「モンストロマン」2-7

 午後、四時半。ジャックは薄野の中心に戻ってきた。日が傾く頃にはバー「ベアハッグ」でキティと落ち合う約束だったが、少し遅刻したかもしれない。
 ベアハッグは小さい店だった。雑居ビルの地下でひっそりと経営している酒場で。それを揶揄して、ここを文字通りの潜り酒場と言う客もいる。ジャックは、地階への入り口を通り、階段を下りていく。階段を下りた先には重そうなドアがある。そこにはペンキで「BAR」と書かれていた。
 中に入る。客はいつも通り少なかった。音楽は海の向こうでは流行りのロックが流れている。バーテンダーが酒を作るスペースの壁は鏡張りになっており。店主が背中を向けていても、客が見えるようになっていた。ジャックがカウンター席に腰掛けると、目つきの悪い、スキンヘッドの店主と例の鏡越しに目が合う。ジャックは彼、ソコロフと数年の付き合いがある。しかし、笑っているのを一度も見たことが無かった。
「こんにちは……、いや、こんばんは、かな。微妙な時間帯だね。ソコロフ、君はどう思う?」ジャックが話しかける。
「ジャック。俺は喋るのが嫌いだ」ソコロフは舌打ちをした。「黙って注文だけしていろ」
「黙っていたら注文ができない」ジャックが返す。
「減らず口を叩くな。何かオーダーするときだけは発言を許してやる」
「じゃあイチゴサンデー」
 ジャックの注文を聞いたソコロフは、ジョッキにスプーンを突っ込んで寄こした。
「馬鹿には見えないアイスクリーム? ああ、悲しいな。僕には君が丹精込めて、盛りつけてくれたはずのパフェが見えない」ジャックが苦情を言う。
「自分でやれ」ソコロフはカウンターの端にある、備え付けのアイスクリームマシンを指差した。「セルフサービスだ。俺は酒しか作らない」
「ひどい店だ」
 ジャックは渋々席を立ち、アイスクリームマシンのところへジョッキを持っていく。マシンには、イチゴ、メロン、バニラ、三種類のレバーがついている。イチゴのレバーを倒すと薄いピンク色のアイスクリームが出てきた。ジョッキをくるくると動かして、とぐろを巻くように調整する。アイスのタワーは欲張ったせいで倒壊寸前だった。少し食べて、かさを減らす。
 席に戻ると、カウンターの上に数種類のお菓子と生のイチゴが皿に載せて置かれていた。
「デコレーションも僕がやるのか?」ジャックが訊く。
「当たり前だ」ソコロフが答える。
「大人が、ちまちまと、アイスに菓子を刺して……、これ、キティに見られたくないな」
 棒状のクッキーを三本トッピング。てっぺんにチョコの板を差し込んだあたりで、店のドアが開いた。入ってきたのはキティだった。
「よう、ソコロフ。ジャックもいるな?」キティはジャックの服を見て、目を大きくした。「なんだその恰好。牧師に転職する気か?」
「言われると思ってたよ」
 いま着ている服はメイチスから借りたものだった。キティはそれを観察して、満足すると隣に座った。
「注文」ソコロフが一言。
「分かってるって。バーボンをダブルのストレート」キティが注文する。
 底の厚いショットグラスに琥珀色の酒が注がれた。彼女はそれを一気に飲み干す。
「収穫はあったか?」グラスを置いて、キティが言う。
「失踪事件についてはそれなりに」ジャックは自分の作ったパフェを味わいながら、今日調べたことをキティに報告する。子供たちを売っていた「パパ」のこと、そして、取引相手は「教団」を名乗っていたこと。ついでに、自分が牧師の格好をしている理由についても。
「そっちはどうだった?」ジャックは言う。
「『グランドローズ』『エヴァーグリーン』『メタンサイクル』。三つの店を順に回ってきた」
「大変だったろう? お疲れ様、キティ」
「どの店も共通して、大きい取引の予定があるみたいだ」
「相手はダグラスに薬を売ったのと同じ組織かな?」
「分からないけど。関係ないとは思えないだろ」キティが言う。「それにメアリから聞いた団体も気になる」
「そうだね。じゃあ、確かめてみるしかないか」ジャックはパフェの残りを、ジョッキを傾けてスプーンで掻き込んだ。「僕は今夜、ローズに入ってみようと思う」
「正気か?」キティはジャックの目をみる。「面白そうだ」
「こっそり入って、こっそり出る。運が良ければ取引の現場を押さえられるし。運が悪くても、何も起こらないだけだ。今回は平和な夜になるよ」

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