「モンストロマン」2-2

 狸小路を出た後、二人は薄野の中心に向かって歩きだした。通りの人間はさきほどより、はけていた。飲食店に人が集まる時間だ。こんな時間に腹をすかせたまま歩くのは、誰にとっても耐え難いことかもしれない。道は相変わらず雪が残っていたが、朝よりは踏み固められていて歩きやすい。人の足跡はやはり、どれも飲食街の方へと向かっているのが見て取れた。
「ちょうどいいや、調べるついでに昼飯も食っていこうぜ」キティが言う。
「そうだね。僕も何か食べたいと思っていたところだ。キティはもう何にするか決めたかい?」
「いんや、これから考えるとこ。いっそ考えずにフィーリングで決めるのもありだけどね」
「今日は少し、冒険してみるのも良いんじゃないか?」
「じゃあ、フィーリングで」
 気の向くまま歩くキティに付いていくと「満福」という名前の中華店に辿りついた。そこは、ここいらで唯一、中華風麺が食える店で。外食をするときにいつも二人で訪れる店だった。
「結局、いつものところじゃないか」ジャックが文句を言う。
「うるせえよ。腹の虫に任せたらここについたんだ」キティはジャックを軽く小突いた。
「冒険ってよりは帰郷って感じだ」
 横開きのガラス戸を開けて中に入る。入り口近くのテーブルで、暇そうに新聞を読んでいるのは見知った店主の「ユウ・チェン」という男だった。彼はこちらを見ると笑顔を向けた。
「いらっしゃい。二人は今日も中華麺か?」
「うん、私はいつもの。ジャックはどうする?」
「僕も一緒ので頼む」
「結局あんたも冒険してないじゃん」
 ユウは注文を聞いて、元気に返事をすると厨房に向かった。厨房は客席から見えるようなオープンな造りになっていて、そこには彼の妻も居た。
「麺二丁!」
 丸テーブルの席を選んで腰を下ろす。これも、いつもと同じ定位置だった。
「なんかさ。あたしらの知らないところで人が消えてたなんて、ぞっとするよな」キティが切り出す。
「うん。単に抗争で消えるなら、いつものどおりの薄野だ。だが目的もわからない人さらいなんて不気味だね」
「そうなんだよ、なんのためにって感じ。薬売るのに人を集める理由……、ジャックは何か思いつくか?」
「いや、見当がつかない。そもそも関係があるかもわからないのに、考えてもしかないんじゃないかな」ジャックは椅子に背を預けて、天井を向く。「それに僕は頭脳労働に向いてない」
「千年生きてきた知恵とかないのかよ? 圧倒的な年の功はどうしたのさ」
「ただ長く生きてきただけじゃ、そこまで賢くなれるわけでもない。僕が知っているのは、僕が経験したことだけだ」
「ふうん、例えば?」
 ジャックは目を閉じて一瞬考える姿勢を見せたが、結局は何も答えなかった。
「あんた、自分のこと話してくれないよね」
「オチの無い話は嫌いなんだ」ジャックは微笑む。
「なんにも言わないよりはマシでしょ。せめて、どこ出身で、どんな仕事してた、とかぐらい聞かせてくれてもいいじゃん」
「そうだな……、まあ簡単にいうなら。僕は船乗りだったよ」
「簡単にってとこが気になるけど」
「ううん、まあ。色々なことをしていたからね。一言で何って言ってしまうのが難しい」
 そうこうしていると、ユウが料理を盆に載せて運んできた。中華麺二人前、味噌ベースにコーンをすりおろしたペーストと、バターが加えられている。麺は黄色い卵麺で、漂う湯気に乗った小麦の香りが食欲を刺激した。
「おまちど! ゆっくり食べてね」
「頂きます」二人は手を合わせた。
 箸で、麺を楽しむ前にスープを一口飲んだ。
「僕が死んだら、満福の中華麺を墓に供えてくれ」
「あんた、死なないだろ」麺を啜るのを中断してキティが言う。
「そんなことは分からないさ。いつか、こう、限界が訪れて、ぽっくりと逝くことがあるかもしれない」
「ジャックは死ねた方が良いのか?」キティが訊いた。
「さあ、どうだろう」ジャックはそう言って綿を啜る。「分からないな」
「自分のことなのにわかんないって、なんか他人事みたいだな」
「歳をとるとね。考えてもしかたないことを、無理に考えたりしなくなるんだ」
「今のセリフすっごく、爺臭いな」
「これが年の功」
「なんか違くない? それ」キティが笑う。
「ごちそうさまでした」ジャックは箸を置き、手を合わせる。「しかし、胃袋が年を取らないことだけは救いかな。躰だけは永遠の二十代」
「早いな。ちゃんと噛んで食べてる? じゃなくて、この後はどこから回る?」
「でかい店を順番に回っていこう。全部で聞いて回れば、まったくの空振りってこともないだろう」
「結局は足で稼ぐことになる……、なんか探偵みたいだ」キティはわざとらしく目を回した。
「ホームズ?」ジャックがきく。
「いんや、マーロウ……」キティが言う。

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