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原作通りでも

僕はここで何度か、日本テレビのドラマ『セクシー田中さん』の著作人格権の侵害とその結果の原作者の自死について書いているのですが。

あの辺の情報を追っていると、比較対象としてアニメについての話が流れてきます。

アニメは漫画原作が多いわけですけれども、この手の作品のテーマをまるっきり無視したような大幅改変は、あまり聞きません。

アニメファンと原作の漫画ファンが被っているので、そういうことをするとめっちゃ嫌われますからね。ドラマはむしろ、タレントありきなところがあるから、原作軽視の風潮があるのかもしれない。手塚治虫先生の『ブラックジャック』がまたドラマ化され、キリコが女になってると話題になってました。

こういうドラマの改編を擁護する声の中に、作り手のクリエイティビティについて触れてる意見を見たんですけれども。

じゃあ、原作通りに作った結果、アニメーターのクリエイティビティが発揮されていないのかと言うと、そんなことないなと思ったというのが今回の記事。

このあいだ漫画の手伝い仕事をしていたので、BGM代わりにアニメを流していました。そのうちの一つが『葬送のフリーレン』。週刊少年サンデー連載の漫画が原作。

そして僕はサンデー読者なので、第1回からリアルタイムで雑誌連載を読んでいました。漫画の感想記事でもけっこう取り上げています。ヒンメル推しです。で、その漫画がアニメになって思ったことは。

アニメの方が面白いのではないか。

漫画も十分に面白かったので、人気が出てそれでアニメになったわけですけれども。アニメで見ると当然のことですが、音と動きがあるのです。

これは静止画によって構成される漫画にはどうにもできないところ。そしてその部分での間の取り方や表現で、十分にアニメにした意味というのが出てくるよな、と感じます。特にアクションシーン。めっちゃ盛り上がる。

同様の感想を持って見ているのが、『怪獣8号』。こちらもジャンプ+を読んでいるので、漫画原作を見ている作品。そしてやっぱり、たっぷりと尺を取って、音と動きがついていると、アクションシーンがめっちゃ盛り上がるのです。とても面白い。

ちなみにどちらも、アクションシーン以外でも、やはりきちんと間が演出されていて、そこに声優さんの声の演技が乗っかり、その分面白くなっています。

ちゃんと原作を尊重して映像化しても、必ずその表現形式としての違いの部分で映像化したプラスが発生する。違う部分だから、そこはクリエイティビティが求められ、そしてその分面白い。アニメーションの語源は「魂を吹き込む」だということがよく言われますが、本当です。

小説をコミカライズする時も、どう絵にするかと、どう間を取るかのような細かい演出の部分は漫画家の腕で、しかもそれが漫画の本質だったりします。そういうことだと思うんですよね。

ちゃんと作ればいいのにねと、ますます感じたのでした。

ちなみに『葬送のフリーレン』は、面白いのですけれども弱点があり。

在宅で一人で作業している深夜にずっと流していると、作品の雰囲気のせいでめっちゃ寂しい気持ちになってくる。

人は死んでしまうんですよねえ……。

(ブログ『かってに応援団』24/7/3より転載)

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