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フリッジパンク 氷点下にも、愛を①

要するに…俺はアホで、学も無ぇばっかりに、全然気付く事が出来なかったんだ。今の今まで。世の中が全然平等なんかじゃ無ぇって事に。
絶対平等なんかじゃねぇ、断じて。社会ってのは。じゃなきゃ俺がこんな訳の分かんねぇ事をやる羽目になる理由が分からねえ。
ただ、平等であろうとしてるだけだ。もっと言うなら、平等っぽい中に居られるのは学生やってる間だけで、そのあとは社会っていう不平等の中に情け容赦なく叩き込まれちまうんだ。


俺は今日も凍えながら仕事をやらなきゃならなかった。真夜中に。真夏なのにだぜ。
意味が分からな過ぎて笑える気もするが、すぐに一周回って泣けてくる。
人の失敗バカ話じゃねえ。紛れもなく俺の身に今起こってる現実なんだ。
笑える気になんてなれるはずがねぇ。


夜中の9時を回ったらようやく飯を食う。マジで、あったかいモンを体に入れておいた方が良いんだ。飯を食ったら、熱帯夜だろうが何だろうが長袖に長ズボンを着る。どうせ仕事場に行ったら着込む事になるんだし、何より…今のうちに熱を逃がさず貯めておきたい気分になる。だから着る、絶対。
半ヘルを被ったら、マフラー弄った単車で、誰も走ってない国道を30分。
埠頭に近づくと、俺の仕事場がボンヤリと不気味に光るのが遠目でも見えてくる。近寄りたくもねぇ、ゲンナリするような鈍い光がだ。
沈もうが凹もうが、結局、そこに向かうしかない事は変わらねえ。俺はいつも好きな歌をバイクの音に紛れ込ませながら口ずさんでた。少しでもテンション上げて胡麻化さなきゃ嫌になっちまうんだ。

「ちーっすー」

階段をのぼってチャチぃ事務所の入り口を開けると、カウンターの向こうに本社の連中のデスクが並んでる。日付が変わっちまう位の時間だってのに、10人近く座ってパソコン弄ってやがる。まあ、奴らの人数なんか何人居ようがどうだっていい。変わんねえから。一人だろうが100人だろうが。
元気よく挨拶したところで気持ち良い返事の返ってくるような大した職場じゃねぇ。だから俺も挨拶なんて適当。ちーっすーで十分だ。
カウンターの後ろのタイムカードを切って奥に行くと、死んだ目をした連中がそこらかしこに、ゾンビみたいにうろつくロッカールームになってる。コイツ等も本社の連中と一緒だ。挨拶なんて必要無ぇ。どうせ返って来ねえから。

と思ったけど…居るわ、今日は。人の心をまだ忘れてないマトモな奴が。

「いよお、アジャイ兄さん。お疲れ!」
「あー、ヒロしゃん。コンバンワ」
「アジャイ最近来てなかったべ。ダメだよ稼がねえと。」
「10にちまえ、コシいたいした。もうダイジョブ」

アジャイはバングラデシュ人。在日3年目って話だ。色んなトコで派遣の仕事をして、流れ流れてこんな職場に流れ着いちまったらしい。
良いヤツで話好きだし挨拶も出来る。その辺でごそごそ動き回ってる日本人なのかどうかすら怪しいコミュ症みたいな連中よりもよっぽど人間的だ。
アジャイが特別明るい奴なのかと思っていたが、話聞いてみると、バングラ人自体がそもそも話好きでお節介な連中らしい。…まあ、テキトーな話も良くするアジャイの言う事なんで、本当かどうかは怪しいもんだが。
けど、こういう奴が居てくれると、嫌な仕事も少しは気分良く出来るってもんだ。ありがてえと俺は思ってる。コイツが居てくれて。

「ヒロしゃん朝礼はじまるから、着ないと遅刻なるよ」
「うっせえからな班長。あーあ…また始まっちまうなぁ…くそ寒ぃ一日が」

ロッカーの中にはエスキモーの人みてぇな長靴と防寒着の上下がグチャグチャに詰め込まれてる。テキトーに自分のサイズの奴を見つけてガッチリ着込むワケだが、これがなかなか見つかんねえ。ちょっと小せえわ大きいけどいいやと横着して適当な奴を着こむと、まあまあ酷い目に遭っちまう。
整理整頓なんて出来ちゃいねえ。乾かした奴を適当にぶち込んであるだけなんで、まあまあ時間が掛かる。だからアジャイみたいなマジメな奴は早めに来て、自分のを先に見つけたら着込んで待ってるんだ。点呼取るまでには身支度を終えてねえと遅刻扱いにされる。俺は一秒でもここに長居なんかしたくないんで、いつもこうやってギリギリだ。…なんだかんだで結構毎回間に合っちまうが、そのお陰で俺はいつも大抵最後に輪に加わる事になる。まあ…俺のやる気の無さを示しとくには都合がいい。

「はい、全員揃ってますね。じゃあ今日も宜しくお願いします。転倒による怪我多いですから。本日も怪我の無いようにね。行きましょう」

そう班長が締めくくると、全員ゾロゾロと階段を降りて、大扉へ向かう。
どいつもこいつもカッコはエスキモーだ。フードまで被ってるもんだからどれが誰だか分かりゃしねえ。追加の防寒着…マフラーやらニット帽なんかだけは私物で、皆大抵何かしら各々身に着けてるから、それと背格好、あとは歩き方で一応よく観察すりゃあ判断できる。

大扉がガラガラとデカい音をさせて開かれると、白い煙が一瞬上がる。
水蒸気だ。ビニールのカーテンで仕切られたさらに奥へ足を踏み入れると、唯一むき出しの顔が一気に冷やされる。あたり一面-20度の世界。

ココが…俺の仕事場。

食品の冷凍倉庫の中。メインはコンビニの冷凍食品で、所狭しと霜の被った段ボール箱がパレットに乗せられて高積みされている。
普通の倉庫に比べると、照明が滅茶苦茶明るい。滑って転んだりの事故も多いし、急に体調不良だってぶっ倒れて発見が遅れたら、マジで凍死するからそうなってるんだろうと思う。

この凍り付いて、山積みの段ボール箱を検品するってのが俺たちの仕事だ。
夜の10時から翌朝の8時まで。休憩は1時間のメシ休憩と中休み30分の2回。
一見するだけじゃ労働時間は短いように見える。実働は9時間弱だからな。
普通の倉庫の仕事が、当たり前みたいに12時間近く働かされるのに比べりゃ確かに短けぇ。確かにそうだ。俺も求人広告を見てそう思った。丁度暑くなる季節だし涼めるしで丁度いいじゃんってな。…だが甘かった。
ココは正真正銘、地獄以外の何物でも無ぇんだ。

「おいおいおい…どうなってんだよこりゃあよ。昨日より多いじゃあねえか段ボールの数がよ」
「昨日でも多かったのにな。繁忙期なんだろうよ、冷凍食材の」

声を聴くまで誰だか分からなかったが、ボヤく俺に答えたのは長田だ。妙に険しい顔つきでガタイが良くって、軍人みたいな雰囲気の野郎だ。あんまり喋らずに、いつもマジメに淡々と仕事をこなしてやがる。よくもまあこんなクソみてぇな仕事に真摯に向き合えるもんだと、長田の働きぶりを見て俺はいつも思っていた。別にコイツの事は好きでも嫌いでもないが、俺と同じ位いつも出勤してるので、よく顔を合わせる奴ではあった。

「ダラダラやってたら今日終わんねえぞ。チャッチャと行かねえとな。」
「何で長田ってそんな前向きなの?放っぽって逃げようとか考えたりしない?ちょっとトイレつってこっそり抜け出してよ」
「馬鹿な事言ってねえでさっさとバンド切れ。進まねえだろうが」

パレットに積まれて、バンドで止められた段ボールを全部ばらしていくと、そこから段ボールを開けて、冷凍食品の検品が始まる。箱に記載通りの数が中に入っているか確認してくんだ。最初の2時間余りは延々これをやる。…実は、これが一番しんどい作業だったりする。立ったまんま、手元だけ動かす作業で、体が温まらないから、どんどん体が冷えてくるんだ。足元にはバラした段ボールを敷く。直に立っていると冷え込むのが早いから、皆必ずそうする。会社のマニュアルでも何でもねぇ。凍えない為に、凍傷にならない様にと、中の労働者によって編み出された、生存するための知恵だ。

寒い…とにかく寒い。作業としちゃ単純なものだが、マジでキツイ。時間が経つのもやたら遅く感じる。もう2時間くらい経ったかと時計を見てみると30分位しか経ってなかったりする。絶望しない様に時計を見ずに、無心でやるのがコツなんだが、それすら難しくさせるのが極寒の環境だ。時々手を止めて歩き回ったり足踏みしたりしないと、冗談抜きで足先や手先が凍傷になっちまう。

「おい…おい、アジャイ。まだあんのか今日の検品…」
「あとカゴ車20だい。ヒロしゃん代わろうか。ボク検品。ヒロしゃんカゴお願い」
「おおう、悪ぃなアジャイ…助かるわ」

大半の連中は突っ立ってひたすら箱の中身を検品するが、段ボールの詰め込まれたカゴ車を引っ張ってきて、検品の奴の前に持ってくる役の奴も3~4人配置されてる。たまたまアジャイがその引っ張り役だったらしい。
クソ重いカゴ車なので体力的にはキツイ役割だが、全力で稼働するので冷え込む事は無ぇ。検品ばかりが延々だとどうキツイか、アジャイは分かってるから俺に気を遣ってくれたんだ。

キツイ事には変わりはねえ。カゴ運びだって-20度の中なのに額に汗が浮かんでくる程の重労働だ。けど、寒さからは一時、逃げる事が出来る。
カゴを引っ張りながら、つくづく思った。
…平等なんかじゃねえ。絶対…ただ、自由ではあった。学生ン時に真面目に勉強して良いガッコ入る自由も、不平等な世の中で要領良く立ち回る方法ってのを学んどく自由な時間もあった筈だ。確かに…俺はそういうのを怠ったよ。認めるよそれは。勉強したり塾に行ってる奴らを尻目にバイク乗り回したり、音楽やったり…仲間で集まってバカ騒ぎばっかしてたよ。
でも…だからってさ、ここまで痛い目見なきゃいけねえの?そんなに俺は悪いことしたっての?あんまりじゃねえか、これは。

「休憩入りまーす!!30分休憩ー!!皆さん倉庫から出てくださーい!」


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