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短編小説

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#サスペンス

ステラの事件簿④《電子証明書、偽りと成る・肆》

 子供には子供の、大人には大人の領分がある。それを守っている限り、”世間” は誰にも牙をむくことはない。しかし時折、その領分を守らない人間が出てくる。それが大人であるとき、牙をむくのは周りの大人だ。  しかしそれが子供だったとき、牙をむくのは大人だけではない。その子の周りの子供達も、”世間” の名をかたり、牙をむく。 「変わったこと? んー、ないねえ……」  低く唸るような機械の音が身体を揺らす。部屋にはあちこちパイプが通っていて、赤や緑のバルブがまるで花のように無機質な部

ステラの事件簿③《電子証明書、偽りと成る・参》

 大人と子供の違いはほとんどない。ただ、年齢を重ねて経験をしているか否か、それだけだ。そしてそのことすら、その経験をきちんと自分の身に刻み込み、上手く扱えていなければ、その大人と子供の違いはないに等しいのである。 「本当に、先生が犯人じゃないんですよね?」 「違うの……! こんなの、これっぽっちも記憶にないし、アリバイ? だってあるもの!」  テレビ画面に映るある犯行現場の様子に、くぎ付けになっている男子学生と女性。  女性らしいデザインのレースカーテンの向こうから、オレン

ステラの事件簿②《電子証明書、偽りと成る・弐》

「大人気なさ」という言葉がある。いい年をして、それに不釣り合いな言動をすることだ。  でも、大人気なさは大人に対してだけの言葉じゃない。子供だって大人げない時がある。それは裏を返せば、子供だって、大人にならなきゃならない時があるということだ。  欧林功学園に通う男子学生の体操着が、1人の若き女教師によって盗まれた。しかしその教師は学生達に慕われる人気者で、同僚からの評価も高く、人柄もよい――  学園に通う1人の男子学生、星(ステラ)は、改めてこの事件に関して、カフェテリアで

ステラの事件簿①《電子証明書、偽りと成る・壱》

 大人の方が子供より偉い。けれどそれは、大人が大人である時だけだ。世の中には沢山の種類の人間がいて、大人がいて、子供がいる。だからその中には、「大人でない大人」なんていうのがいることも、全く珍しくない。  欧林功学園に通う男子学生の体操着が盗まれた事件――その犯人は未だ捕まらず、学園はセキュリティを強化するという形で、関係者からの非難に応えざるを得なかった。学園に通う1人学生、星にとってみても、わざわざセキュリティカードなどを持たされたり、警備員に挨拶せねばならなくなったり

ステラの事件簿⓪《体操着、鳥のように舞う》

 大人の方が子供より偉いなんていうのは当たり前の話だが、時として子供の方が大人を従わせることができることがある。それは第一に大人に余裕がある時、そして第二に、大人に余裕がない時だ。  「だ、誰にも言わないで! 違うの! これはちょっとした手違いで……」  「わかりました。じゃあ先生、僕のお願いも聞いてもらえますか?」  「で、できることなら……」  リビングルーム。ソファに腰かけた男の子は、傍らの大きな鞄を見やった。その中身を改めて確認すると、なすすべなく床にへたり込む女性

国を動かすのは右か左か、努力か才か

 努力論者の君には悪いがね、これからの日本は我々天才が牽引していくことになったんだ。だから君たちは速やかにこの国から去り、その泥臭く実効性のない理論を後生大事に、どこぞの国で「成功」なさってくれることを祈っている。それでは。  暗い、ひんやりとした地下室。打ちっぱなしのコンクリ―トが、暗闇の中にどこまでも広がっている。その広い空間には柱が1本としてなかったが、中央にぼんやりとした灯りがいくつも灯っていた。そこに、男が2人向かい合っている。  「国民の命はどうでもいいってのか