第二話 「斎藤」
公園の小高い丘が、ちょっとした森になっていて、その森の入口辺りにある東屋に学生服の集団がいる。ちょっと、近づきたくない。本来は自然観察などのための森林公園だけど、そこに集まる連中の目的は決してそれではない。
遠目に見ても、ひと際大きい後ろ姿があり、その足元にうつ伏せで倒れているのが見える。
「あらら、誰かやられてんじゃないっすか」と、沢田が小声で言いながら、ゆっくり近づいていく。
「あの大きいの、大原ってやつじゃねーの」と、小声で返す。
「ええ、大原くんです。南中の方からの情報で来たんじゃないですかね、黒の学ランはうちの2年で、倒れてる紺色の学ランは川名ですよね、じゃあ、やられてるのって、やっぱり斎藤って人かな」小林が解説する。
「青野くん、穏便に頼みますよ、マジで」と、沢田が釘を刺す。
集団の一部がこっちに気付いて、慌てて挨拶をしてくる。
「コンチャーッス」
こんな時でも律儀なものだが、皆が気付いてこちらに振り返る。
「青野先輩、チャーッス」と、紺の学ラン。
「あ、小林先輩コンチャッス」と、黒の学ラン
「えーっ、見張くん、3年だったのかよ」衝撃的事実だ。
「ずいぶん腰の低い3年ですね、人が良いっていうか」沢田も驚く。
「青野だって?」集団の真ん中にいた大原が向き直り、「ほう、UMAとか言ってる、青野ってのはお前かよ」
「言ってねーよ」と、吐き捨てて大原の前に立つ。
「で、これはどういう事になってんだ、説明しろよ、おいっ」と、語尾を強める。
「あ、なんだとコラ」大原が一歩前に出る。
空気を読んでか、南中の奴が「お前のとこの、斎藤と高階とかいう奴が、うちの生徒からカツアゲしやがったんだよ、高階の野郎は逃げやがったから、斎藤をシメたんだよ」と、頭を上下させてイキがる。
「あれ、便所の人じゃん」指を差して笑い「ほら、そうだよな、ニワトリの」と、小林に聞く。
「おい、小林、何で一緒にいるんだよ」便所の人が小林に食って掛かる。
「いや、まあ、成り行きでね、ははは」と、笑って誤魔化す。
「早くこっちこいよ」と、小林を呼ぶけれど、「いやあ、カツアゲとか係りたくないんで、遠慮しときますよ」と、ひょうひょうと、躱す。
「でも、青野くん、その斎藤は、一緒にいただけで何もしてないし金も貰ってないんじゃなかったっけ」と、沢田が口を挟む。
「一緒にいたならコイツも同罪だろ、高階逃がしたしよ。そっちの高階と、うちの2年の土井が金持ってるって分かったから、もういいけど、まさか、うちの2年と連るんでたとは驚きだけどな」と、便所のニワトリの人が解説交じりに言い返してくる。
「まさかカツアゲした奴、庇ったりしねーだろうな」と、大原が睨んでくる。
「カツアゲなんてする奴どーなろーが知らねーよ」
それを聞いて大原が鼻で笑って「そっちの高階と、うちの2年の土井はシメとくからよ」連れに、顎でクイッと示して「行くぞ」と、帰ろうとする。
「こらこら、待て待て、カツアゲとかどうでもいいけどよ、うちの後輩こんなにして、しれっと帰れると思ってんのか、おい」と、語尾を荒げる。一瞬緩んだ緊張が再び走る。
「青野くん、穏便って言ったじゃん」沢田がぶつぶつ文句を言う。
「うるせー、しょうがねーだろ」
「ぜったい、こうなると思ったよ、ケンカかよー嫌だなー」張り詰めた緊張の中で沢田がぼやく。
「なんだテメー、誰に言ってんだ、コラ。うちの2年も絡んでるみてーだから、見逃してやってんのが分かんねーのか」大原が詰め寄る。さすがに威圧感だ、肌にビリビリ来る。
「ごちゃごちゃうるせーな、いいから来いよ、熊公」
「テメー死んだぞ!」
大原が怒声を上げて、長身から振り下ろすように殴りかかる。ポケットに突っ込んでいた手を出して、左手でカバーしながら避けようとしたが、思った以上に早くて避け切れず、左手ごと打ち抜かれる。左頬に痛みが走るり、バランスを崩して右手を地面についた。嘘みたいに重たいパンチだ。
「青野くん」沢田が焦って声を上げる。
「どうしたよ、UMA」大原はドヤ顔で見下ろしている。
ゆっくり立ち上がり、手に付いた砂をはらい、右足で回し蹴りをするモーションから、軸足を半回転させて変形気味の前蹴りを入れる。大原が腹を蹴られて腰を曲げて2歩下がった。効いたと言うより驚いた様子だ。
「遠慮すんなよ、熊ちゃん」大袈裟に顎をシャクらせて、どや顔で返した。
「てめー」と、大原が叫びながら掴みかかる。左手で胸倉を掴んで右手で殴りつけてくる。掴まれてるので、避け切れずに、「くはっ」っと声が出る。
胸倉を掴んでる腕の上に、左手を被せて顔に押し付けて押さえ、右手で顔を殴りに行くが、顔を捻られて浅くなり、躱されそうになった所で肘を立て打ち抜く。大原が「ぐっ」と、洩らす。
「凄いですね、いったいどっちが強いんだろう」小林がボソリと言う。
「いやいや、小林くん、夢中になってる場合じゃないよ、あれ、パトカーでしょ」沢田が、小林の肩を叩く。
住宅地側から公園沿いに大通りの方へゆっくりと動く車の影が、街灯に照らされて、白黒のパンダカラーが目に飛び込んできた。
「ヤバイよ、青野くん、マッポだ」
大通りに行ったから、通り側のトイレのある広場回って、絶対にこっちに戻ってくる。
「今、行ったから、早く」沢田が腕を掴んで引くが、熱くなっていて、大原を睨んだまま動かない。
「来いよ、オラ」この状況でも大原を威嚇している。
「やべーんだってば」と、前に回って、タックルする様に抑えて押し出して行くと、諦めて力を抜く。
「小林君、大原逃がさないと、そっち、皆やばいよ」
2年じゃ抑えきれない大原を、小林が羽交い絞めにして引っ張っていく。
「誰か、斎藤連れて行けよ、ダメだそっち行くな、逆に逃げろ」沢田が的確に指示を出す。
パトカーが後ろの入口付近まで来て、急に赤灯を回した。
「おいおい、やべーじゃんよ」我に返って焦りだす。
「そりゃ、アンタらが、あんだけ大声上げてりゃ、通報されるわ」
回転する赤いランプを背に走る、目にチカチカと赤が刺さる薄闇の中を、全力で走って行く。
たまり場には、公衆電話とテレフォンカードが必須だ。
街灯の灯りに群がる虫のように、神社の参道入口の電話ボックスが照らす、灯りの下に集まっている。
青野春彦に言われて、斎藤浩介が連絡をして、急ぎ2年の仲間を集めたのだ。
「ダメだ、高階のヤツ電話出ないよ」電話を終えて半泣きで報告する。
「なんだよ、やっぱり旅行でも行ってんじゃねーの」
「家族となんか出かけねーだろ普通」
「じゃあ、やっぱ、南中の方から話しいって逃げたんじゃねーの」
集まった2年の面々が、ウンコ座りで車座に、口々に苛立ちながら言い合っている。
「おい、ヤバいぞ、マジで殺されるぞ」
顔をボコボコに腫らした斎藤が焦燥して訴えるが、口を大きく開いたので「いつっ」と、少し傷んだ。
取り囲んで座り込んだ面々が、斎藤の顔を改めて見て、自分もこうなるのではないかと恐怖を覚える。
「その程度で済んで良かったじゃん」と、薄ら笑いを浮かべ、まるで、面白がっている様だ。「もう、うちの大原さんが出てきたら、お終いだよ、お前ら早く逃げた方がいいぞ」
山田の言い草は、斎藤たちをイラつかせたけれど、高階と連絡が取れない事にはどうにもお終いだった。
「おい山田、まるで他人事じゃねーかよ」車座に座り込んでいた4人の内の一人が、堪え切れずに言い返した。
「はぁ」山田が大袈裟に反応する。「他人事じゃねえか、俺は南中の奴ら紹介したけど、カツアゲがどうのなんて知らねえからな。ったく、うちの土井みてーなバカに良いように使われやがって」
確かに山田の言う通りだと斎藤は思う、高階が色気出して土井に言いくるめられた感はある。
「ともかく、マジで高階見付けないと、本当に殺されるぞ、最悪、金だけでも返さねえと」
「冗談じゃねえよ、カツアゲしたのだって俺らじゃねえよ」と言い返してくるが
「お前ら、さんざん高階に奢ってもらってたじゃねーかよ、今更、関係ないとか言ってんの?それによ」
山田は自分が関係ないと思っているからだろうか、冷静で的をえているだけにチクリと刺さるが、ヘラヘラとニヤけて話す様は、皆をイラつかせる。
「マジで、もうバックレた方が良いんじゃねえの?」山田が嘲笑うと皆は動揺する。
「そんな事したら今度は、うちの先輩に殺されるんだよ」思わず想像してしまい、腫れあがった顔が引きつる。
「山田、お前は知らねえだろうけど、ウチの先輩、マジで怖えーんだよ、南中もウチも、上が出て来ちゃってるから、大事になる前に高階連れて詫び行くしかねーんだって」
皆、一同にうなだれるが、山田は素知らぬ顔だ。
「ユーマ、ってか。未確認生物って事は、強いか弱いか分からないんじゃねーの」と、鼻で笑う。
「バカ、見た事も無いくらいの化け物って意味なんだよ」先輩達を思い浮かべたからか、微かに声が震えた。
「まあ、俺も2学期から川名中なんだからよ、せーぜー、揉め事は解決しといてくれよ」と立ち上がる。
「なんだよ、帰るのかよ」
「あとは当事者で、バックレるなり、金集めるなりの詫び入れる相談してくれよ。」
「ダメだ、つかまらねーよ」
電話ボックスで心当たりに電話しまくっていた鈴木が諦めて出てきた。
「どーするよ」半泣きで、少し笑える。実際、笑っていた様で「笑ってる場合かよ、そのボコボコ顔で笑うんじゃねーよ、怖えーって」
周りの奴らも釣られて笑った。少し緊張がほどけた様だ。
「とりあえず、青野先輩に電話しろって言われてたからしてくるよ、土井と一緒だと思うって言うしかないだろ」
「金はどーするよ」
立ち上がって電話ボックスに向かおうとした所で立ち止まり、音がする程に肩を落とした。
夜の闇に小僧どもの大きなため息が「はぁ~」ともれて、うす暗い街灯の灯りが、ぱちりと揺れた。
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