初春 part1

「全く雪が降らずに春になってしまったね。」
「先生それ嫌味ですか?笑」

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1
僕は長い間、部屋の中である一点を見つめていた。そこには焼けた跡がある。なんだかそれは、月の中に様々な文様があってどんなストーリーも描けてしまうみたいに、僕に意味深いものを教えてくれそうな感じがあった。
逆に言うと、そんな意味深いものをなにか探していないと心が落ち着かない。そんな感じがあった。

「芽衣〜。ご飯よ〜。」
声が聞こえてくる。妹でも呼ばれてるんだろうな。
「はーい。」
少し低く機嫌が悪そうな声が僕の部屋の前を通りすぎる。
「お兄ちゃんは?」
「呼んできて〜!」
僕もそんなやり取りが聞こえたから、部屋の扉に近づく。
本当に丁度、お互いにドアノブに手をかけた。外からも中からも動くドアノブだから二人で驚いて声を出した。
僕が扉を押す。
妹は申し訳なさそうに、
「ごめん......ね。」と云った。
続けて、
「ご飯だって。」と云う。
「知ってる。聞こえてた。」
「だよね。びっくりした。」
「芽衣〜!」
下から声が聞こえる。
「おりるかね。」
二人でそそくさと階段を下りる。

今日は妹は多分機嫌が悪い。何となく分かる。でも、それ以上に多分僕は鬼のような形相でもしてるのか、してはないけれど元気が無い。それを妹に気を遣われてる。
「さぁ、食べなさい。」
「いただきます!」

2
私たちは三人家族だ。私と兄とお母さん。普通の家に住んでいられるのは、単身赴任のお父さんが稼いでくれてるから。お兄ちゃんが生まれる前にこの家を買ってもうローンも払い終わったみたい。
私は17歳で兄は22歳。
何不自由無く暮らしている。私は、特に苦しい事がない。学校でのいじめだとか、恋愛だとか勉強だとか、そんなに上手く行ってる訳じゃないんだけど、今を変えたいとか変わりたいとか何も思わない。
学校には仲の良い友達が二人いる。
一人は男で一人は女。そして二人は付き合っている。ちょうど良い関係の中に入れてもらえたなと思う。元々どちらとも友達だった。
最初は私も二人で居たいんだろうからとあまり一緒に居なかったけれど、その時私がぼっちだったのもあり声を掛けてくれるようになり、今はもう何故か一緒にいる。
一度聞いてみた事がある。
私って二人にとっての何なの?
二人はそれぞれ
「魔除け」
「お守り」
と答えた。
ちょっと、魔除けだなんて失礼よ!
彼氏は笑っていた。
お守り、というのもどうなの?
どうなの?って何よ。何か変だったかしら?

3
母はというと、僕も妹もその実態、いや、正体、というより生態?を知らない。どんな風に育って、どんな学生生活を経て。

いつもいつも暖かく育ててくれてる。そんな気がする。

そんな事を思いながら、僕は葛藤を感じていた。ある日僕の目の前に現れたあの先生。僕はあの先生の好きな所を21個言える。僕はあの先生の秘密の話を12個知ってる。僕はあの先生の好きな食べ物を3つ教えてもらった。

あの先生は残酷だ。一番の先生だったはずの母親をどんどんどんどん遠くへ引き剥がす。母の事を何も知らず、先生の事を沢山知っていく。何だか錯乱して心は整理がつかない。頭の背後から誰かが語り掛けるような、首元で悪魔に囁かれたような。そんな妄想の気持ち悪さに似たものを感じ、僕は具合が悪くなった。
自分の部屋でおかしな姿勢を取ってみて安心する。自我なんて既に崩壊してるけれど、私がどんどん乗っ取られる感覚に陥った。

記憶だけでも保とう。

刹那、頭の中に妄想世界、まるでファンタジーの世界が駆け巡り、気づいたら僕は気を失っていた。

4
翌日もまた僕は学校へ行く。眠い目をこする。朝は苦手だ。学校といっても大学。もう春が来ている。そして今日も先生に会える。

僕は真面目な学生という訳では無いし特別優秀でも無いけれど、授業だりぃなぁとか、色々イキった発言はしない。そんな学生も中にはいて、邪魔だなぁと思う。

先生が全てを救ってくれた。何も取り柄がなく平凡な僕になんだか壮大な哲学的テーマを与えてくれた気がする。

僕は常々思っている。生きるという事には哲学的テーマを己の中に打ち立てる必要があると。僕にはそれは愛だった。
ありがとう先生。やっと見つけたよ。

先生に云ったらきっと、こう返される。
哲学的テーマは見つけるものじゃない。失われていたものなんだ。それには筋の通った自分を見つける必要がある。どっぷりとなにかに熱中してするといつの間にか芋づる式に見えてくるんだよ。

愛という言葉をただそれだけで見ると少し白ける。そもそも愛とは相手への想いだし、でもその性質上一方的でもある。だからだから、それがスカして存在している空間ばかりが心のどこかで気になってしまう。

先生はとてもユニークな愛をくれた。

5
それはちょうど今から2年前。妹は高校に入学したてで、妹の入学祝いをバイトで貯めた金であげたりして、妹も浮かれていた。

僕は僕で2年生になり、また新しい教授の元、授業が始まってゆく。先生はそこに現れた。
先生は女子学生と仲良く話している。
授業の内容は、西洋哲学史だ。
パッと見た瞬間、僕は先生がかっこいいと思った。まるで女子学生のように釘付けになる。先生はニコっと笑って、何事も無く授業を進めていく。
「先生!頭に何も入ってこないです!」
僕はそう思った。女子学生達は優秀なのか前の方で真剣に授業を受けている。
「私は歴史において流れが大切だと考えている。大域的な流れだ。ご存知の方もいるかもしれないけれど、まずそれを何回かにかけて復習していこう。細部に着目するのは、その後だ。」
そんな言葉の辺りから少しずつ意識が戻っていって、その授業の終わりに僕は先生に質問をしていた。

「君は優秀だね。出身は?」
「そんな事ないです。ここです。」
「そうか。また何かあったら質問してな。」
「ありがとうございます!そうします。」

僕は頭を下げ教室を後にした。耳を澄まして歩いていると先生の踵を返す音が聞こえた。

6
次の週もその授業はあり、僕は先生の言葉の多くを真剣に受け止め、いつもより様々がするりと腑に落ちる感覚があり、ではこれについてはどうなのだろう?とまた疑問が浮かんだ。そしてそれを質問した。
その次の週も概ね同じだったが、女子学生も質問をし少し雑談をしていた。僕はひっそりと優秀なのにギャルっぽいんだなぁと思う。

それを見透かしたように先生が云う。
「彼女にはね、ファッションに哲学があるんだ。いつも少し目立っているだろう?」
僕は頷く。
「この子うんって云ってるけど、多分分かってない。」
僕は首を横に振る。
そして云う。
「哲学を持つことは大切な事ですよ。僕はまだ何もありませんが。」
「やっぱり分かってない。」
綺麗な沈黙が少しだけ続き、ギャルっぽい女子学生の声で収斂した。
「先生!ありがとうございました!」

「眼を開けなさい。君も質問がなにかあったんだろう?」
「すみません...…。今のやり取りに緊張して忘れてしまいました。すみません...…。」
「よろしい。君は哲学が欲しいのか?いつからそう思ってるのか?きっかけは何か。」
「長くなるので、また、話します。」
そうして僕は急いで教室を後にした。

7
その夜僕はラジオを聞いていた。視聴者から投稿された質問にこんな質問があった。
「ペンネームとかげちゃんさんから。
ある時小説を読んでいました。その小説は、主人公の恋愛小説です。そこに気になる描写がありました。

世界から愛がひとつ減る度、この世界に真っ白な雪が降る。その中でまた人々は愛を育む。この世界から白が消えるまで。

正直全く理解できませんでした。どういう意味なのでしょうか。」

ラジオの向こうで文学お悩みコーナーですが、これはちょっと難しいですよ。私にも理解出来ません。そんな言葉のような呪いが聞こえてくる。

主人公は何かが嫌いなのだろうか。それとも大好きなのだろうか?この言葉は自由に解釈する余地があるのだろうか?どんな場面で発せられたのか、誰が書いたのか。気になる事はあるけれど、悪くない言葉だなと思う。手放して良い言葉だとは思えないけれど。

頭の中で反芻する。

世界から愛がひとつ減る度、この世界に真っ白な雪が降る。その中でまた人々は愛を育む。この世界から白が消えるまで。

悪くないと思い、反芻を始めた瞬間からなんだかまるでウイルスが増殖するみたいに言葉が全身を巡りこの世界の私にとっての真実であるかのような感触を覚えた。

さて実際はどうなのか。

僕はそれを考えるまでもなくまた更にその言葉の意味を求めて反芻を繰り返していったのである。

8
先生の授業は少し脱線していた。
唐突に愛の話になり、スタンダールなど恋愛論を書いた人について語り始めた。
こう言ってはハラスメントになるかもしらないが、君たちは愛について知っているだろうか?
もしくは、愛について知っていることを知っているだろうか?

あるふざけた女子学生がこう返す。
「私は先生に教えてもらいたいです!」
「ヒューヒュー」と声がする。
「先生は、みんなに教えたい。」
「この中から選んでくれないんですか?」
すると先生はその女子学生に耳打ちをする。
学生は耳を赤くしている。
「さて、授業を始めるぞ。」
先生はこういう所もイケメンなんだよなぁと思う。心の中で称えながら授業を聴く。

その日も僕は質問する。いや、そのつもりだったけれど先生が居ない。
授業終了と同時に教室を後にしたものだからどうしたものかと困惑してしまう。

「あれ、今日先生は?」
女子学生に尋ねてみた。
「ほんとだね〜居ないねー。」
「ちょっと君話してもいい?次お昼休みだし。」
「いいけど。」

僕はそんな流れで、一番よく質問してる女子学生達の中の女子学生とお昼を食べる事になった。

❊❊❊❊❊❊❊❊❊

続きはまた今度。

久しぶりに書いてみました。
よろしくお願いします!

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