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第12走者 杉本流「薬屋のひとりごとと葬送のフリーレンの精神分析」

リレーエッセイは12月頃に「来年1月から始めよう」と川谷先生から提案されたと記憶しています。動機は川谷先生の前回テーマ「やりたいことがわからない」と同じでした。両者忘れていたので開始は2月にずれ込みましたが。私はサブカルチャー系の話しか能動的に書けないですよ、と伝えていましたので今回も同様の手法でさせていただきます。
 
さて、「退屈」についてバトンを頂いたので、関連した内容で。川谷先生はコナトゥス(意思・衝動・欲望)の枯渇が退屈を引き起こすと書かれていました。コナトゥスの回復は「遊び」ですが、ではコナトゥスの低下はなぜ起きるのでしょう。2023年より大ヒットしている二つの作品から、考察してみます。
 
 
・薬屋のひとりごと(小説:2011年~ 漫画:2017年~ アニメ:2023年~)
・葬送のフリーレン(漫画:2020年~ アニメ:2023年~)
 
 
「薬屋のひとりごと(以下薬屋)」と「葬送のフリーレン(以下フリーレン)」です。どちらも強い人気を博しましたがこの2作品には共通点があり、その一部にコナトゥスの低下を引き起こす誘因があるのではないかと思いました。AlexithymiaとPersistenceです。
 
・失感情症(アレキシサイミア/Alexithymia)
各々の主人公の猫猫(マオマオ)とフリーレン、原因は違いますがそっくりの特徴があります。失感情症といわれる状態で、自らの感情(言い換えれば、コナトゥス)を理解できなかったり、表現できなかったり、言語化できなかったりという状態です。無感情・不愛想の権化ですが、その原因とは?
 
猫猫:幼少期の虐待・家庭環境により「基本的安心感」が喪失しています(リレー2走、ハシビライノスケ参照)。ニヒリズム(虚無主義)と失感情症を身につけることでその苦痛を減らしたようです。達観・諦念の極致ともいえます。相手に期待しない・感情を動かさないことで痛みを減らすといった防衛反応です。
ちなみに、相方の壬氏(ジンシ)。同様に幼少期の家庭環境が過酷ですが、彼は躁的防衛(仮面)という手段をもって乗り切ります。不必要に笑顔を振りまき、元気な「ふりをする」のです。
 
フリーレン:一族の皆殺しなど過酷な体験もあるにはあるのですが、彼女の場合はどちらかというと「永遠性/永続性/ Persistence」によるものが感情(コナトゥス)を失う原因です。彼女は「エルフ」という種族であり、1000年以上の寿命を持つとされています。手塚治虫の作品漫画「火の鳥(未来編)」(1954~1988)、水野良の作品小説「ロードス島戦記」(1988~1993)でも同様の描写がありますが、要約すると「長年生きていると感動も感情もわかなくなる」ということです。フリーレンは繰り返される生活習慣によって感動を奪われたのです。そんなの普通の人間には当てはまらない、と思います?そんなことありません。哲学書「ソフィーの世界」(2003年)にてこんな描写があります。抜粋要約です。
 
「生まれたての赤ん坊がもしも「空に浮いたパパ」を見たらどう思う?喜んで手を叩くかもしれない。だって「人間は空を飛べない」という常識が無いんだから、楽しいにきまってる。でも、きっと隣にいるママは恐怖の反応をするだろう。ママの常識ではありえないことだから。」
 
これは、ヒトが「常識」という「いつもと同じもの」を無意識に使って、日々を営んでいることを表しています。例えば子どもはその日の夕御飯が何か、その前日が何だったのか、よく覚えています。新鮮で感動したから。でも大人は忘れます。だって、以前にも何度も同じものを食べたことがあるから。
 
子どもの頃の時間がすごく長く感じたり、記憶に残りやすいのは、それがその子にとって新鮮なものばかりだからです。単純な記憶力の衰えだけではありません、ヒトは感動が少ないものを記憶できないのです。この点に関しては現代脳科学でも証明されています。割愛しますが、錯覚や二度見といった事象誘因は「人は実際の目からの情報ではなく、経験・記憶からの情報を重視して生活している」「そうしないと脳細胞が疲れ果ててパンクしてしまう」からです。
 
★参考文献
・A.Clark,2013:いったい次は何なのか?予測する脳、状況に埋め込まれた行為者と認知科学の将来
・カルロ・ロヴェッリ,2021:世界は関係でできている、美しくも過激な量子論
(稲員先生、参考文献ありがとうございました)
 
・おもいこみとすれちがい
時代考証的に当たり前のことですが、両作品にはスマホがありません。何言ってんだって思うかもしれませんが、現代人にとってはこれ結構重要です。いつでも繋がっていられる安心感や一体感は何物にも代え難いものです。そして、相手が何をしているのか・何を考えているのかを把握しておきたいという願いをも叶えます。つまりスマホとは、スピノザ第一種認識(思い込み)を減らそうとする道具なのです(リレー第1走、参照)。
 
めぞん一刻(漫画:1980年~1987年)やYAWARA(漫画:1986年~1993年)という作品がありましたが、スピノザ第一種認識をくすぐる作品でした。すれ違いや三角関係でドタバタするわけです。でもこれ、令和の子たちにはなかなか共感されないと思います。だって、スマホがあればほぼ解決なのですから。待ち合わせのずれや連絡不足による不具合なんて起きません。つまりスマホが無いともどかしさやドラマが生まれる余地ができ、作者からすると「遊び」が生まれやすいのです。
 
猫猫のほうは意思疎通の苦手さ、フリーレンのほうはジェネレーションギャップ(多種族との寿命の違い)によって思い込みやすれ違いが起きており、それが読者にはもどかしく応援したくなるのかもしれません。
 
 
以上が共通点です。次ページからは各論、というか2作品個別の内容について少し触れます。
ネタバレ問題なければ次へどうぞ。
 
 
 
 
 
薬屋各論
 
・「これ、毒です」
当院にも貼ってありますが、この文字と共に厚労省が発行しているポスター、御存知でしょうか?処方箋薬の飲み合わせや過剰摂取に対する警鐘ポスターなのですが、なぜか猫猫が担当しています。実験と称して大量服薬や服毒する彼女が、この役目を担当していいのかという疑問は残るんですが。
個人的な体感では、処方箋薬や市販薬の大量摂取はコロナ禍の頃から急激に増えてますね。誘因は様々でしょうけども、特に未成年の薬局通いが心配です。アルコールと同じように、未成年の市販薬購入には何らかの法的整備が必要なのではないかなと考えています。正直アルコールより危険ですよ、未成年の市販薬過剰摂取。
 
・相貌失認(Prosopagnosia)
猫猫の父、羅漢(ラカン)。色々と問題のある変人ですが、その原因の一端となっているのが「人物の顔を認知できない」相貌失認という状態です。彼のように「囲碁・将棋の駒に見える」は創作でしょうけど、概念自体は実際にある原因も治療法も不明の病気です。もし人物(特に、母親)の顔や表情が理解できない場合、子供はどうなると思います?想像してみてください。その子はとんでもない恐怖の世界に落とされてしまうでしょうね。多くの場合は愛着や愛情に関する問題が出現し、誰かを愛する、愛されるという感覚に障害が出てきてしまいます。
ちなみに、「聲の形」(漫画:2011年~2014年 映画;2016年)という作品でも似た状況があります。後天的なストレス(裏切り・イジメ)によりヒトの顔に「バッテン」がついてしまい、表情や感情が認知できなくなるという描写が印象的でした。
ヒトは、相手の顔が見えない・読めないと不安になってしまうんです。精神科医療において、電話やオンラインでの治療が難しいのはそういう面もあると思います。オンライン通話、カメラ位置の関係で視線が合いませんよね。あれってきつくないですか?
 
・はちみつ
劇中、ある人物が乳児に(よかれとおもって)ハチミツを与えてしまったために死亡させてしまいます。乳幼児に対するハチミツの危険性は現代医学では常識ですが、作中時代ではまだ知られていなかったことです。そのことを隠そうとして様々な歪みが出現するのですが、医学・薬学・心理学知識を駆使して推理小説のように犯人探しをするおもしろさの他にも、犯人側の悲しい心理が見えて個人的には好きな章でした。
 
以上、薬屋の精神分析でした。最後にフリーレンについて少しだけ触れます。
 
 
 
 
 
フリーレン各論
 
・設定の死角
定番ってあるじゃないですか?「水戸黄門」は終わり間際の15分に印籠が出る。「戦隊モノ」「プリキュア」「仮面ライダー」の格闘シーンは序盤負けて、最後に必殺技で勝つ。プロ野球の試合でも、最後はだいたいいつも同じ投手が投げる。野球については抑えピッチャーが投げたからといっていつも勝てるとは限りませんが、ある程度の安心感が生まれます。第10走でも触れられていた恒常性(ホメオスタシス)と呼ばれるものですが、新鮮さが少ない(=コナトゥスが低下する)という弱点があります。共通点で書いたことと似た部分です。
 
フリーレンの世界の定番は「勇者が少数精鋭で魔王を倒すこと」です。この系統の話は多いですが、日本で定番となったのは1980年代にゲーム「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」などが発売されたのが最初ではないかと思います。フリーレンも御多分に洩れず魔王討伐はするのですが、第一話で、です。話の本筋が「討伐のその後」というのは珍しく、読者はいつもと違った展開に「思考の死角」を突かれた形になります。「死角」はその人にとってあまりにも突拍子の無いものだと受け入れられませんが、絶妙なものだと強い興味と快感を生みます。そこを上手く利用しているなと感じました。
 
ちなみに、後日談系の話自体は多いし、人気です。例えばシンデレラの結婚式後とか知ってます?結構凄い内容です。サザエさんの10年後、30年後とかも思わず見たくなりますね。興味のある人は調べてみたらどうでしょうか。
 
・ギャップ
設定の死角は年齢と容姿にも関わります。小学生くらいの子に「フリーレンは1000歳なんだよ」というと、みんな目を白黒して驚いてます。姿形は少女なんですから、想像もできないですよね。設定・容姿・性格など、フリーレンはギャップの魅力を駆使した作品だと思います。ギャップに関しては他作品でも思うことがあるので、機会があればまたそちらで書いてみようと思います。
 
以上、フリーレンの精神分析でした。
次走者の岩永先生へバトンを渡します。
 


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