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居心地の良い喫茶店を見つけた

 小さな喫茶店のお話しである。デザイン良さそうな工務店が看板を下ろした。若い二人が組んでいたようだが、長くは続かなかった。次はどんなお店が入るんだろうか、飲食店だと、特にお惣菜屋だといいなぁと思いながら、工事を眺めた。冬が終わる三月頃、ツバメが一羽飛んでいるランプが灯り、プレオープンですの細いペンの細身の文字が並んでいた。シフォンケーキとコーヒーと紅茶のお店。つまり喫茶店だ。cafe swallowの控えめな文字が小さく並ぶ。これが私とお店との出会いだった。
 何時から何時まで開いてて、いつが定休日なのか次第にわかってくる。13時から19時まで、水曜定休。駅から市役所へ向かう途中にあり、斜向かいには新しく大きな予備校ができた。学生がたむろするんじゃないか。しかし、今の学生に喫茶店でたむろする時間やお金があるのかどうか。ないだろう。
 そんななか、今朝ボヤ騒ぎが起きた。臭いはなかなか取れないし、暑さから光化学スモッグ注意報が発令されたが、気分転換を兼ねてまったり散歩することにした。
 カラカラと鈴が鳴る。白と焦げ茶色を基調とした落ち着いた店内。剥き出しにされている大きな梁、木目調が美しいテーブル、シンプルな木製椅子。良いスピーカーから流れるジャズ。大きな食器棚にはコーヒーカップが並ぶ。年代物だろうか。藍色が目立つ。ギター、レコード、壁掛けの振り子時計。運ばれた冷水の氷がカラリカラリと音を立てる。クリップで挟まれただけのシンプルなメニュー。プレオープン時と変わらず、細いペンで書かれた文字が几帳面に並んでいる。紅茶は少なく、アイスティーがないのは残念だったが、ミルクたっぷりのアイスカフェオレを頼んだ。カウンターにいた先客が出て、一人きりの時間。店内を撮影したり、燃えカスの臭いがしない空気の美味しさを噛み締めたりした。大きな食器棚をボーッと眺めてるとアナログカメラが一つだけ不格好に並べられていた。レンズでこの不穏な気持ちをシャッター音とともに切り取ってくれそうだ。そのぐらい居心地が良い。木目調のテーブルは表面がかなりデコボコしていてボードゲームやアナログな原稿執筆には耐えられそうもない。だが、この雰囲気で原稿執筆に励んでみたいと感じた。


 レジは意外にも最先端技術を取り入れたデジタル機器だ。レジ台には今はほとんど見かけない黒電話が載っているので、デジタルなレジの異様さが目立つ。店主は、自宅のiPadから操作できるし税務申告のソフトに全部打ってくれる、機械がやってくれる利便性を取りました、と笑った。物腰柔らかいおじさまで脱サラしたというより元々接客業をやっていたのではないかというぐらい不自然な点はない。それに大きな予備校の影に入るため、ありがたいことに店内はすぐ涼しくなる。アイスよりも温かな紅茶で長居したい、リベンジしたいという欲が湧いた。店主はレジもアナログにしたかったと笑い、またの再会を約束して店を出た。

 この話を書き終わる頃に光化学スモッグ注意報は解除された。

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