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外資ITではたらく母がnoteを始めてみた話

まずは自己紹介

いわゆるGAFAMといわれるところで10年+働いている、2児の母です。子どもはふたりとも、生意気ざかりのteenager、会社は今の会社で7社目。生まれと育ちは横浜、数学大嫌いなド文系で、帰国子女でもありませんが、外資ITにすっかり馴染んで、大好きだった紙の本もみんな捨てて、紙はほとんど使いません。見た目だけ日本人ですが、考え方はすっかりアメリカ人です

子育ても自分のキャリアも一段落してきたので、4年前から社会人大学院生(博士課程・教育経済学)に挑戦し、ちょうど9月に学位を取得しました。今は野良研究者としてSFC研究所に所属し、会社の仕事もしつつ、大学生のキャリア支援のNPOをはじめたところです。実家も遠くかなり手抜きはしてますがワンオペといえる育児とあわせると4足のわらじといえるかな。

noteを書くようなタイプではない

  長年IT業界にはいるものの、仕事における機密事項もあり、子育てに学業に家事に忙しいし、社会に発信したいことは特にないし、絵も下手で音楽の才能もなく、noteのターゲットである「クリエイター」というのは、私からはもっとも縁遠いもんだと思ってました。なにかと好奇の目でみられがちな「シングルマザー」になったこともあり、余計なことはせずにひっそり生きていきたいと。

 特にこの3年は研究と仕事の両立(&育児)でいっぱいいっぱい、それなりにこなすための最短距離を毎日探し合理的に生きてきました。例えば職場は「働くところ」と割り切りランチの時間も大急ぎで仕事を片付けるか勉強する、それも許される組織です。SNSとのお付き合いは、近年はFacebookで大学の同窓会関連の情報見たり、年に数回研究や旅行など当たり障りないことほそぼそとを投稿...くらい。

  SNSで積極的に発信している人は「時間があるリア充な方」「表街道を行く方」であり、自分とは違う世界にいる人と思ってました。

心境の変化1:シングルマザーを公表

  2019年10月に大学院の卒業式があり、学位をいただきました。偶然にもその日のお昼休みに、職場で母親業について私がLTをする機会もセットされてました。IT業界は急成長してきたため、ボリュームゾーンである30代がちょうど子育てにさしかかってきたこともあり、ワーキングマザーとしては先輩格、10年選手のベテラン母で出張などもフツーにこなしていたので呼ばれてた...みたいな背景です。

  仕事と育児の両立に悩む同僚たちを前に、何を話したら良いか...卒業証書を胸に大学から職場に帰るタクシーの中で決心しました。当たり障りのない家事の工夫法などを話すのではなく、よしここで思い切って「シングルマザーとしての8年を振り返った話」を正直にしよう、と。ただでさえ病気がちな娘の看護のため時間的に融通を利かせてくれただけではなく、まったく会社のビジネスに貢献しない学問を真剣に学ぶ私を支援してくれた職場への感謝と責任みたいなものが急に湧き上がってきたのです。

 社会人大学生は増えてきたものの、仕事をしながら大学院で学ぶことができる、これは大変贅沢な環境だとは重々理解してました。社会人大学院生も色々です、会社に隠れて自分のキャリアアップのために通っている方、会社の業務の一環としてミッションを持って研究をしている方、会社を退職して来ている方....私のように「現業と一切関係ない研究をなのに会社が支援」なんて人はいませんでした。だからこそ、公益に資する研究をしよう、なにか社会に還元する責任が伴うのではないかと考えながら3年半の院生生活を送ってきました

 さて、この日に私が職場でしたLT話はおいおい書いていきますが、思いの外大きな反響をいただきました。自分を開示し、経験を話すことが誰かの役に立つ、#人の役に立つってたのしいと思った瞬間です。

心境の変化2:NPO法人を設立

 大学院で教育経済学を学んだ、私の研究テーマは非認知能力(non cognitive skills)の重要性と家庭の社会経済的背景(Socio Ecnomic Status)が個人のパフォーマンスに与える影響でした。

 学びながらも卒業後、学修をどう今後に活かすかを考えてました。大学院に行く前は「卒業後は、企業人を引退して研究者もいいかも」なんて考えたこともあったけど、博士課程を経て、自分には学者は無理だということは心の底から痛感しました。研究者になり損なった私が、社会に必要とされていて、役に立てることはなんだろうかと。

 そんなとき、高専出身の大学生たちと出会い、そのキャリア支援をしているうちに、とっても楽しいし喜ばれる=向いている、ということに気づきました。そして支援すべき学生はたくさんいて、支援したい大人もたくさんいる、その触媒となるような役割は私でもできるのではないかと。構想を当事者の大学生と語り合いできたのが大学生の健全なキャリア支援を応援するNPO法人VineTSです

認証NPO法人VineTS
https://vinets.kibe.la/shared/entries/28071624-8b04-4f83-b3aa-79f7d4770cc9

心境の変化3 Twitterをはじめる

 卒業がみえてきた8月から3ヶ月、学生たちとガッツリがんばり、持続可能かつ拡大可能な大学生のキャリア支援をするべく、コンセプトのディスカッション、組織づくり、そして最適と思われる形である認証NPO法人の設立に取り組みました。沢山の支援、応援もいただいたので、さて設立イベントをしようってことになりました。支援者の方々からはNPOをするからには、規模も拡大していくことも期待されます。さてNPOの広報やイベントの告知をしよう....!うーん何する?Twitter?私苦手なんだけどな....。得意な人はいないだろうか、など最初は他人事です。

 できることならコワイSNSとは距離を置きたいです。一方でがむしゃらに物事に取り組む学生とガチ組んで働くと「世界に何かを叫ぶ」必要もなかった安定した会社員生活を長く送ってきて、自分の感性や根性が鈍っているのではないか、と反省することもありました。何よりも私自身がリスクを負って一歩踏み出す勇気がないのに、学生にそれを求めるのって変だなと。

 迷っているうちにイベントの日(1月5日)が近づいてきます。1ヶ月前には告知をしないと。だから2019年12月2日、完全Awayと思ったTwitter界に参戦する「滝修行」をはじめてみました。毎日5つぶやきして、そのうち1つぶやきをNPOの告知にしようと。滝が辛かったら1ヶ月で逃げてもいい、でもNPO法人設立イベントまでの1ヶ月はできる限りがんばろうと。2019年を締めくくるチャレンジ。自分のためにがんばることだったらモチベーションが持たないけど、このNPOを必要としている人はいるはずで、そのような人にホントの善意を届けるためにTwitterという怖そうな滝に入ることにしました。

心境の変化4 Twitterが面白くなる

 滝に入った1週目、自分のつぶやきが反応がないだけではなく、ヲタク大学生をフォローしてしまったこともあり、私の人生にはこれまでまったく関係なく興味もないコミケだの二次元アイドルだのフィードが流れてきます。マヂで苦痛だ....。

 そしてタグ付って何?RTとはなんぞやもわからないし「フォロワーを増やすには」とか「マルチ商法?」みたいな怪しい商売の匂いがするTweetもあります。それらを丁寧にブロックしたりmuteしたりして、またリアルな知人をフォローし始めたら少しマトモ(というか自分にとっての現実社会と似た)環境に滝の水が変わってきました。

 そして2週目、3週目になると、本来の目的のNPO広報に影響があったかは?ですが、つぶやくことが苦しくはなくなってきました。ただいま4週目にさしかかり(正確には23日目、181つぶやきをしたところ)です。相変わらずたいしてフォロワーもいないし、反応も薄いけど、そんな滝修行の水の冷たさにもなれてきました。そして心のおもむくままにつぶやいていたら、よく考えたら一日あたり5つぶやきを超えてつぶやくようになってきました。

 このTwitterなる代物は、自分がさまざまな記事などを見て、関心があるものをPickしてまとめておくのによいツールだってことに気づきました。そして100つぶやきを超えて自分の履歴をみているうちに、複数のつぶやきトピックが同じ領域に集中していることにも気づいて、つまり帰納法的に自分の関心領域を知ることができる便利なもんだということにも気づきました。さらに文字数的にTwitter足りないなと思うことも何回か出てきました。

noteへの印象は良かった

 もともとnoteについては良い印象を持ってました。https://note.com/fladdict/n/nd02131c52cb2?magazine_key=m8bf67fb00adeにあるように、創作を楽しみ続けること、そしてずっと発表し続けること、これがnoteが大事にしている価値観というところです。フォロワー数でもなく、スキの数でもなく、自分のための自分のnoteを作ればいいのです。そして、もし必要な人がいたら見れるように公衆の知としていく。学問を通じて、またTwitterなどの活動から、たくさんの先人の方々が多くは無料で素晴らしい知的活動を公開してくださっていることに感銘を受けてました。公開でnoteを創るということは、そういった公衆の知の生産現場に入ることな気もします。

最後のひと押し

 先週末、素晴らしい大学生たちと1泊2日の時間を過ごしました。その中の何人かとよもやま話をしている最中に、ひとりが「同人誌を有料販売しているんだけど、販路が、あとイベントで販売すると売上の予測が難しくて」みたいな話をしてきたので、ふと「それならnoteで売れば?」とアドバイスをしました。その後、アドバイスを受けた学生が実際にnoteをはじめる姿、そのときに聞いていた一人もすぐ書いたこと、これが決め手となりました。学生たちに「チャンスの女神は前髪しか無い」とか言っておいて、私はそれを実行できているかと。

 ということで話が長くなりましたがこんな感じで書いていこうと思います。初日は2019年12月25日、クリスマスの朝です。noteもTwitterも続くかわからないけど、「若者がするもの私もしてみるものなり」。そして今年は、沢山の知的なクリスマスギフトとしての投稿を読んで先人から学びが私にはありました。私もそのような知的な交流の一員になれたらいいと思います。




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