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ハーバード・ビジネス・レビューで掲載されたカヤックの「アジャイル人事」に関するボツ原稿を公開してみる

カヤック人事部の柴田です。

DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューの2018年7月号のテーマは「アジャイル人事」です。そこにカヤックの社長・柳澤が原稿を書いてまして、1週間だけ無料で一部公開されてます。

私はハーバード・ビジネス・レビューの愛読者ですから(定期購読してるし!!)、カヤックが掲載されるのはとてもうれしい!と事前に原稿を読みました。

「違う!俺の考える最強のハーバード・ビジネス・レビューに掲載されるカヤックの原稿はこうじゃない!」と思いまして、7割ぐらい書き換えて「こっちでどうですか?」と社長に提出したところ、却下されました。よって、ここで公開したいと思います。(でも、一部は反映されたっぽい。冷静に読んでみると、いま雑誌にのっているほうがわかりやすい。)

ちなみに書き換えた原稿は社外人事部の神谷さんと一緒に考えました。これが面白いと思った人は、ぜひ雑誌を買って読んでみてください。

noteのポイント3つ(雑誌本編との大きな違い)

①カヤックは、会社を「森」に、所属する人を「動物」に例え、組織を「生態系」とみなしている。

組織を生命に例えているわけではなく、森にすむ動物たちを多様なままどう保つか、という世界観でやっています。生態系のほうが、新陳代謝や、多様性のニュアンスが強くなる。

②各自がばらばらに活動したときに発生する問題を、「ブレスト文化」によって解消していることが言語化された。

カヤックが大切にしている「ブレインストーミング」が、「各社員が勝手に動いているのに全体としてうまくいく理由」という文脈で説明されています。こういう文脈で言語化されたのは初めてのはず。

③アジャイル人事について考えた。

アジャイル人事は「俊敏な人事」ぐらいの意味なのかと思っていましたが、エンジニアの永安さんに、たぶん元ネタであろうと思われる「アジャイルソフトウェア開発宣言」を教えてもらい、違う定義も考えました。2つあります。

「アジャイル人事とは、俊敏性のある人事である」というもの。組織内の状況に合わせて迅速に人事施策を展開するといった姿勢を重視するという意味。これが多分一般的。
●「アジャイルソフトウェア開発」の人事版。従業員や顧客との対話や協調を重視し、変化する組織に臨機応変に対応するという姿勢を前提とした在り方。俊敏性のニュアンスがメインではない。

それでは以下、ボツ原稿をご覧ください。(社長が書いたという設定で書き換えてます)

長いので目次

●「何をするか」より「誰とするか」で誕生した法人
●生態系という組織観。組織が先発で、事業は後発。
●アジャイル人事システムとしての「ぜんいん人事部」
●面白法人の採用活動
●「正解」を決めない組織

===以下書き換えた文章===

「何をするか」より「誰とするか」で誕生した法人

カヤックは1998年に合資会社としてスタートした。その後、株式会社化し、2014年には株式を上場したが、僕たちは創業以来、面白法人カヤックと名乗っている。

会社設立にあたって当時まだ何もわからない僕らが重視したことは、会社も法的には法人という「人」であるということ。「組織も人なり」ならば、「面白い人にしよう」と、面白法人という言葉が生まれたのだった。直感で紡ぎ出した面白法人という言葉であったが、それ以降、何度となくこの言葉の本質について考える機会があり、今では3つの想いを込めている。

第一は「まずは自分たちが面白がろう」。みんなが面白がって働いていれば、毎日会社に行くのが楽しいはずだ。社員には自分自身が面白がることの達人になってほしいと考えている。
第二は「周囲から面白い人といわれよう」。自分たちがつくり出している事業、あるいはカヤックという会社そのものが面白いと思ってもらえる実力をつければ、世の中に影響力を持った存在になれるはずだ。
そして、第三は「誰かの人生を面白くしよう」。自分たちが面白がるばかりでなく、世の中に一人でも面白がる人を増やすことで社会を変えていきたい。そんな想いをこの「面白法人」にのせてここまでやってきた。

「仲間と面白い会社をつくろう」こうしてカヤックは生まれた。創業メンバーである大学時代の同級生3人で面白い会社をやっていく、決まっていたのはそれだけだ。

この姿勢を20年とり続けて、わかったことは、「誰とするか」にこだわると、「何をするか」も自然と決まっていくということ。カヤックの社員数はいま300人弱になった。メンバーが増えてもその方針は変わらない。採用の基準は突き詰めていうと「その人と一緒に働きたいか」「一緒に働くと面白そうか」という点に尽きる。「何をするか」より「誰とするか」を大切にしてきたからこそ、僕たちは面白がって働いてこられたのだと思う。

面白法人は「つくる人を増やす」ために生きている

創業当時、メンバーの共通認識としてあったのが、クリエイティブなことがしたい、面白いものをつくって世の中に出したいということだった。それを社員が理解しやすいように言語化したのが、「つくる人を増やす」という経営理念だ。

つくることは、自分が「何を美しいと感じるか」「何が好きで、何が嫌いか」といった価値基準それ自体を再発見し、見つめ直す行為でもある。それを繰り返すことで、あらゆることを自分を主語に据えたモノサシで見つめられるようになっていく。他人や社会からの受け売りではなく、自分なりの幸せをつくる方法が見えてくる。つまり、「つくる」は、自分の幸せをつくる。だからこそ、「つくる人を増やす」ことは、一人ひとりが幸せになる社会をつくっていくことでもあると考えている。

さらに、「つくる」という行為は自分自身だけでなく、周囲も幸せにする。何かをつくるとき、そこには相手がいて、その人からの反応がある。つくることによって人を楽しませたり、感動させたりすることができれば、「他人の喜びが、自分の喜びになる」という感覚を体感することができる。それが、「社会の喜びを生み出そう」という気持ちにつながっていけば、社会はきっとよくなるだろう。

このように「つくる人を増やす」という経営理念は、カヤックという法人がこの社会に対してどのような価値を生み出すのかを言い表しているものである。言いかえれば、面白法人が「何のために生きているか」を表す言葉でもある。株式会社であり、上場企業であるがゆえに、利益を出すことは必要だ。しかし、それは「つくる人を増やす」ことによって社会に貢献した対価として得られるものである。決して目的ではない。カヤックは利益を出すために存在しているのではなく、「つくる人を増やす」ために存在している。

では、具体的にカヤックはどんな事業をやっているのか。現在は、広告やPRの受託開発を行う「クライアントワーク事業」のほか、「ソーシャルゲーム事業」や「ゲームコミュニティ事業」が柱で、そのほかeSports事業、ブライダル事業なども手がけている。これらをまとめて、事業内容は「日本的面白コンテンツ事業」と説明している。何の事業によってどれくらい稼ぐのかばかりに捉われるのではなく、面白いものをつくることを重視する。そういう組織でありたいと思う。


生態系という組織観。組織が先発で、事業は後発。

「つくる人を増やす」ための組織はどのようなものだろうか。個人が感じた面白さを存分に表現し、創造性を発揮するために必要なことは何だろうか。それは、精緻な事業戦略を展開していくことではなく、社員の創造意欲が湧き上がる組織を整えていくことだと考えた。クリエイティビティを発揮しやすい組織環境が先にあり、事業戦略はそのクリエイティビティを支援する形に位置づく。あくまでリソースを分配するための過程で生まれる後発戦略として事業が在る。これがカヤックの経営組織に対する持論である。

最近、『ティール組織』という本が注目を集めている。著者のフレデリック・ラルーは、人類誕生以来の組織の発達過程を分析し、複雑な階層組織、コミュニティ型組織の時代を経て、現在は生命体型組織が誕生しつつあると説明している。これを進化型(ティール)組織と呼んでいるわけだが、組織を生き物としてとらえる視点や思想は、僕たちと共通しているのかもしれない。

かつて人体は脳の命令によって動くと考えられていた。しかし、最新の生命科学は、脳だけでなく腸などの内臓や筋肉、骨などの各部が独自にメッセージ物質を発し、その情報交換によって生命を維持したり、活動したりしているメカニズムを明らかにしつつある。つまり、生物のメカニズムは脳を頂点する階層構造ではなく、フラットでかつ複雑に絡み合うネットワーク構造なのだ。

カヤックの組織もそれに近いと言えるだろう。カヤックでは組織を生命ではなく、その集合体である生態系で喩えて、「クリエイターの生態系」と表現している。例えるなら、クリエイターが「動物」であり、カヤックという組織は「森」である。クリエイターは自分が考える面白さを表現するために、ほかのクリエイターとの競争や共同作業、その他さまざまな相互作用を通じてつながっている。カヤックのクリエイターが生み出した成果物を見て、その「森」に集う新しいクリエイターがいる。そして、新しく「森」にやってきたクリエイターは、生態系に住むほかのクリエイターとの相互作用によって絶え間ない進化・変化を続け、個人としても、生態系全体としても、新しいものを生み出せるようになる。

カヤックを卒業して森から出ていくOBクリエイターも存在する。その一方で、OBの活躍を見てカヤックに入社を志願するクリエイターもいる。OBの例でわかるように、実際に私たちがイメージする生態系という「組織」は、カヤック内部だけで完結するものではない。カヤックと関わった人を経由して、脈々と広がり続ける森。そのようなイメージである。そこに「つくる人」がいて、エネルギーの相互作用がある限り、僕たちの「森」の境界は広がっていく。

生態系を維持するためのアジャイル人事

「クリエイターの生態系」におけるトップの役割とはどのようなものだろうか。僕たち創業メンバーは、面白法人にすむ「つくる人」が日々気持ちよく創作活動に取り組むことを目指してきた。会社の目標達成に向かって、トップダウンで統制を保って動く組織という選択肢もあった。そういう組織構造がフィットするビジネスもあるだろう。しかし、僕たちは「つくる人を増やす」ことを掲げ、面白コンテンツを生み出すことを目指す組織だ。一人ひとりの発想や考えが違っていい。そういう組織になることを願い、目指し続けることがトップの役割なのかもしれない。

しかし、これは容易なものではない。人間が集まり、株式会社としてビジネスをしていると徐々に市場や社会の影響を受け、組織化してくるのだ。つまり、組織構造が組み上げられ、上下関係が生まれ、管理機能が強化されてくる。より「効率的」にまわるように整備していこうとする力学が働くのだ。例えば、教育においては各社員が身に着けるべき能力が詳細に定義され、計画的に強化されるかもしれない。あるいは、採用においては採用基準として人材像が精緻に描かれ、そのキャラクターの獲得が目標とされるかもしれない。

このような組織化の力学は、他社においては支持されるかもしれない。組織内を均質化し、統制を利かせていけば組織としてのフットワークは強化されるし、あらゆる「無駄」を省くことができるからだ。しかし、僕たちは面白法人であって、「つくる人を増やす」ために株式会社をやっている。「つくるために情報収集をする人」でもなければ、「つくったものを売る人」でもない。全員が「つくる人」になっていってくれたらと願っている。だからこそ、このような組織化を進めていくことは、面白法人においては得策とは言いがたいのだ。

つまり、「クリエイターの生態系」におけるトップの役割とは、「つくる人」が増える組織を目指し続け、規模拡大による「組織化」に注意を払いながら、個人の創造性を維持し続けることだと考えている。組織のエネルギーと、一人ひとりが持つ個人のエネルギーに意識的になること。そして、それらがバランスし、組織にとっても個人にとってもいい循環を生み出せるような生態系にしていくことを大切にしている。

このポリシーを成立させるために僕たちがとっている仕組みや姿勢を、世の中の言葉に当てはめるならば「アジャイル人事」という言語が近いかもしれない。調べてみると、「アジャイル人事」という言葉の意味は大きく2つの解釈で捉えることができるようだ。ひとつは、アジャイルという言葉そのものの意味からくるもので、「アジャイル人事とは、俊敏性のある人事である」というもの。組織内の状況に合わせて迅速に人事施策を展開するといった姿勢を重視する意味合いである。

もうひとつは、「アジャイルソフトウェア開発」の人事版という捉え方である。「アジャイルソフトウェア開発宣言」というものを参照してみると、その特徴をくみ取ることができる。そこで重視されているのは、マインドセットである。「個人との対話、動くソフトウェア、顧客との協調、変化への対応」などのマインドをソフトウェア開発に反映していこうという姿勢が表れている。この文脈を踏まえると、「アジャイル人事」とは、従業員や顧客との対話や協調を重視し、変化する組織に臨機応変に対応するという姿勢を前提とした在り方であると解釈できる。

これら「アジャイル人事」というキーワードを照らす2つの観点を踏まえカヤックの人事について紹介していきたいと思う。


アジャイル人事システムとしての「ぜんいん人事部」

カヤックでは、「つくる人を増やす」ために様々な人事的尽力が行われている。それは、先に述べたようにアジャイル人事というキーワードの意味内容と類似したものである。カヤックにおける人事の取り組みを、アジャイル人事であると仮定した場合、アジャイル人事を支えるためには大きな2つの柱があると思っている。

1つ目は「ぜんいん人事部」という制度だ。カヤックでは全社員が人事部に所属している。実際に、「採用」「評価」「給与査定」に全社員が関わりながら、面白く働ける組織をそれこそ「アジャイル」につくっている。この制度は、「つくる人を増やす」ための組織を徹底して追及していく中で生み出された制度である。日本企業における人事部とは、本来はその歴史的背景から労務管理の側面が強く、現場を管理したり、俯瞰したりするような位置づけに思える。人事部がそういった位置づけである限り、個人最適な意見は、全体最適に吸収されてしまい、組織開発に反映されにくいかもしれない。一人ひとりにとって棲み心地のいい生態系をつくっていくのならば、働く環境や制度の構築・整備は組織の住人たちに委ねてしまうのがいいのだろう。そのような考えから、「ぜんいん人事部」は生まれた。

社員が一緒に働きたい人を採用し、一緒に働いている人を個人の見解で評価する。職責や階層に依らずに、互いが共に働く仲間として、そして一人のクリエイターとして心地いい組織を考案することができる。権限と機会を提供することで、全員が自分の組織を主体的に考えることができるのである。顧客先の組織でよさそうな制度があれば自社に提案する。仕事先のパートナーでいい人材がいれば自らの組織を紹介する。現在の職場環境に違和感を感じればすぐに改善案を提示する。

全員が業務を遂行しながら、その時々に感じた必要性を即座に組織にフィードバックする。その意味で「ぜんいん人事部」はまさにアジャイル人事と言えるだろう。

--- ✂ ---(ここまででだいたい半分終了。ファイト!)

個と組織をつなげる対話インフラ「ブレスト」

2つ目の柱は「ブレスト」である。先に述べた「アジャイルソフトウェア開発宣言」にも対話や協調というマインドが明示されていたが、変化に対応していくためには個人の見解を遠慮なく発言するという行為や場が求められる。「ぜんいん人事部」を展開するカヤックであるならば、それはより重要なものとなる。その時に、我々が対話インフラとして信頼するアプローチがブレストである。

カヤックにおいて、ブレストは単なる手法に留まらない。僕たちにとってブレストとは、多様なアイデアの源であり、生態系の掟であり、仕事に取り組む姿勢そのものを表しているともいえる。

カヤック流のブレストで大事にしているのは、「他人のアイデアに乗っかる」ことである。「乗っかる」ということ、つまり他者の意見を否定せずに、自分の意見も付与して、さらにアイデアを昇華させていくことである。この他者との関わりのプロセスこそが、僕たちがブレストを信頼する理由である。

「いいアイデアが生まれる」というのは、単なる結果に過ぎない。アイデアを生むプロセスでこそ、ブレストの真価は発揮されるのだ。1つのアイデアと対峙するなかで、他者の価値観を踏まえながら、そして自分の価値観を見つめながら、全く新しい「誰のものでもない」アイデアをつくりあげるのだ。自分ひとりでは感じたことのない高揚感と熱量を持って、みんなで良いものを練り上げていく。この経験こそが、つくるエネルギーを高めていくし、従業員を「つくる人」へと変えていくのだと僕は信じている。

ブレストをやっていると、不思議なことが起こる。ブレストをして出てきたアイデアは、そのブレストが参加した全員が「自分ごと」として認識し始めるという現象である。そこで生まれたアイデアは、多数の参加者が「乗っかる」ことで生まれたものなので、特定の個人が生み出したものではない。それにも関わらず、そのブレストに参加したメンバー全員が自分とそのアイデアを結びつける強いつながりを確かに感じている。つまり、ブレストが実践される場では、一人ひとりが自分を表現しながら、「チーム脳」ともいうべき集団的な共創エネルギーにシンクロするという状況が生まれているのだ。

カヤックでは、日常的なコミュニケーションとしてブレストが行われている。一般的な組織における会議や打ち合わせといった場よりも、さらに高頻度でさらにフランクにブレストは発生している。この不断のブレストが、ある意味で「奇妙」なチームワークを生み出し、役職や年齢に関わらないオープンな関係性を育む。

このように、「ぜんいん人事部」と「ブレスト」の両輪によって、カヤックの人事的な取り組みはアジャイル化されていると言えるだろう。組織を自分ごと化するために、人事権限を委譲する仕組み「ぜんいん人事部」。さらに、その仕組みを稼働させるためのトリガーとしての「ブレスト」。個々が人事として組織を捉え、そこで感じた問題意識やアイデアは、ブレストを経由して組織と有機的につながっていく。このようにして、微細な変化を組織は捉え、随時生まれ変わりを遂げていくのである。

改めて強調したいことは、これらの仕組みの全てが「つくる人を増やす」ための組織で在り続けるために生まれたものであるということである。アジャイル化を促すこれらのシステムが機能する限り、カヤックは「つくる人」にとって最適な組織環境を更新していくのだろう。


面白法人の採用活動

ここまでは、アジャイル人事というキーワードを踏まえて、カヤックがなぜ、どのように人事のアジャイル化を進めてきたのかについて書いてきた。「つくる人を増やす」ために「ぜんいん人事部」という仕組みと「ブレスト」という浸透度の高いコミュニケーションインフラを取り上げ、アジャイル化のメカニズムを解説した。

では、この2つのシステムだけを稼働させれば、他の企業においてもアジャイル化が進むだろうか。創造意欲が醸成され、面白法人的な組織が成立するのだろうか。実は、そうとは言い切れない。もちろん、全く効果を生み出さないと言うわけではない。「ぜんいん人事部」という仕組みは、リファラル・リクルーティングが展開する昨今において一定の成果を生み出すだろう。さらに「ブレスト」を導入し、コミュニケーションインフラとして徹底してロックインを進めることは、多くの組織にとって多様でポジティブな効果をもたらすだろう。しかし、それだけではアジャイル化が進むとも正直言いにくい。カヤックにとって、2つのシステムは柱とは言えど「部分的」なものであり、カヤックの全てとは言えないのである。

これらの仕組みは「ぜんいん人事部」と「ブレスト」によって生み出されたその他の人事施策と有機的に結びつき、生態系を取り巻く諸機能とシナジーを発揮することで「つくる人を増やす」生態系を生み出しているのである。以下では、これまでに展開されてきたカヤックの人事施策より「採用活動」と「評価制度」について取り上げ、その意図も踏まえて紹介していきたい。

まず、採用活動について紹介したい。カヤックが非常に重視しており、かつ注力しているのが人材の採用である。カヤックの採用活動のポイントは2つある。1つ目は、自分たちが一緒に働きたい人だけを採用すること。2つ目は、自分たちも採用活動を面白がること。

まずは1つ目のポイントを説明をする。自分達が一緒に働きたい人だけを採用する姿勢についてである。それは、つまり、新しいメンバーが入ることで、いままで自分たちができなかった「面白いこと」ができるようになる。何ができるかはまだ見えていないが、一緒に何か生み出せそうという可能性を感じる。そういう感覚を重視する姿勢である。採用する理由は様々だが、どのようなメンバーや職種であっても共通しているのは「一緒に働きたい」人が入社しているということだ。

一緒に働きたい人を採用するために僕たちは何にこだわっているのか。「採用に注力している」と言うと、一般的には次のようなイメージを抱く人もいるだろう。つまり、採用要件を精緻に定め、厳格な評価要件に応じて、高い水準を満たす人材を戦略的に獲得していくというイメージである。しかし、カヤックでは面接においては、評価項目すら定めていない。他社で目にすることがあるような「協調性」とか「積極性」「主体性」など統一の評価項目は、一切決めていない。面接官を集めたワークショップで、会社として「ここを重視してください」という具体的な指示もしない。

その代わり、こだわっていることは「任せる」ことである。「一緒に働きたいか」「一緒に働くと面白そうか」を判断するために、どんな質問をし、どんな点を評価するかは、社員に全て任せるのである。自分なりに考えてもらうのだ。ここでも「ぜんいん人事部」という制度原則に則る、というわけである。あくまで、自分が主体であり、自分なりに自分の棲む生態系を意識させる。それを徹底的に貫かなければ、「つくる人を増やす」も「ぜんいん人事部」も表層的なスローガンとなってしまう。本気でそのような組織を目指すならば、覚悟を決めて任せていくことが重要だと考える。それゆえに、採用においても、誰をどういう観点で評価するのか、実際にどんな質問をするかは社員に任せているのだ。

身も蓋もない話をしたが、「一緒に働きたい」人がどのような特徴があるのかについて、僕の主観で少し言葉を付けたしたい。これは、面接官が意識してそうしているわけではないだろうが、結果だけを見れば面接官との会話がブレストのようになっている人が合格しているケースが多いと思う。一緒に働きたいと思える人とは、初見でもブレストが盛り上がるのかもしれない。例えば、「入社したら何をしたいですか」という質問に対して、面白いことが好きな人はいろいろなアイデアを出してくるだろう。そのアイデアに対して、面接官が「こうやったら、もっと面白くなるかもね」と乗っかり、さらに応募者が乗っかり、といった具合で予定調和ではないコミュニケーションが発展していくようなケースだ。1つの質問で何かを見極めるのではなく、ブレストが盛り上がるかどうかが事実上の選考基準として機能しているかもしれない。しかし、この傾向も社内で言語化されたり、共通認識として存在しているわけではない。あくまでも、一人ひとりに面接のやり方を任せていった結果、このような共通傾向が見て取れるという話でしかない。

採用には注力している。しかし、採用は任せている。パラドクスのように響くが、これが「つくる人を増やす」ためのカヤック流である。

採用活動のポイントの2つ目は、自分たちも、社外からも採用活動そのものを面白がってもらえること。社員とよく話すことは「面白法人は会社運営そのものが面白コンテンツなんだ」ということ。採用活動は、対外的に発信する活動であるがゆえに、より一層面白いものを構築していきたい。そんな姿勢で、いろいろアイデアを出し合ってきた結果、カヤックにはこれまで多様な採用アプローチが生まれてきた。

カヤックが仕掛けてきた面白採用キャンペーンは非常に多様でありユニークである。例えば、応募者がインターネットで自分の名前やハンドルネームなどを検索し、その検索結果がそのままエントリーシートになる「エゴサーチ採用」、ゲームのうまさで内定を決める「いちゲー採用」、卒業制作や卒業論文などつくったものだけで選考する「卒制採用」などである。

どの採用アプローチも、面白法人カヤックとして仕事を面白がる姿勢とそれを面白がる求職者を惹きつけていきたいという狙いが反映された企画である。

キャンペーン以外にも、オリジナルな採用施策は数多く存在している。例えば、全社員が「ファストパス」という書類選考免除カードを持っており、これを渡された人は書類選考を免除される。一部の社員は、一気に最終面接に進める「ラストパス」も持っている。これは中途採用で大きな威力を発揮している。社員が「一緒に働きたい」と思って、ファストパスやラストパスを渡す人は、カヤックという組織にフィットする可能性が高いので、合格の確率も高い。その結果、中途採用のコストはずいぶん下がった。

このような一風変わった採用アプローチのいいところは、人材獲得や採用効率といった成果だけに留まらない。偶発的な出逢いが生み出されるところを僕はとても面白く思っている。一般的な求人募集では絶対に応募してこないであろう人材に巡り合う瞬間が面白採用の醍醐味だと思う。

そのような「レアな人材」がカヤックというクリエイター生態系を多様にし、カヤックそのものを変えてくれるきっかけとなる。そのような人材をカヤック社員たちは歓迎するし、「よくこんな人見つけてきたなあ」と社員たちは面白がる。今まで社内にいなかった人材といかに出逢い、いかに採用するかということが、とても面白いことでもある。

--- ✂ ---(もうちょっとで終わるよ)

相互評価で給料を決める「月給ランキング」

カヤックが何をやっている会社かは知らなくても、サイコロで給料を決めている会社ということを知っている人もいるかもしれない。それくらい「サイコロ給」は有名になった。

カヤックでは給料日前に全社員がサイコロを振り、「基本給×サイコロの出目÷100」が賞与に上乗せされる。基本給30万円の人がサイコロで6を出せば、1万8000円がプラスされるわけだ。

会社員の多くが最も不満を抱くのは人事評価とそれに基づく報酬ではないだろうか。自分の頑張りは、詰まるところ自分にしか分からないものだ。どれだけ自分が頑張ったのか、その全てを他者が理解することは不可能に近いことだろう。他者が評価する限り、何らかの不満や消化不良は付きまとうのである。「つくる人」であるならば、周囲の評価の良し悪しに振り回されることなく、自分のものさしを信じて楽しく働いて欲しいと僕は思う。評価と向き合う際はをむしろ面白がって欲しい。そういう想いを込めてサイコロ給を思いついた。みんなが面白くないと不満を抱きがちな評価・報酬制度でさえ面白がる。その姿勢に、面白法人としてのDNAを象徴的に示したかった。

基本給は半年に1回の人事評価で決める。社員の人数が少なかったころは、僕が一人ひとりと面談して決めていた。その仕事は僕にとっては何よりも苦痛だった。先述のように、僕は人が人を評価する以上、完璧に公平な評価などありえないと思っている。それをわかっていて僕一人の判断で優劣を付ける作業では苦痛でしかなかった。

また、評価者が僕一人しかいないということは、組織が同質化するリスクも生むと考えた。評価者が固定されていると、被評価者は評価者に気に入られようとか、評価者の価値観に合う行動をしようとするようになる。「つくる人を増やす」ことを目指す組織の社員が、評価者のものさしを意識して働いていいはずがない。

試行錯誤の挙句に、面白法人の評価制度は1つのスタイルにたどり着いた。社員の相互評価によって基本給を決める形式である。デザイナー、エンジニアといった職種ごとに、1人の対象者を同じ職種の20人が評価する。自分自身も20人から評価されるという仕組みである。評価の基準は「自分が社長だったら、誰にたくさん給料をあげたいか」である。採用と同じで、ここでも細かい評価項目は決めていない。ここにおいても「ぜんいん人事部」なのである。一人ひとりは、被評価者であると共に、権限を持った評価者でもあるのだ。一見するとこの多面評価の仕組みは不満がでやすいように思える。しかし、僕たちが検討を重ねた結果、面白法人カヤックという生態系にはこのスタイルが最もフィットするという結論を下したのだ。

カヤックの社員の一人ひとりは他の社員たちとともに、カヤックという生態系の中で働いている。その前提で考えた時に、その生態系で評価される人材というのは、「そこでともに住む多くの生物から評価されるべき」と思われている人材なのであろう。その生態系に対して最も貢献をして、生態系の保全・発展に尽くしている人材なのであろう。そう考えた時に、このシステムが面白法人という生態系においては最も妥当性が高いと考えたのである。


「正解」を決めない組織

今から20年前、僕たちは直感的に面白法人という言葉を思いつき、誰もが面白がって働ける会社を追い求めてきた。どうしたら「つくる人」を増やせるのか、そればかりをみんなで考え、様々な仕組みを試行錯誤してきた。

このような自分たちの取り組みを「アジャイル人事」という文脈で改めて振り返れば、やはり重要であったのは「正解」をつくらない組織運営だったのだろうと思っている。組織の状況に応じて、アイデアや思考を結集し、ブレストを繰り返す中でその時々の最適解をつくりだしていく。このスタンスがあったからこそ、僕たち面白法人は20年経った今でも、個人と組織の柔軟でフラットな関係を保つことができているように思う。

何が「正解」かを決めてしまうことは、実は簡単なことだ。一般的な物差しで組織サーベイを繰り返し、定量的に答えを決めて、それに僕が◯(マル)を付けるだけでいい。例えば、人材要件を定めたり、評価要件を定めたり、どんな人材を採用し、評価することを決めてしまうことは簡単だった。社員一人ひとりの視点や視線がブレないように、ズレないように徹底して「正解」を教育することもできたろう。そうすることは、きっといくらでもできたし、もしかするとそれをしていた方が組織は今よりも大きくなっていたかもしれない。でも、僕たちはそれをしなかった。唯一解を定めて、それに基づいて組織を「統治」や「管理」していくよりも、多様な意見のズレを面白がることで生まれる「創造」や、それらを調整しようとして働く「自治」のエネルギーに組織をゆだねてきた。別のやり方はきっと沢山あっただろうが、その方が面白いと思ったし、僕たちにとっては価値を感じたからだ。

様々な組織論が展開されている昨今だが、色々な組織の形があっていいと思う。経営者やビジネスの数だけ、組織の形はあるのだろう。それこそ「正解」はないと思っている。面白法人カヤックの場合は、「つくる人」のために最適化された生態系を目指すこと。そして、そこにすむみんなで組織のことを考えて、みんなで組織をつくること。これを大切にしてきたというだけである。不器用で非効率に見えるかもしれないが、これが面白法人カヤックのアジャイル人事なのだと思っている。

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