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【「フルートの日」に寄せて】むかしむかし、あるところに…

 40年ぐらい前に九州の片田舎で小学生だったとある男子児童の話。ここではN君としておきましょう。今でもそうなのか分かりませんが、3年生になると学校で縦笛(ソプラノ・リコーダー)を習うことになっており、N君のクラスでは担任の先生が子供たちのやる気を出させようと「何曲吹けるようになるか皆で競争しましょう」とスタンプラリーのようなことを始めました。それまで特に楽器を習っていたわけでも音楽が特段好きだったわけでもなかったN君でしたが、「縦笛で吹ける曲を増やす」という競争にいつの間にかのめりこんでしまったようです。

 その年の夏休みの間、彼は暇さえあればずーっと自分の部屋でリコーダーを吹き続けて、両親から「笛吹童子」の称号を獲得しました。いつの間にか学校の音楽の教科書に載っていた曲は全て吹けるようになり、レパートリーを増やすためにたまたま家にあった歌謡曲の歌集のようなものまで引っ張り出してきて片っ端から練習したそうです。果ては「ラジオ体操第一」の曲にまで挑戦したとか…。
 
 1年間続いたそのスタンプラリーでは、諸事情あってN君は最終的に1位にはなれなかったようです。ただ結果が出るころには競争云々よりも「笛を吹くこと」自体が楽しくて仕方なくなっていて、同時にクラスの皆が持っている縦笛では何だか物足りなくなってきてもいました。当時「オーケストラがやってきた」というテレビの公開収録番組があり、たまたま地元の市民会館で収録が行われたときは、両親に連れて行ってもらってオーケストラをじーっと見つめたりもしていましたが、実はそのとき彼が目をつけていたのは「縦笛と形が似ている」という理由でクラリネットでした。

 次第に楽器熱が上がってきた息子を見て、中学校の教員だった彼の父親は勤務先の音楽の先生に相談したんだそうです。返ってきた答えは「クラリネットは小学3年生の肺活量では難しいかもしれない。そんなに楽器をやってみたいんだったらフルートなんてどう?」 その話を聞いて市内の一番大きな楽器店に連れて行ってもらったのが、N君にとっては初めて間近でフルートを見た体験でした。ショーケースに並べられた銀色の横笛はどれもキラキラと輝いていて、彼を夢の世界に誘惑しているように見えました。
 
 「これ欲しい!これ買って!」
 
とN君は興奮して両親に頼んではみたものの、楽器店に置いてあったフルートは安いものでも6万円ぐらいしました。どこまで本気で続けるのか分からない子供のオモチャとしてそれだけの金額を軽々と出すことには、どちらかと言うと節約生活を心がけていた両親としてはやはりかなりの葛藤があったものと思われます。数ヶ月にわたって要望は却下され続け、最終的に彼は楽器店で貰ってきたフルートのカタログを毎晩のように眺めては、まるで当てつけのようにそれを枕元に置いて寝るようになりました。
 
 そんなある日、ついに根負けした両親から一つの提案が。
 
 「楽器を買ってやっても良い。やるからには上達しなくては意味がないから楽器店のレッスンに通いなさい…ただし徒歩で(!!)」
 
 両親は自宅から楽器店までそこそこ距離があることを承知で、「歩いてレッスンに通え」と言えば面倒がって諦めるかもしれない…という微かな期待(?)もあったようですが、完全に盛り上がっちゃってる彼にとっては障害でも何でもありません。というわけで小学校4年生の冬、N君は例年になく高価なクリスマスプレゼントとして、初めて自分のフルートを手にしたのでした。そして、毎週水曜日は学校が終わると家に帰ってランドセルを部屋に置き、代わりにフルートと譜面が入ったリュックサックを背負って歩くこと片道1時間。九州の片田舎の鼻垂れ小学生にしてはやや高尚な習い事として、購入した楽器店で開講していたフルートのグループレッスンに通い始めることになったのでした。

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 この文章は2012年の秋に実家近くの公民館で地区の皆さん向けに初めての演奏会を開催した際、自己紹介代わりに書いた文章を元に改稿したものです。今日(2/10)は「日本記念日協会」(というものがあるんですね)が正式に認定する「フルートの日」だそうなので、せっかくですから、僕がフルートを始めたきっかけについて書き綴ってみました。

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