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先生







「やってるかい?」

「あいよ~。らっしゃい」

「いやぁ今日は冷えたねぇ」

「寒の戻りってやつですかねぇ」

「こんな日には一杯引っ掛けて温まりたいもんだぁね」

「そうですね。ささ、どうぞ一杯」

「お、すまないねぇ」

「お客さん、この辺りの方ですかい?」

「ああいや、ちがうのよ。おれぁ今日はちいとした小間使いでね。こっちの方に来たもんだからよぅ……かぁ~っ!美味い!仕事のあとのこの一杯!この一杯の為に生きてるって感じがすらぁ!親父、もう一杯だ!」

「へいへい…、じゃあアレはもう見ましたか?鼠観音」

「鼠観音?なんだいそりゃ」

「鼠を使いに寄越してくれるありがたい観音様で。病気とか悪いもんはみ~んな鼠が食べてくれるんで」

「へぇ、鼠ってぇとなんだか気持っち悪くて病気を運んで来そうなモンだけっども」

「十二支の一等は鼠でしょう。鼠ってのは案外縁起がいいもんなんですよ」

「そう言われてみるとそうだなぁ。はは、じゃあ明日帰る前にちらっと立ち寄ってみる事にするよ。親父、たこくれるかい」

「たこですね。あい、どうぞ」

「そうそう。これよこれ。よ~く煮てあって真っ赤なたこ。おれぁこいつに目がなくてねぇ……って、おいおい、なんだいこりゃあ」

「どうかしましたか?」

「このたこ、足の先っちょがまだ生だぜぃ」

「ああ、そいつぁ先生ですや」

「先生ぁ?」

「ええ、この辺じゃあね、大体料理はなんでも先っぽだけは火を通さず生にしとくんです」

「どうしてそんなバカげたことを」

「先っぽの少しは鼠さまにお供えする為ですよ」

「そうか、なるほどねぃ」

「なんでも先だけ生に出来たら良いんですけどねぇ」

「出来ねぇもんのあるのかい?」

「ええ。この卵は。先っぽだけ生卵って訳にもいきやせんから」

「ははは、ちげぇねぇや。良くて半熟ってところだな」











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