲しくて、
必死に探していたように思う。


結局は、「自分は特別」と思える何かが欲しかったのではないか。
振り返るとそんなふうに思う。

そもそも、私らしさってなんだろう?と模索もしたし、

自分らしくないと思うこと、今までの自分だったらやらないこと、
そんないろいろな自分をやってみたけれど、
結局は、いまだに自分らしさってよくわかっていない。


とはいえ、
「私らしさ」って、ただ「在ればいい」ってことでいいのでは。
と思うようになった。


まずは、
いろんなことをただ受け入れていけばいいんじゃないかな。
と。

自分らしさとか、ありままの私、とか、
そういうのはわかっていなくとも、

目の前のことを、ただただ受け入れて、日々を淡々と生きる。

そんな日常が理想だと思うようになった。

毎日がそんな感じだからだろうか。
これまでの人生、たまたまこうなったんだなー。と思い、

人生なんて、たまたまの連続でいいんじゃないか。
そんな風に思った。

たまたま、両親のもとに生まれ、
たまたま出会った人と友達になったり、恋人になったり、
たまたま募集されている企業に応募をして、
たまたまそこで働くことになったり、
たまたま出会った人がたまたま紹介してくれた仕事をしたり。

たまたま、私は今の人生を選んでいて、
これまでも、これからもずっと、この「たまたまこうなった」という人生なのかもな。

そんな風に思った。

もちろん、
目標を持ち、そこに向かって努力をし、
それを手にれた、というのも素晴らしいことだと思う。
それを否定する気は全くない。

私自身、そうやって結果を出したことはあったし、それで得たものもたくさんあったと思う。

ただ、自分の力だけで成果を得たとはいつも思えずにいて、
いつも、「たまたまその時に運よくそうなった。」
くらいに思っていたのも事実で。

引き寄せの法則、とか
宇宙とか自然の法則、とか、
そういったメソッド(?)の話はさておき、
(それも納得しているし大切なことだと思っている)

全部たまたまこうなった。
人生なんてそんなもんでいんじゃね?
と、
なんだか気が楽になった今日で。

私には、このたまたま的人生が私らしい生き方なのかもしれない。

30代の私だったら、絶対に許さないであろう私。

木星期に私が刈り取ったのは、「今の私」だ。


ついでに付け加えると、

星読みをするその方は、
「太陽を生きる」という言葉を何度も使っていた。

自分の太陽星座を生きることで全てがうまく回っていくらしい。

「私、小判鮫人生がいいの。」と言ったら、
「それはない。」と言われた。

鑑定をしてもらったわけではないので、どう生きることが私にとっての「太陽を生きる」ことなのかは聞けていないのだが、
残念ながら小判鮫人生ではないらしい。


「私を生きる」

太陽を生きるってそういうことなんだろうな。

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