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【シンガポール・リトルインディア編】小さな裏路地の物語④

この物語は、僕が旅をした中で、路地裏や道端で遭遇した人とのエピソードの1シーンを綴ります。実際に書いた千夜特急では出てこなかった方もいます。もしよろしければ、旅を彩る短いストーリーを小説風味でお楽しみください。

(思い付きで書いているため、時系列はバラバラに紹介していますが、その点はご了承ください。)


あらすじ

 初めての旅に出ることを決め、バックパックを担いで日本を飛び出たときだった。華やかな近代都市というイメージが強かったシンガポールの空港に降り立つと、その光景は想像を壊すことがないものだった。
 しかしシンガポールという場所は多民族国家のようで、中華系の住民以外にもマレー系、インド系が住んでいるようだ。
 そんな国の初日のことだ。夜中に到着した空港で日の出を迎えると、僕は朝からインド系の人たちが住む街を目指して列車に乗り込んだ。
 そしてリトルインディアという駅に着くと、そこは日本とは全く違った光景が広がっていた。



カップをすする老人



 リトルインディアの街を歩きながら、まだ慣れない景色に目を動かす。意図的に作られたであろう道路は先が見通しやすく、急に車やバイクが角から飛び出してくるような怖さはない。しかし初めての国、初めての街という状況は、僕にとってそれ以上の不安と高揚とを与えていた。


 二つのドキドキする気持ちが重なると、こうも生を実感するのだろうか。少し色あせた壁の赤い塗料ですら、それは眩しく真新しい。


 綺麗で近代的なものとは違ったシンガポールの一面を見ながら、僕は目的地すら決めることなく、路地裏をただ歩き続ける。


 幸い天気は良く、晴れた青空がより一層明るく地面を照らす。これが昼になるともっと日差しが強くなるのか。そう思っただけで、夏好きな気持ちは高まり、一歩を踏み出すたびに足裏からは、確かな刺激を感じていた。



 最初に行ったヒンドゥー教の寺院。

 その名もスリヴィラマカリアマン寺院。

 そしてただ宿のチェックインまで時間をつぶすための時の流れは、決して退屈なものではなかった。辺りには多くのインド系の人々が歩いており、それが僕の知らない世界を確かなものに変えていた。



 そんな人々の視線を時たま感じ、そしてまたときに優しく視線を返す。そんな世界を楽しんでいると、壁に塗られた多数の原色が僕の目に飛び込んできた。



少し目の奥が痛むほどの色の数は、赤、黄、黄緑を含んでおり、それぞれの色がまるで雲や煙のようにふわふわとした形として描かれている。そんな不思議な壁画の中心には、半身の女性の姿があった。


 彼女は大きな目を開き、髪を後ろで一つにまとめている。そして念じるように両手を合わせており、その手を不思議な輪が覆っていた。



 不思議な絵だ。その歴史や背景を知ることもない僕が、その絵に少し足を止める。そしてしばしの時間をそこで過ごした後、僕は再び足を動かし始めた。


 どうやら壁画はシンガポールのいたるところに描かれているようで、ストリートアートとして適切に街の景観を彩っているようだ。そして様々な壁画を見つけようと、路地をさらに奥へと進んでいく。


すると静かで人通りの少なそうな建物の壁に、一人の老人が描かれていた。



彼はカップをすすりながら、大きな荷物の前で一服する。しかしその鋭いまなざしは、こちらに視線を向けている。


 その視線がぶつかると、僕は再び足を止めることを余儀なくされた。

そのカップの中が何であるかを想像させないくらい、

その目と皴には味があった。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

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