初春 part2

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9
「君は、よく質問してるね。この授業の事が好きなんだ?」
「だってほかの授業では何も質問しないじゃない。」
まずそう云われた。
真剣に授業を受けるギャルっぽい女子学生の目に僕はそう映っていたらしい。
「違うよ。」
僕は答える。
「僕はあの先生が好きなんだよ。」
「確かにね〜。私も好き。とても良い授業だよね〜。」
「俺の好きはそういう好きじゃない。なんだろう、言いたくないけど違う好き。」
すると彼女は目を丸くしていた。そして俯く。
「君がこんなにはっきり喋るなんて思わなかった。それに君は一人称が俺になる事もあるんだね。」
「私は、あの先生はすごく良い"先生"だと思う。」
「プライベートまでは、知らない...…。」
「大学の先生って、。」
「やっぱり色々な専門家だから。」
「頼りがいがあるしね。」
そのように彼女が続けて話す。
「君に頼みがあるんだけど。」

僕はとても驚いた。自分がそんなに真剣に何かを語るとは思わなかった。思えばこの時哲学の萌芽が芽生え始めていたのかもしれない。

僕が頼んだ頼みというのは、彼女に先生を呼び出してもらいたいという事だった。当然反対された。
「なんでそんな事しなきゃいけないわけぇ?」
「それは僕が先生を好きだから。」
「うーん。」
「じゃあ友達に話していい?このこと。」
「構わないけど目立ちたくないな。君みたいに。」
「ネチネチしてるのね。クールに振る舞えばどうって事ないわよ。じゃあ、友達には口止めしとく。でも話す。」
「そうなのかな。ありがとうね。礼はまた今度返すよ。」

10
俺は大学で先生をやっている。今は助教授だ。キャリアについて関心はない。研究成果と学生の育成にどれだけ力を加えられるか。その為に旬な話題でどれだけ心に響くものを伝えられるか日々思索を練っている。優秀な学生にも恵まれ、私の驚く質問が飛んできたり、私の驚くほどしっかりした哲学を持っている彼、彼女らに安心する気持ちも大きい。

大学というのは環境が良い。よくキャンパスの自然を満喫している。俺の大学には植物園もある。
実は植物に関しても詳しいのは内緒の話。趣味の事なんて誰にも話したくない。
奥さんはいない。学生が可愛い。学生と付き合いたいなんて邪な気持ちさえいつも持ちつつ授業を開いている。いつまでも俺を満たしてくれるのは若さだ。そして俺のナルシズムとそれに見合った見た目だ。
そんな俺はある日女子学生に呼び出された。
とても緊張して心が踊る。
女子学生からのメールにはこのような文字列が入っていた。
"話したがってる人がいる。"
哲学を持ったファッションセンスのあるあの学生が紹介したい人って誰だろうか?まさか私を父だとても思っているのだろうか?
有り得ない妄想が頭の中を駆け巡る。
いつも馬鹿だなと思う。想像のほとんどは実際には起こらない。現実に際して想像してしまうだなんてどんな心の働きか。衰えた直観は、あの日心霊現象を少し甘く見てたあの日までに少しづつ削られてしまっていたのかもしれない。

11
それで俺は結局呼び出された場所に到着した。
「せんせ〜!」
学生が手を振っている。その後ろではいつも質問をしてくる彼が頭を下げている。
正直二人が話しているところは見た事がなかった。どんな関係なんだろう。近づいていく。
「急に呼び出してしまってすみません。」
「構わないよ。息抜きも大切だ。」
「息抜きになるかは分かりません。先生真面目に聞いてあげてください。」
「うん、どうした?」
「この子が話したい事があるみたいなんです。きっとこの子はとても悩んでいます。」
女子学生が彼の背中を押した。
「先生。僕、先生の事が好きです。」
俺は少し困惑した。
「先生は男だ。美形だけど。」
「愛に性別は無意味です。」
「では愛について語りなさい。」
「この気持ちが全てを語っています。」
「ではそれを伝えてみなさい。」
「初めてあった時からかっこいいと思ってました。先生と話す時はいつも緊張して、先生の声はいつも頭の中にこびりついて、先生の暖かさに包まれるような妄想をベッドの中でして、それから...…」
「分かった。ありがとう。もう時期お昼になるしどこかへ食べいこう。君もどうだ?」
俺は女子学生も誘った。
「私友達と用事あるので!」
結局俺たちは二人で大学から近くにある定食屋さんで食事を摂ったのである。

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僕はいつもとても緊張するのに、大切な言葉だけはするりと出てきてしまう。まるで心から愛を感じていないかのよう。確かに僕は愛を哲学に添えた。愛を俯瞰しているという事だ。本当の愛など掴んでいないのかもしれない。でも結局僕は、大好きだと確かに感じたこの気持ち。この気持ちが如何様に変容しどこまで突き進んでいくのかが見たいだけだった。
定食屋さんで先生と話す時ももうそれはそれはするするとどんどん言葉が出てきて、またもや愛を伝える大会になってしまっていた。

身体も出そうになった。それだけはダメだと自制していた。

最後に先生の目を見て云う。
「それだけ先生が好きなんですよ。どうしてですか?先生からの愛の言葉も聞きたいですよ。」

思えばこれが"愛されたい"の芽生えだったと思う。

「今日はありがとう。またご飯食べに行こう!」
そんな、関係性の曖昧な言葉を残して先生は私の前から消えた。どうせそのうち会えるにしたって今日はもうさようならしたわけだ。

「なんなんだろう。僕の事をどう思っているんだろう。いや、この関係性の中では僕は私になるのかな。いや、僕は僕だよ。私ではない。それで、僕は先生が好きだ。その気持ちから全てが始まった。...…」
先生にはこんな話をした。
「先生、好きです。先生の横顔が良いなと思います。先生、唐揚げ食べてみてください。美味しいですよね。じゃあ先生、私も食べてみてください。冗談です。すみません。先生、先生はどこで哲学を学んできたのですか。先生の授業は面白いですが、僕は先生そのものの方が面白いと思います。でも僕は先生の事を何も知らないのです。いつか教えてください。今も沢山気になることがあります。急に質問したら変ですよね。気持ち悪いですよね。先生、先生は奥さん居ないって聞きました。先生、聞いてますか?」

僕は多分思いのほか多弁なんだなと思う。いやきっとこの頃は虚空に何も浮かんでいなかったからかもしれない。
あの日僕にあの光が見えてから、語らずとも悟れるような気分になって口の使う意味も使い方も分からなくなってしまったのである。

13
翌日は疲れたからか頭がどんよりしていた。
いつも話しかけてこないあの女子学生が今日も珍しくお昼に誘ってきた。
「予定無いならご飯だべよ。」

「昨日あの後どうだった?どこまで行った?」
「ご飯食べて帰ったよ。沢山話したけど先生は静かだった。」
「それはきっと君が絶え間なく話していたからだよ。なんの話しをしたの?」
「先生を好きな話。」
「ちょっとあなた、そういう時はもっと普通の話をするのよ。愛を伝えたってしょうがないじゃない。まだ浅い関係なのだから。」
「恋には多様なやり方があると思う。」
僕はそう反論した。

きっとそれでよかった。僕は昨日何も間違えてない。先生は今何してるかな。どんな顔してるかな。先生が今いつも通り生活しているのなら僕はいよいよ確かに悪くない。

僕は重ねる。
「先生はどうしてるかね?」
「うーん。きっといつも通りまた研究してるんじゃないのかな?」
「先生はいつも研究してるの?」
「助教授だし。てか、だしってのもおかしいけど大学の先生だし。」
「あぁなんかまだ高校生の気分だ。高校の先生のような暮らしかと錯覚してた。」
「何それ甘い気分って事?青春って事?」
「僕はいつも大事な時に大事な事を取り逃がす。そうしてどこか宙に浮いた自分が生まれて後で気づく。」
「そうなのね。何も言えない。」
僕達は、食べた食器を片付け、人で溢れた学食を後にしてそれぞれのいつもの空間に戻って行った。

14
唐突に過ぎていく日々の中で僕は目印を打ち込みたくなる。しばらく誰とも会わない間に日々はあっという間に過ぎていった。その時間がとても無駄であるような気にもなった。本当に僕を満たしてくれるものってなんなのだろうか。

僕は街を歩く。駅前まで来てしまったからご飯でも食べて帰ろうと思う。
あぁ、と僕は思う。
せっかくご飯食べに来たなら写真でも撮るか。
今日はちゃんと目印を作れた。刺青のような感覚だった。一生身体に残っていくのだろうな。はっとして先生の事を思い出す。今どこで何をしているのだろう。そうやって考えることが恋なのか。でも恋なんてどうでも良い。僕は哲学として愛というテーマを得た。
愛について考えたい。それにはまず僕がこれだけ愛しているというありったけの言葉を見つける事。
愛しているということは、一人でご飯を食べてもつまらないという事。
これはどうだろうか。多分正しい。
愛しているということは、その人のことを考えていないと気が済まないという事。
これも正しい。
僕は面白いやり方を見つけた。こうして、僕の抱える愛について一つ一つ見つけていこうと思った。

日常生活の中でこんなにも見つけられるのだなと感嘆したと同時に自分の執拗な愛が少し怖くなった気もした。愛についてテーマを見つけるまでそもそもこんな愛する気持ちについて考えてないし大切にしていない。愛は自分自身でも少し重苦しく感じる代物でもあった。

15
翌日また先生に誘われてご飯へ行った。待ち合わせをしていると妹から連絡が入る。
「もしもし?お兄ちゃん?誰とご飯食べてくるんだっけ?」
「大学の友達だよ。」
「帰る頃電話してってママが。」
「はいよー。」
「じゃあ楽しんできてねー。」
ちょうど電話が切れる頃、先生は後ろにいておどかしてきた。
「ちょっとびっくりしたじゃないですか〜。」
そしてその日、僕は確信的な話をした。
「先生、僕は男の人を好きになってしまいました。」
「ゲイだと思ったことはありません。」
「でも先生となら、どこまででも行けます。」
「なんか、ずっと一緒にいたいって。」
「こうして美味しい物食べたいって、思うんです。」
先生はこう返した。
「そうなんだね。僕は君の事は何も気にしてないよ。君がどんな存在でも構わない。でもまだ僕にとって君はただの学生だ。僕の秘密をひとつ教えてあげよう。それは小さい時の話...…。」
ここで先生が秘密をひとつ教えてくれた。
「僕はチーズケーキが大好きだったんだ。友達と家の周りを走り回っていると、見慣れないケーキ屋さんがある。君に影響されて俺も一人称が僕になってしまっているね。でも小さい頃は僕だったんだ。まるで今の君のように。僕はそのケーキ屋さんに入った。友達も追いかけて入ってきた。そこには美味しそうなタルト、ショートケーキ、もちろんチーズケーキもあった。すると店主が出てきてこう云った。お金が無いなら買えないわよぼく達。それでも僕も友達もケーキに釘付け。店主は黙って見守っててくれた。そして僕は気づいたら家で寝ていたんだ。熱を出していたみたい。今のは幻覚だったの?って驚いた。あとから聞いてみるとそんなお店もなかった。人は弱っている時に妄の中で理想を叶えるのよ。僕は食べる事は出来なかったけれど、食べる事に大きく近づいた。そして、目が覚めると母は、良くなったかしら?良かったらこれ食べない?と云ってチーズケーキをくれた。この体験から学んだことは、弱っている時はよく夢を見てそれはなんとまた叶ってしまうという事。これは僕の哲学のひとつでだけど誰にも話していない。」
「それのどこがひみつなんですか?」
「僕の大事な哲学だよ。」
「そんな長い話よりもつむじが右巻きだとかそういう事を知りたかったな。」
「残念ながら、つむじは左巻きだ。そして隠してはいない。」

でも本当は嬉しかった。ひみつと言われてもあまりピンと来ないけれど先生はきっと愛の印になにか有益なことを教えてくれた。そして、先生を弱らせてみようと少し思った。

16
私は最近、お兄ちゃんの様子が少し変だと思う。いや、別に構わないのだけれど、浮かれてるのとも違う、少し固くて脆い感じがある。
「ママ〜。最近お兄ちゃんなんか変だよね〜。」
「あ〜そうね。何となくいつもと違うような感じはするわね。」
「何かあったのかな。彼女かな?なんかでも違う感じ。」
「案外彼氏かしら?いやいや、お兄ちゃんでもそんな人じゃ。」
「ゲイってこと?なんかそんな感じは最近増してきたけど。」
「うーん。まァ放っておいていいと思うわよ。そんな恋愛なんて自由だもの。」

どうしても私は気になってしまう。お兄ちゃんがゲイだなんて驚いてしまう。お兄ちゃんに好かれるように私も頑張ってきた。それは内緒の誰にも言えない話だけれど。

今度お兄ちゃんに聞いてみよ!
でもなんて。
何を聞けばいいのやら。

そんな事を思いながら、最近いい事あった?って聞けばいいかって思って、部屋に戻って本の続きを読み始めた。

❊❊❊❊❊❊❊❊❊❊

Part2です。

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