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「働きがい」と「やりがい搾取」の境界線を考える勉強会をやります

カヤック人事部の柴田です。人事部でやる勉強会のお知らせです。

金銭的報酬、非金銭的報酬のマネジメントが上手すぎると、やりがい搾取になる?

私個人もそうですし、カヤック人事部としても、社員にとって働きがいがある職場をつくりたいなという想いがあります。例えば、今の私が設定している目標は以下です。

他社で働いたり、独立すればもっと年収が上がることがわかっているにもかかわらず、『面白いから』という理由でカヤックで働き続けることを自分の意思で選択し続けている人達の集まりにしたい。

ただ、いくつか補足が追記でメモしてあります。

1.カヤックで働き続けたいと社員が思わない場合は、カヤックに問題があるかもしれない。
2.社員が満足する報酬の最低ラインを突破していることは前提条件。しかし、他の全企業より高い年収を出し続けることは無理だろう。その帳尻を合わせられないことは、カヤックに問題があるかもしれない。
3.他社で働いたら年収が上がらない場合は、社員の市場価値、スキルに問題があるかもしれない。

つまりここで気にしていることは、一方的に企業側に有利になるような人事部の目標設定は何か違う、ということだと思われます。私もこのような補足をメモはしているのですが、まだきちんと言語化できていません。

ただ、「会社」と「働く社員」の取引において、どちらか一方が有利になりすぎないように、健全な牽制関係というか、対等な保ちたいな、というようなイメージはあります。

主観的にはやりがいのある仕事でも、第三者の客観的な視点では、やりがい搾取になっている?

本人が満足していても、家族や友人から見ると「その条件はどうなの?」という観点はありそうです。この場合に「本人が満足しているからいいじゃん」という判断もいいのですが、個人的にはもう少し深掘りしたい。会社視点の人事としては、やはり非金銭的報酬をうまくつかって、働いてもらうというのは人事施策のひとつの目標であるわけです。

仮に本人がそうではないと考えていても、家族や友人から「やりがい搾取だ」と自社が言われている状況は、到底見過ごすことはできません。何かか不健全ではないか、と感じてしまいます。

「バランスをとればいいという話は、大抵バランスでは解決できない問題である。」

先日、カヤック社外人事部の神谷さんが主催する人事的な勉強会に参加していたときに、参加者の方がいっていた台詞です。今回のテーマもバランス(つまりトレードオフが前提で、中間点でなんとかする)という発想では解決になってないと私は考えます。

「働きがいの構造」の勉強会をやって、理解を深める。

ということで、答えがわからないテーマについて、その場で考えて何かしら思考を深めるという勉強会をやります。

働きがいがある職場であっても、第三者視点で見たときに企業側が有利になりすぎている場合のことを「やりがい搾取」と呼ぶのかもしれません。じゃあ、その線引きはどこなのか?という企業の人事としての視点で考えてみたい。

また、「ジョブ・クラフティング」とは、働く個人側が仕事を働きがいのあるようなものに自ら変えていく、という意味の用語です。働く個人としてみたときに、いったいどのように「働きがい」を得ていくのか、というような視点で考えてみたい。そして、その間をどのようにつなぐかを考えてみたい、という内容です。

ぜひご参加ください!

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