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青髪







「あ、女将」

「はい。どうかなさいました?」

「あ、いえ…なんでもないです」

「…そうですか。また御用の際はいつでもお呼びくださいね。失礼致します」


私の真意を知ってか知らずか、否、たとえ知っていたとしても私が口に出さなかった事を詮索するような事はせず、女将はにこやかに朝食を下げて部屋を出て行った。

青髪の女将。
私は青い髪の女将で有名な旅館にやって来ている。なんでも女将は異世界から転生してきたらしい。人工的ではなく、それでいて神秘的な色艶を湛えた美しい青。

ここの旅館の売りは、景色でも温泉でも料理でもなく、青い髪の女将だと、私は思う。女将の青い髪見たさに宿泊客が訪れる為、予約を取るのに随分な時間と労力を費やした。

だがそれを労って余りある女将の髪の美しさ。
ここへ来て、本当に良かった。

女将が言うには、元居た世界では青い髪は珍しくもないのだと言う。だから、皆に綺麗だ綺麗だと言われる事に、はじめは抵抗があったらしいが、今ではそれでお客が喜んでくれるならと、思い直したそうだ。

だから私の先ほどのぶしつけな視線ついでに「綺麗ですね、その髪」と吐きかけて辞めたたその言葉を、女将はおそらく察していたのだろう。

きっと何度も言われて辟易しているかもしれない。そう、私は思って言うのを躊躇ったのだ。同じやり取りを何度も何度も繰り返すのは苦痛だからだ。

けれど、それでも。
あの女将は、まるで初めて言われでもしたかのように喜んでくれるのだろう。



ああ、またこの旅館に泊まりに来よう。










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