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元カルト二世の私の話

「あなたは自分のことは好きですか?」
私は自分のことが大好きです。何言ってんだこいつと思ってもらってOKですよ。
日本人は慎み深い人が多いから、なかなかハッキリとは言えませんよね。

今は毎日好きなことをして、マイペースに過ごしている私も少し前まで自分が好きになれず、自信がありませんでした。
何をしていても自分が正しいことをしているか、間違ったことをしてないか常に不安で罪悪感でいっぱい。それには普通の人とは違う理由がありました。

カルト二世としての生い立ち

私は母の影響で生まれた時からエホバの証人二世として育てられました。ずっと自分の宗教を正しいと信じて生きてきたのです。同時に宗教の教えに縛られて、みんなが普通にしていることをすべて我慢しました。誕生日、クリスマス、ひな祭り、子どもの日。校歌や国歌は歌えません。運動会の種目や大学の発表まで、内容によっては不参加か私だけ内容を変更してもらうことも多々あったのです。

学年には同じ宗教の子が私の他に二人いたので、参加できない行事の時は一緒に先生にお願いに行ったりしました。仲間がいて心強い面もありましたが、ある子は信仰の自由だからと校歌を歌っていたり、私たちが不参加の行事に参加していたのです。

この時、私は「これが信仰の自由なら、その他の禁止されてることも自由ではないの?」と矛盾を感じましたが、さすがに親には言えませんでした。
教えについて、「これは他の箇所と矛盾する、これは暴論では?」と思っても絶対に言ってはいけない雰囲気が組織中に漂っていたんですね。今思えば、そんな信者がいたら、「これはおかしい!」って気づいて洗脳が解けちゃうからだと思います。

学生時代に告白されたこともあったし、好きな人もいましたが恋愛は禁止。証人同士じゃないと結婚は許されないので、結婚は諦めていました。

エホバの証人は布教活動のため仕事がパートタイムの人が多く、正社員の男性がほとんど皆無でした。大卒となるとさらに少なくなり、信仰は同じなのに、まったく尊敬もできない人ばかりで組織の中での結婚願望はゼロ。

この時点でおかしな宗教って気づけよ!ってツッコまれそうだけど、生まれた時からの洗脳って本当に強いんです。誰でも何かしらの洗脳にかかってるいます。気づいていないだけなんです。

そんな人生を四半世紀ほど過ごした私は相当偏った考えで劣等感が強く、いつも不機嫌な人でした。
普通の人みんなをバカにするつもりはなかったけど、ルールを守らない人や平気で他の人に迷惑をかける人は心から軽蔑していました。「この人たち救われないだろうな」って。何様なんだと思われそうですが、生まれた時から洗脳されていると簡単に偏った思考に陥ります。

「自分は真理を知っているから、みんなのお手本になって聖書を学んでくれるようにしなきゃ」と思っていました。だから、時に上手くいかない自分が許せなくて、いつも惨めな気持ちでした。

「神に仕えているのに、正しいことをしているはずなのになぜ?」

同じ信仰の人たちは穏やかでみんな優しかったですが、どこか不安そうで自信がありませんでした。例外もいましたが、それは組織を利用してうまい汁を吸うタイプのクズ信者でした。いつも自信たっぷりで口だけ。ろくに働きもせず、布教活動もしないのにコイツは指導的立場だったのです。

こんなことは組織内でよく見られたため、「神が作られた組織のはずなのにおかしくね?」と思ってました。でも、言えませんでした。

「ずっとずっと、何か変だ。間違ったことを信じているのでは?」と薄々感じてはいたが、組織を抜けるとは言い出せませんでした。私は洗礼に当たるバプテスマを受けていたので、抜けたら信仰している家族と絶縁しなければならなかったのです。母と弟と。

組織の人とはもう挨拶すら交わせなくなります。幼い頃からの友人や自分の姉、兄、父、母、祖母、祖父のような人達も大勢いました。そして何より、生まれた時から信じてきたことが間違いだと認めることは、今までの人生すべてを否定することにほぼ等しいです。それはあまりにも恐ろしかったです。


組織の間違いに気づいた時

半ば絶望と諦めの中で活動を続けていた矢先、転機が訪れました。
アメリカにある本部の組織の最高指導者たちが日本に向けてリモートで講演をすることが知らされました。

彼らは統治体と呼ばれ、組織でもっとも重んじられた人たちです。

とても素晴らしい話だろうと期待していたのに、これがとんでもありませんでした!

ざっくり言うと(ぶっちゃけ詳しい話は忘れました💦)
「世の人(未信者)からは悪い影響を受けるから、関わるのをやめましょう」

「彼らは神によって滅ぼされる人々です」

これにはめちゃくちゃに腹が立ちました。「世の人はまだ真理を知らないだけでいつか信者になるかもしれないから親切に接するように」と何十年も前から言ってたんじゃないんですかー!?

教えでは信者以外はハルマゲドンの時に救われないことになっていましたので、「自分たちだけ助かればそれでいいんかい!?」と開いた口が塞がりませんでした。

私の周りには未信者の友人もたくさんいました。何なら信者の友人よりも私を慕ってくれた人もいたんですね。そのため、信者ではない人をバカにするような発言は我慢できませんでした。講演の後は家で悔しくてめちゃくちゃ怒り、泣きました。

泣き疲れて落ち着いた時、

そうだ。とりあえず、集会に行くのはやめてしばらく休もう。それでも、今回の話は正しい。これが私に生きる道だ。と思うならまた行くことにしよう」

と思いました。

当時、集会と言って信者が週2回集まり、ともに聖書を学んだり、テーマに沿って発表したり、講演を聞く機会が設けられていました。コロナの影響で最近はリモートが多いようですが、今もあります。基本的には体調不良や特別な用事など、よっぽどのことがないと休む信者はいません。休むと他の信者からなぜ休んだか聞かれるし、集会の内容を録音したものを渡されたり、休むなという圧力が半端なかったです。

だから、集会を休もうというのはよほどのことがないと考えにも浮かばないものでした。母に話したらどうなるかと思ったが、母も例の講演に違和感を感じ、しばらく休みたいという気持ちだったのです。私はラッキーでした。ここで家族との軋轢が生じると、その感情に引っ張られてズルズルと集会に通い続けてしまいますからね。

その結果はとてもシンプルでした。洗脳は常に相手を洗脳状態にしたい情報にさらしていないと継続できません。今まで信じていた教会の文書は矛盾だらけで、前提から結論が全く導き出せていないことに気づきました。大学生のレポート以下の内容にずっと騙され続けていたのでした。

気づいた時にはとてもショックでした。生まれた時から25年近く私の物事の判断基準は、「教会の教えに合っているかそうでないか。神から見て喜ばしいことかどうか」だったからです。「若い時の貴重な時間をほぼ無駄にしてしまった。今からどうやって普通の人みたいに生きたらいいんだろう。自分で自分の幸せや正しいと思うことを決められるだろうか。」

そうやってしばらく悩み続け、母への恨みのような感情も2週間くらいは存在していました。「母が宗教に騙されなければ普通の子供として、みんなと同じような人生を歩めたのに」だからと言って、私が宗教をやめるというのは母と絶縁することと同じです。未信者の父は、精神的に幼稚ですぐに癇癪を起こす人でまったく信頼できません。宗教をやめたいと思っても、母を捨てて父と生活するなんておぞましすぎることでした。


自分の中に見出した光

人生で最もつらく暗く沈んだ気持ちの中で、「こんなにつらいのならもう細かいことは気にせず、前に進んでいけばいい」と言う考えが心に光のように灯った。気持ちがどん底まで落ちると人間開き直れるんですね!

「ずっと間違ったことを正しいと信じていたけど、そんな人なんて世の中にたくさんいる。洗脳されていたと思っていたけど、みんな何かしらの洗脳に遭っている。まっさらで自分の判断しか持ち合わせていない人は存在しない。自分の人生をスタートするのが人よりちょっと遅くなっても、これから恋愛や結婚だってできるし、できなかったことはこれからいっぱいやればいいじゃないか!」

堅い決意のような自信が突然に湧き出てきて、この瞬間から私は生き方を変えました。自分では何も判断できず、不安で罪悪感だらけの私とは永遠にさよなら。

「自分で判断して行動し、結果の責任を取る」

当たり前のことですが、何かしらの信仰をもっている人にはこれが欠如していることが多いです。エホバの証人は「良いことが起こればエホバのおかげ、悪いことが起こればサタンのせい」と考えています。これでは物事の結果に自分の努力や判断が入ってくる余地はありません。自分の努力の結果と考えることは傲慢とさえ言われました。

「人間は神と悪魔の意思の間で振り回されるだけの存在なのか?」

「それは間違っている。自分の人生は自分で決める。神も悪魔も関係ない。幸せになると決めたら絶対になれる!」

その後すぐに母とともに組織を完全に抜けるため会衆の長と話しました。向こうは洗脳されているので、話は全く通じなかったです。「聖書のこの箇所は矛盾しているのでは?」と言っても議論になりませんでした。まるで別の惑星の住人と話しているかのように感じました。どんなに話してもなかなかやめさせてもらえず、何度か説得されました。数回の話し合いの末、こちらの意志が堅いので、ようやく断絶という形で今後双方から一切連絡を取らず、信者の名簿からも抹消されることが決まったのです。

私たち親子は組織の中でも模範的で評判の良い信者でしたので、やめさせまいという圧力が上から以外にも来ることを予測していいました。母が信者になったばかりのころからよく気遣ってくださった、組織の中でも相当なパワーを持っている女性がそうでした。私たちがやめるという話を聞きつけると手紙をよこして、遠方からわざわざ会いに来ると言ってきました。

彼女は私にとって祖母のような人で彼女も私のことを霊的な孫と言って、幼いころから本当にかわいがってくれました。この人が来るとなるとなかなか厄介でした。説得されて組織にとどまることはないにしても、彼女を悲しませたくない気持ちがあったのです。だが、彼女のほうで何か都合の悪いことが起きたらしく訪ねては来ませんでした。この時のことは何か大きな力が助けてくれたに違いないと感じています。

とても長く属していた場所なのに、終わってみると本当にあっけなかったです。私はタイミングが良かったので、家族全員が一斉に組織を抜けることができました。ですが、これはとても難しいので、組織を抜けたいと思っても抜けられない信者は大勢います。そういう方は仮面をつけて、組織とも世の中ともうまく折り合いをつけて生きようとしますが、相当しんどいのではないかと思います。私の幼馴染の男性は信仰ゆえに実の母と絶縁状態になりました。

いつの時代も宗教は人々を分断します。その教えゆえにです。家族が離れ離れになって喜ぶ神がどこの世界に存在するのでしょうか。聖書では神は家族の創始者とされているのにもかかわらずです。こう言っても洗脳されている人たちには通じません。「そうは言っても、そう教えられているから。」と思考停止状態。

私は、かつて信じた宗教を恨んでいるわけではありません。

そこでのつらいことも嬉しいこともすべて私のためになっているし、この経験をした私だからこそできることがあると信じています。

だから、今後このブログが宗教を抜けられずに苦しんでいる人や抜けたけど生きる目的が見つからない、寂しいと感じている人の力になれたらすごく嬉しいです。私も最初は大変でした。でも、徐々に過去と折り合いをつけて自分の幸せのために一歩一歩進んでいけました。あなたも絶対に大丈夫です✨

今回はちょっと重たい話になっちゃいましたが、これからが本番!ずっとぽっちゃりな私が-13㎏のダイエットに成功したり、彼氏なし歴=年齢だったけど、ハンサムで優しい主人と出会って結婚。なーんてハッピーで面白い話を書いていきます。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。かけがえのないあなたがどんどん幸せになりますように(❁´ω`❁)

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