見出し画像

vs足伸ばしおじさん

室内には大人の男が裸で並んで座っていた。

そこはとても暑く、いる者はみな滝のように汗をかき苦悶の表情を浮かべている。前の方に配置されているテレビではクイズ番組が流れていたが、暑さのために内容はイマイチ頭に入ってこない。

時計を見ると針は4を指していた。たしか入ったのが8だったはずだからもう8分程この暑い部屋に居ることになる。ずいぶん汗をかいたし、暑さにだんだんとイライラしてきて頭をかきむしりたくなる。そろそろ限界だ。

俺は立ち上がり、裸で座る男達の間を縫って部屋を出た。湯気が立ちこめる浴室に出る。先程までいた空間とは違い人の話し声や水の流れる音、シャワーの音などが雑多に聞こえてきて元の世界に戻って来たような感覚になりなんだか少し安心する。

俺はシャワーを浴びて汗を流した。サウナ後は汗を流すのがマナーだ。水風呂の水をすくいそれを頭から被ることで汗を流す人もいるが、俺はシャワーを使いそこそこの温度で汗を流す派だ。水風呂の水は冷たすぎてびっくりするからだ。ヒートショックという急激な温度差によって心臓や血管の疾患が起きてしまう現象がある。最悪の場合死に至ることもあるらしい。とてもこわいので俺はサウナ後はシャワーを浴びて汗を流す。これを読んでる人もたぶんそうしたほうがいいんじゃあないでしょうか。

そんなことを考えながら水風呂にゆっくり入る。腰まで浸かったところで一息つく。そしてまたゆっくりと肩まで浸かっていく。冷たさに一瞬体が震える。完全に肩まで浸かると、最初は冷たさに体が拒否反応を示すがじわじわと火照った体が冷まされていく感覚になり、次第に頭がぼーっとしてくる。

あーめっちゃ気持ちいい。サウナ最高。太った人入ってきた。うわっすごい水かさ増えた。冷てー。・・・あの人全剃りやん。最近増えとるんやろうけど男の全剃りってまだ見慣れんなあ。

1分くらい水風呂に浸かると、末端冷え性の俺は手足が冷えてくるのでそれくらいになったら水風呂を出る。水風呂を出た後は外気浴をするのだがこの時期の露天はすごく寒くて個人的にはあまり整えないので浴室内のベンチで休む。

ベンチに向かうとベンチの横にうつむきしゃがみこんでいるおじさんがいた。

どうしたんだろう。立ちくらみかなにか起こしてしまったのだろうか。そう思っておじさんに近づくとおじさんはしゃがんでいるのではなく、左足を大きく開き伸ばしていた。左足の付け根は完全に地面に付いており、とても体の柔らかいおじさんだった。

なんだ、ストレッチ的なことしてるだけか。安心した俺はベンチに座り整いを始めた。整い中もおじさんはずっと同じ姿勢で足を伸ばし続けていた。

俺はおじさんを若干気にしながらもたまに頭皮マッサージなどをしながら整いを続けた。頭皮マッサージをするのはハゲるのがこわいからだ。俺の親父は28才くらいから一気にハゲたらしい。一寸先は闇だ。

そのまま5分くらい経っただろうか。おじさんはまだ同じ姿勢で足を伸ばし続けていた。よく顔を見るとおじさんの目は古いシャッターのように閉じられ、口も一文字に結ばれていた。

もしかして気絶してる?ストレッチ的なことしてると思ったけど屈伸してるわけでもないし、ストレッチならさすがにもうちょっとこまめに足を入れ替えたりするもんじゃないだろうか。立ちくらみか何かを起こして左足を伸ばした姿勢で倒れ込み気絶してしまった?

ふとおじさんの奥でジェットバスに入ってるお客さんと目が合う。そのお客さんも気になっていたようでどこか心配そうな顔をしていた。

やっぱりこれは異常なことなんじゃないだろうか。

あまりにも体操してるみたいな感じで倒れているから誰も声を掛けられないだけで、おじさんの命が危ないんじゃないだろうか。おれがサウナに入って水風呂で気持ちよくなって整ってる間にもおじさんの命は刻一刻と危機的状況にむかってるんじゃないだろうか。

しかし単純にストレッチ中だったらどうする?気まずくないか。もしかしたらストレッチの邪魔をされたおじさんが激昂してその柔らかい体を駆使してなんかすごい間接技をかけてくるかもしれない。ダルシムみたいな攻撃をしてくるかもしれない。

いや考えていてもしょうがない。とりあえずおじさんに「大丈夫ですか?」と声を掛けてみよう。バトルを仕掛かけてきたらなんとか戦って勝とう。

そう思ってベンチから立ち上がった瞬間。おじさんが顔を上げた。

おじさんは立ち尽くす俺を怪訝な面持ちで見た後に、開かれた左足を閉じた。

まずい!やられる!

そう思った直後おじさんは、ゆっくり右足を伸ばし始めた。そしてうつむき目を閉じてさっきまでと同じ姿勢に戻ったのだった。

よかった。ただの足伸ばしおじさんだった。

安心した俺は体を洗い浴室を出て、コーヒー牛乳に17アイスも食べて銭湯を後にしましたとさ。

めでたしめでたし

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?