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本『山のトムさん』

『山のトムさん ほか一篇』(石井桃子/福音館書店 福音館文庫)

『クマのプーさん』を読んだ後で、訳者の他の本も読みたくなり、
最初に『山のトムさん』を読んだのは中学の時で、図書室で借りた気がする。
そのとき思ったのは、ネコのトムがかわいい、ということだった。
当時、同級生に、おもしろい本だとおすすめしたけど、
あいにく、愛犬家かつ猫アレルギーの子だったため反応はいまいちだった。

私はイヌもネコも飼ったことはないけど、どちらかといえばネコが好き。
とくに白と黒のネコがかわいいと思うようになったのはこの本の影響で、
それ以前は映画『子猫物語』のトラネコが好きだった。
子猫物語を見た後、私があまりにもしつこくネコ飼いたいと言ったので、
その頃の母はかなりうんざりしていたと思う。

二十代になってふとまた読みたくなり、買って読んだ。
やっぱりトムはかわいいと思った。

最近、また思い出して、また買い直して読んだ。
読み始めてすぐ、文中に猫の目玉が書いてあるところでハッとなった。
今でこそ絵文字混じりの文も見慣れているけど、
三十年以上前に初めて読んだ時は、こんなの有りなの!?って驚いたんだった。

そして、三度目に読んでみると、今までとは全然違うところが気になる。
たしかにネコの描写はすごくリアルに目に浮かぶようで、トムはかわいい。
それは変わらないけど、それ以外のところで、戸惑う点がいくつも。
戦後間もないころで、田舎に開拓した家にネズミがいっぱい出て、
就寝中ネズミに鼻をかじられるけれど、大騒ぎというほどにはならない。
ここでまず、感染症とか大丈夫?って思ってしまう。
下痢になったトムが粗相をくりかえす場面があると、
獣医さんに診てもらわないの?と思ったり、
消毒液にはもっと安全で無害なものは無かったんだろうか、と考えたり、
とにかく安全や衛生が気になってしょうがなかった。
逆にいうと、二十代までは気にならず読めたということは、
自分はそういうことを今ほど気にせず生きてたんだな、と思った。
こどもが生まれてからいろいろ気にするようになった、というのと、
世の中がどんどん安全に衛生的になっていっているのと、両方あると思う。

それはさておき、読み終わるとやっぱりトムはかわいいし、
トシちゃんやおばさんや人物の描写もおもしろいし、挿し絵も味があるし、
児童書だけど、また何年かしたら読み返したい。

今回買った本は昔読んだのとは版が違って、この版で収録された短編、
「パチンコ玉のテボちゃん」は初めて読んだ。
テボちゃんというのはネコじゃなくて5歳の子どもで、
テボちゃんの家の人は家業が忙しすぎてかまえず、ちょっとしたなりゆきで
テボちゃんがトシちゃんの家に来て半月も泊まっていき、その間、
家の人から全く連絡なしという、今じゃありえない状況になっている。
かわいそう?と思って読み進めると、テボちゃんは平然として元気だし、
トシちゃんたちも「よくきたな!」と歓迎して、一緒に遊び、
おばさんたちと一緒に牛の世話をして結構お手伝いも役に立ち、
帰った後も、みんな、テボちゃんはいい子と言っている。
テボちゃんのかたことの傑作カルタが忘れられずくりかえされるところは、
祖母が私に「あんた小さい時、文化会館のことブンカンカンて言ったねえ」
と何度も懐かしんで言っていたみたいに、
かわいかった、おもしろかった思い出を反芻してる感じで、
読み終わってみるとなんだかほっこりする話だった。