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ユーザーの行動を学問的に捉える。行動経済学の社内勉強会を開催しました

こんにちは。 Money Forward Lab です

こんにちは。Money Forward Labの川上(うぇるだん)です。

Money Forward Lab(以下Lab)とは、Money ForwardのValueの一つでもある、「テクノロジー・ドリブン」を体現し、さらなるデータの可能性を追求するために設立された、社内研究組織です。
Labでは、「お金のメカニズムを解き明かすことで、人生に笑顔と驚きを」というMissionのもと、機械学習等の技術を用いてデータを利活用し、お金に関する悩みを減らすことや、バックオフィス業務を効率化することを目指し、日々研究を行っています。

Labの設立の経緯や、実現したい世界については、こちらのnote記事をご覧ください。

行動経済学って知ってますか?

さて、みなさんは「行動経済学」という言葉をご存知でしょうか?
行動経済学とは、さまざまな現象の背後に存在するヒトの意思決定の仕組みや傾向に関する学問です。
従来の経済学(広く経済についての学問領域)では、ヒトは、情報を最大限に利用し、高い計算能力で自分の利益を最大限にするよう合理的に行動するものとして考えられてきました。しかし実際には、意思決定時に、ある行動の期待値を正確に捉えきれなかったり、嫌なことを先延ばしにしてしまったり、時には自分のためではなく人のために利他的な行動をとったりという、非合理的な行動をします。このため、経済学の知見だけでは、とくに短期的なヒトの行動がうまく説明できないことがあります。そこで、伝統的な経済学に、ヒトの意思決定について研究する心理学を組み合わせて、行動における意思決定プロセスを考える手法が提案されました。これが「行動経済学」です。
近年、スマートフォンをはじめとするウェアラブルデバイスから取得される人々の行動ログのビッグデータ解析が盛んになっており、その利点を活かして、行動経済学の分野でも多くの研究が行われています。また、行動経済学の知見は企業行動や政府の政策にもナッジ(注1)などの形で取り入れられています。

注1 ナッジ(Nudge) : 軽く肘でつつく。さまざまなバイアスによって生じる意思決定の歪みを、行動経済学的特性を用いることで、より良いものに変えていこうという考え方

行動経済学の勉強会をやったよ

行動経済学は、マーケティングやユーザーの行動変容への活用という面でも注目されています。
たとえば、アプリのプッシュ通知やクーポンの発行タイミング、プライシング、LP(ランディングページ)の文言などのデザインに利用されています。

LabのMissionでもある「お金のメカニズムを解き明かす」ため、行動経済学の知見を用いてユーザーの行動に関する研究を行いたいと考えています。

Money Forward Lab × 行動経済学

その中で重要となるいくつかの理論について、社内勉強会として技術顧問の先生にご講演いただく機会がありましたので、今回はその内容の一部をご紹介します。
勉強会は、『昼どき行動経済学』というタイトルで、4月から6月まで毎月1回、全3回で実施しました。

今回、わたしたちに行動経済学について教えてくださったのは、慶應義塾大学経済学部教授で、理研AIP経済経営情報融合分析チームリーダーや総務省統計研究研修所の客員教授としてもご活躍されていらっしゃる、星野崇宏(ほしの たかひろ)先生です。

■星野崇宏教授 プロフィール(※2022年9月1日時点)
慶應義塾大学経済学部教授、理化学研究所AIP経済経営情報融合分析チームリーダー、総務省統計研究研修所客員教授、行動経済学会副会長、マーケティング・サイエンス学会理事、経済産業省ナッジプロジェクト委員などとしてご活躍中

勉強会のようす

勉強会では、行動経済学のさまざまな理論を実際の研究例を交えながらお伝えいただきました。講演自体はオンラインでの開催だったのですが、チャットやQ&Aツールを使ってインタラクティブに実施していただきました。

各回のトピックは以下となっています。

【第1回】基礎編 :行動経済学の基本的な概念やその背後にある枠組み
【第2回】実践編①:行動経済学を利用した情報提供の方法や通知タイミングについて実践的な応用例
【第3回】実践編② :人々が計画的に行動できない原因とその改善法、貯蓄や投資への応用、消費のパターンや不適切な投資パターンについての実証研究やそこからの示唆

ここからは、実際の授業で取り上げられた理論の一部をピックアップしてご紹介します。(講義内容そのままはお伝えできないので、有名な研究例をもとにして各理論について説明しています。)

「フレーミング効果」

同じ内容であっても表現方法が異なるだけで、人々の意思決定が異なることをフレーミング効果と言います。つまり、ヒトは本質的な情報ではなく、まるで絵そのもの(本質)ではなく枠(フレーム)で絵の価値を判断するように、本質的でない一部の情報(フレーム)の見え方の違いに影響を受けて判断をしてしまうことがある、ということになります。損失や不確実性などのリスクを大きく見積もってしまう要因の一つとして考えられている効果です。
さて、もう少しイメージしやすくするために具体例を挙げてみます。

例1:天気予報や手術の成功率のアナウンス

天気予報を「晴れる確率が50%です。」と伝えた場合と、「雨が降る確率が50%です。」と伝えた場合だと、一般的に晴れる確率が50%だと伝えたほうが、外出する割合が増える傾向にあります。どちらも、雨が降る確率は50%で同じなのですが、雨が降るリスクの方を強く感じてしまうため、このようなことが起こるとされています。
手術を受けるかどうかの意思決定のシーンでも、類似のパターンがみられます。
「術後1年の生存率は90%です。」と伝えた場合、約80%の患者が手術をする選択をしたのに対して、「術後1年の死亡率は10%です。」と伝えられた患者は約50%しか手術すると答えなかったという研究例があります(カーネマン, 2014)。これは、死亡率を伝えるアナウンスの方が損失を強調したフレーミングになっているため、損失回避行動が引き起こされているということになります。

例2:割引額と元値の関係
次に、もう少しフレームの違いによる印象の違いに注目してみます。
以下の問題AとBについて、回答にどのような違いが見られるでしょうか。

問題A
「12,500円のジャケットと1,500円の電卓を買おうとしたところ、店員から、自動車で20分かかる支店に行くと1,500円の電卓が1,000円で購入できることを聞かされた。その支店まで買いにいくか。」
問題B
「12,500円のジャケットと1,500円の電卓を買おうとしたところ、店員から、自動車で20分かかる支店に行くと12,500円のジャケットが12,000円で購入できることを聞かされた。その支店まで買いにいくか。」

2つの問題では、Aでは68%の回答者がが支店までいくと回答し、Bでは29%の回答者が支店までいくと回答しています(小嶋, 1986)。
実際にお買い物の総額が500円安くなるというのは同じなのに、どうして回答者(消費者)の意思決定に違いが出るのでしょうか?ここでは回答者はジャケットと電卓をそれぞれ別の買い物と考えたうえで、さらに問題Aでは電卓の「1,500円が1,000円」になっていることに注目し、問題Bではジャケットの「12,500円が12,000円」になっていることに注目していると考えることができます。これは、それぞれのフレーミングにおける割引率に回答者が注目してしまった、つまり、フレームによって印象が大きく変わったことを示唆しています。

「現在バイアス、時間割引率、双曲割引」

ヒトはどうしても、将来の利益よりも目の前の利益・満足感を優先してしまう傾向があります。これを現在バイアスといいます。ダイエットをしたいのに、今おやつを食べるのをやめられず、明日からやればいいやと思ってしまうような先延ばしの心理もそのひとつです。
現在バイアスを実感できる以下のような問題があります。

問題1

A. 今 10,000円もらう

B. 1週間後 に11,000円もらう

問題2

C. 1年後に10,000円もらう

D. 1年と1週間後に11,000円もらう

問題1ではAを、問題2ではDを選択するヒトが多く、このような選択の変化は時間経過によって起こることが知られています。すぐに得られる報酬(現在の価値)と比較して将来得られる報酬(遅延報酬)がどのくらい少なく感じるのかを、時間による報酬の割引率で考えることができます。これを時間割引率といいます。また、この割引率は時間経過とともに緩やかになっていくことが知られています。これを双曲割引といい、現在バイアスを説明するのに使われます。

例題では、問題1は現在に近いので1週間という期間での割引率を高く感じ、Aを選択する傾向が見られましたが、問題2では遠い将来における1週間の割引率はあまり高くないように感じ、Dを選択する傾向が見られたと説明することができます。
一見普遍的な価値をもっていそうな現金でも、時間によって感じる価値は大きく変わってしまうのはとても興味深いですね。

現在バイアスは、一見すると非合理的な選択選好性なのですが、狩猟時代のような、次にいつ報酬(獲物など)にありつけるかわからないような状況で生存していくために人間が自然環境や社会集団に適応した結果であると考えられています(石川, 2011)。そう考えると少し納得できる気もしませんか?

勉強会では、ここで紹介した以外にも多くの知見を共有いただき、非常に濃い時間となりました。

実施後の反応

3ヶ月にわたって取り組んだ本勉強会は、受講者からもとても好評いただき、「今の業務の改善にいかせそうな原理が多くあり、参考になった」、「実際に業務に活用したい」、「より実践的に、サービスに活用していけるかを話し合うワークなどもやってみたい」、というような活用や更なる学びへ意欲的な要望が数多く上がりました。
毎回60分の時間内に収まりきらないほどたくさんの情報を盛り込んでいただいたのですが、受講してくださった皆さんの、貪欲に知識を吸収して自身の成長や業務に活かそうという姿勢に、改めてリスペクトを感じました。

▶︎受講後アンケート

勉強会への満足度
いただいたコメントの一部

わたし自身、今回の勉強会をきっかけに行動経済学について学び、これまで感覚的にみてしまっていたマーケティング施策やユーザーの行動変容へのアプローチ方法も、科学的に考えることでより高い効果を得られる可能性があることを改めて実感しました。

今回、勉強会という形で、Labとしても久しぶりのナレッジシェアが開催できてとても良かったと思います。今後も継続して、研究結果やナレッジを社内に拡散していきたいです!その際は、noteで発信していきますので、お読みいただけますととっても嬉しいです。


Labは各々で研究テーマを持ちながらも、協力しながら組織としてアウトプットを最大化することを目指しています。Labに少しでも興味を持ってくださった方がいたら、ぜひ下記の求人リンクをチェックしてみてください。

今回の企画に多大なるご貢献をいただきました星野先生、この場をお借りして心より御礼申し上げます。

●参考文献

  • 大竹文雄  行動経済学の使い方 岩波書店(2019)

  • ダニエル・カーネマン ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?  早川書房(2014)

  • 小嶋外弘 価格の心理 消費者は何を購入決定の“モノサシ”にするのか ダイヤモンド社(1986)

  • 石川幹人 人はなぜだまされるのか―進化心理学が解き明かす「心」の不思議 講談社(2011)


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