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病んでいる人の周りの人の独り言

私の周りには、心身ともに病んでいる人(?)の類が多い気がする。起立性調整障害とか、PTSDとか、その他諸々いろんな病気とか、それぞれ2〜4人ぐらい知り合いにいる。これを病んでいると称して良いのかはわからないが、この記事ではそう呼ばせてほしい。世間一般の病んでいる人の割合なんて知らないから、もしかしたらこれは少ない方なのかもしれないし、普通なのかもしれない。でも、なんとなく小学生のときより多い気がするな〜という感じ。小学校と高校を比較しても仕方ないのは分かっているが。

病んでいる人に限った話じゃない。低気圧に弱い人とか、生理痛がやけに重い人とか、謎にめっちゃ風邪を引く人とか、そういう人は多分世界中どこにでもいるんだと思う。

で、そういう人を見ると、なんでこの人なんだろう、と考える。別に仲の良さには関わらない。友達だろうが赤の他人だろうが、なんでこうなるのは私じゃなかったんだろう、どうしてこの人だったんだろう、この人以外が同じことになったら耐えられるのかな、それとも誰が同じことになっても耐えられないのかな。ほんのちょっと前まで私が代わってあげたいって本気で思っていた(私なら代わってもなんとかできるだろうという謎の自信がある)けど、私の身体はどうしたって健康体過ぎて代わることは無理そうだと気付いたのは割と最近。

小さい頃から自分より苦しい人がいるという状況がなんとなく嫌で、だからいろんな仕事に手足を突っ込んだ。部活でもまあまあ動いてきた方だと思うし、生徒会やら実行委員会やらも片っ端から手を出して、口ではリーダーなんてもうやりたいくないよ、と言いながら実行委員長なんかもやってきた。早生まれが故にちっちゃい子扱いで全く頼られなかった幼稚園の頃とは対照的に、小学校では「しっかりした賢い子」としてたくさん頼られるのが嬉しかった。
中学でも同じに、とはいかず、中3のときについに壊れて、以来仕事は減らすようにしているが、やっぱり根っこは変わらずというか、私が一番たくさん仕事したいと思っている。

でも、健康問題は仕事量では覆せない。私は低気圧でもなんともないし、生理痛も大して重くないし(重いときは大抵先生とのバトルによるストレスだと相場が決まっている)、もちろん「〇〇障害/症候群」と名前がつくものは(少なくとも私が知る限り)持っていない。

不謹慎かもしれないけど、そういうの持ちたい。フラッシュバックがどういう感じで苦しいのか、低気圧で頭が痛いってどんな感じか、病んでいるときは何を言ってほしいのか、生理痛で動けないってどんなもんなのか、自分の中に別の人がいるってどんな感覚なのか、なぜリスカやODをしたくなるのか(そもそもしたくなってするものなのか)、結構真剣に調べたが分からなかった。「ただ抱きしめて頭なでて頑張ったねって言ってほしい」みたいな話も聞いたが、そこまでの関係値を築けている人って少ないと思う。それとも赤の他人でも良いから抱きしめてほしい感覚があるのだろうか。その感覚もわからない。

「人の痛みに寄り添える人」になるには、あまりにも自分にはパーツが足りない気がするのだ。同情も共感もできないし、どんなに仲が良くて付き合いが長くても何を考えているかは分からない。今は縁を切ったかつての親友に『親友でしょ、私が何考えてるかなんて分かるでしょ!』と怒られたこともあるが、本気で人の気持ちが分からない。もちろん空気も読めないし、読もうとして結構頑張っているときに口や手を滑らせて状況を悪化させることもまあまあある。分かったつもりになって人を傷つけるのも怖いから「あ、今こういうこと考えてるな」と思っても、基本口に出さない。空気が読めないというより、空気を読まないに近いのかもしれない。というか、自分が思っているより人に興味がないのかもしれない。
「寄り添える人」になりたいと思う一方で、病んでいる人に引き摺られて自分も苦しまないように、みたいな話も聞く。けれど、やっぱり本当はそういうことができる人になりたいと思っている。もっと私の世界が狭かったらできるかもしれないけど、生憎生徒会長という立場も部活の2人しかいない最上級生という立場もあるので一人だけに構うこともできず。まあ元々の性格もあるから世界が狭くたって寄り添えないかもしれないけど。(そもそも病まなきゃ寄り添える人になれないのかというと疑問が残る。病んでいる人が寄り添うのを求めているかさえ分からないし、詰まるところ寄り添いたいなんて自己満足だ)

こんなことを言っている私がピンピンしていて本気で苦しんでいる人たちがやっぱり苦しんでいる、というのが不平等だな、と突然思った。みんな同じように苦しんで、同じように喜んで、心身の不調をそれぞれ一つずつぐらい抱えるかもしれないけど、みんな同じになればいいのに。というか、やっぱり知能が発達している人間だからこんなことになる気がするので、無性生殖の生物になるか、むしろAIに全部管理してもらうか…
そんな世界恐ろしいという意見と、それが当たり前なら別に恐ろしくもなんとも感じないだろうという意見があるだろうし、別に最適解があるとは思っていない。今私は理系生物選択という奇特な人の集まりみたいな組織にいるのでこういう話も友達としたりしなかったり。なんか、みんな平等に苦しんで、みんな平等に喜べる世界があったら良いのになと漠然と思った一日だった。

SNSだと実際に病んでいる人に関する投稿は探せば割と見つかるのに、その周りの健康な人の記事はあまり見たことがないから書いてみた。まあ周りの人は言うまでもなく健康だから記事なんか書く必要ないかもしれないけど。

病んでいる方に対して責めたり自慢したりする意図は全くないのだが、そういうふうに感じられてしまったら申し訳ない。でも元気な人はこんなこと考えてもどうせ元気なので(私も考えるだけ考えてどうせ今日もちゃんと寝て元気に起きるだろう)少なくとも私みたいな人のことは好きなように振り回してくれたら嬉しいと思う。


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