mRNAワクチン接種者の体内にスパイクタンパク質は長く残るのか?
今回は、「〇〇からmRNAワクチンが検出されたシリーズ」の第5回です。
タイトルがいつもの「〇〇からmRNAワクチンが検出された件について」ではありません。シリーズとしてのタイトルは「血中からmRNAワクチンが検出された件について」になるかと思いますが、「血中からmRNAワクチン」なんて当たり前過ぎて面白くなさそうですし、主旨が少しズレてしまいますので、タイトルを「mRNAワクチン接種者の体内にスパイクタンパク質は長く残るのか?」とさせていただきました。
mRNAワクチン接種後、スパイクタンパク質がどれだけ体内に残るかは、mRNAワクチン接種における最大の関心事の一つだと思います。一般的な感覚として、外部からの『異物』がいつまでも体内に残っていることは気味が悪いことは言うまでもないでしょう。
これについて、ワクチン接種を推進する厚労省やこびナビは、Clinical Infectious Diseasesに掲載された論文などを引用して、「長く残ることはない」としています。
一方、反ワクチン・ワクチン慎重派と呼ばれる人たちは、「mRNAワクチンが逆転写されてヒトゲノムに組み込まれ、永久にスパイクタンパク質が作られ続ける!」と主張したり、「スパイクタンパク質は抗体と結合して『複合体』を形成し、血中に長く留まる!(さらに、それが血管に詰まるから危険だ!)」と主張するなどして、スパイクタンパク質が「体内に長く残る」ことをアピールし、mRNAワクチン接種に対する不安を増大させています。
一つ目のmRNAワクチンの『逆転写』に関しては、ヒトゲノム中のレトロトランスポゾンの働きにより、メカニズム的には妥当な現象であるかのように思われます。しかしながら、それが起こる確率は「無視して良いレベル」であることは、私(翡翠)とワクチン慎重派と呼ばれる研究者たちの共通認識です。(「こびナビが、逆転写は絶対に起きないから安心だと言っていた!」などという批判は好きにしてください。)
そして、二つ目のスパイクタンパク質と抗体の『複合体(抗原抗体複合体)』に関して、実は反ワクチン・ワクチン慎重派も、ワクチン推進派と同じClinical Infectious Diseasesに掲載された論文を引用して、これが血中に長く留まると主張しています。
今回は、これについて詳しく解説したいと思います。
まずは、基礎知識の確認です。
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質は『膜タンパク質』と呼ばれる種類のタンパク質で、ウイルス表面などの脂質膜に刺さった状態で存在しています。そして、ウイルス表面の脂質膜に刺さっている側を『S2サブユニット』、もう一方の宿主細胞の受容体ACE2に結合する側を『S1サブユニット』と呼びます。
SARS-CoV-2が細胞に感染(侵入)する際には、まずS1サブユニットがACE2受容体に結合します。次に、TMPRSS2などのプロテアーゼによって S1 サブユニットと S2 サブユニットの間で2つに分割されます。 切断されたS1サブユニット側は膜から離れます。
通常、サンプル中のタンパク質の濃度を定量するためには、『ELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)』と呼ばれる手法が用いられます。
今回のClinical Infectious Diseasesの論文では、従来のELISAより感度が1000倍も高い、Quanterix社の『Single-molecule array(Simoa)』と呼ばれる手法が用いられています。(特殊なELISAと考えてください。)
論文に掲載された結果を見てみましょう。
13人の医療従事者のmRNAワクチン接種後の血漿サンプル中のスパイクタンパク質の濃度を継時的に定量した結果です。左のグラフがS1サブユニットを、右のグラフがスパイクタンパク質(S2サブユニット)を示しています。
スパイクタンパク質(S2サブユニット)は『膜タンパク質』ですので、血漿サンプル中にはほとんど検出されません。一方、スパイクタンパク質から切り離されたS1サブユニットは、血漿サンプル中にワクチン接種後1日目という早い段階で検出され、接種から平均5日後に最大となりました。その後は減少し、接種後14日目までにはほとんど検出されなくなりました。
以上の結果から、論文の著者は、「(接種後、)スパイクタンパク質(S1)は減少し、14日目までに検出されなくなった」と記載しています。ワクチン推進派は、この文言を支持し、「体内に長く残ることはない」としている訳です。
一方、反ワクチン・ワクチン慎重派は、S1サブユニットの接種後5日目のピークを境に、これに結合する抗体(IgGならびにIgA)の量が増加することから、「この2つが『抗原抗体複合体』を形成してしまい、体内のスパイクタンパク質の量を正しく検出することができない」、「体内に長く留まる可能性は否定できない」と主張しています。
確かに、スパイクタンパク質と体内で作られた抗体が複合体を形成した場合、スパイクタンパク質を検出するための抗体が、スパイクタンパク質に結合できず、正しく検出できなくなってしまう可能性が考えられます。
しかしながら、mRNAワクチン接種者の体内で作られるスパイクタンパク質(抗原)の量は人それぞれ違うでしょうし、抗原の量が違えば、それにより産生される抗体の量も違うでしょう。そして、当然、その2つから作られる抗原抗体複合体の量も人それぞれ違うでしょう。血中に単独で存在するスパイクタンパク質の量も複合体の量も分からない曖昧な実験結果を掲載し、論文の著者らは「スパイクタンパク質(S1)は、14日目までに検出されなくなった」と記載したのでしょうか?
それは、おそらく一般的な感覚からしても少しおかしいように思います。
結論から言えば、反ワクチン・ワクチン慎重派の主張は、間違っています。
論文の結果は、「抗原抗体複合体の核となる、スパイクタンパク質そのものが検出限界以下」であることを明確に示しています。
その根拠は、実験の方法(Materials & methods)の項目を見ればすぐに分かります。この「検出された」シリーズでは何度も繰り返していることですが、論文を読む上で重要なのは、どのような手順で実験が行われ、どのような結果が得られたかを正しくイメージできるかどうかです。それができなければ、「論文を読んだ」ことにはなりません。
実験方法を見ると、ワクチン接種者の血漿サンプルを、Quanterix社の販売する『Homebrew Detector/Sample Diluent』という試薬で希釈していることが分かります。
企業が販売する試薬は、その成分が非公開であることが多いのですが、この試薬の場合は幸いにも、その成分表が公開されていました。(『Simoa』による検出を行う過程で大量に消費するため、自作(Home-brew)する人のために公開されているのかもしれません。)
注目して欲しい成分が『Tween 20』です。
何のためにHomebrew Detector/Sample Diluent(サンプル希釈液)には、この成分が入っていて、どのような働きをするのでしょうか?
このTween 20の正体は、『界面活性剤』です。専門的で難しい言葉ですが、分かりやすい言葉で言えば『石鹸』です。
これを血漿サンプルに添加することにより、石鹸が汚れを落とすように、スパイクタンパク質から抗体を剥がすことができます。
つまり、Homebrew Detector/Sample Diluentを添加した後の血漿サンプル中のスパイクタンパク質は、抗体と抗原抗体複合体を形成した状態ではなく、剥き出しの状態で存在している訳です。
したがって、この論文の結果から、「血中に存在するスパイクタンパク質と抗体の複合体は検出できない!」、「だから、複合体として血中に長く留まる可能性は否定できない!」と主張するのは、全くのデタラメです。抗原抗体複合体の核となる、スパイクタンパク質そのものが検出限界以下でした。
Tween 20などの界面活性剤による血漿サンプルの『下処理』は、ELISAを日常的に行っている研究者からすれば、常識レベルの話です。今回、幸いなことにQuanterix社のHomebrew Detector/Sample Diluent(サンプル希釈液)は、その成分表が公開されていて、Tween 20が含まれていることが分かりました。しかしながら、他の企業が販売する試薬で成分表が公開されていなくても、それを少し振れば泡立つことから『経験』として、またその役割から『知識』として、通常、何らかの界面活性剤が含まれていることは、研究者なら誰でも知っていることです。
一方、ELISAを行ったことのない一般人は知らないでしょう。それは当然です。しかしながら、実験方法(Materials & methods)の項目を深く読み込めば、血漿サンプルをHomebrew Detector/Sample Diluentで希釈していること、そして、それにTween 20が含まれているということまで辿り着けるはずです。
実験方法を読むことの重要性は、まさにそこなのです。
以上。
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※ この記事は個人の見解であり、所属機関を代表するものではありません。
※ この記事に特定の個人や団体を貶める意図はありません。
※ 文責は、全て翡翠個人にあります。
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