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【感想文】八月の御所グラウンド

冬の直木賞でよかったと思った。あんまりにも、夏の描写が強すぎて、八月にこの本を読んだら、きっと私は耐え切れずに京都に向かっていたと思う。

核心にあえて触れる気持ちもないですが、ネタバレは避けられないので、以後よろしくお願いします。

万城目ワールド、本当に気持ちよかった。クスッと笑える小ネタの散りばめ方がいい。読書仲間が先に読んで「集大成のような感じでした。完成というか」と言っていたのが、なるほど、と思った。『プリンセス・トヨトミ』の時に思ったが、「ありそうでなさそう なさそうでありそう」という、ギリギリの塩梅を見極めるのがうますぎる。
読み終わった後に、つい「豊臣 末裔 姫 いま」と検索したくなる感じ。
「たまひで杯 京都 野球」検索。

ワードで言うと、一番好きなのは「オタフク戦争」かなあ。なんじゃそれ、誰が名付けたの、と聞き返したくなるような秀逸さ。京都で暑さと寒さを繰り返して人間刀身になるのも、う~んと唸ってしまう。残念ながら京都に住んだことはないのだけれども、それでもなんとなく理解してしまうような、そういう深さがある。京都の学生が読んだら、また違う実感があるのだろうか。そして、人生の中に京都の記憶がある人をうらやましいと思ってしまいました。
余談だが、冒頭の駅伝は、現在週刊少年ジャンプで連載中の「アオノハコ」の絵で再生された。どちらも読んだことがある人には、「この子でしょ」と伝わってしまっただろうか。ここでも「こんな方向音痴、さすがにいないでしょ」と思いつつ、随所に描かれる現実味を帯びた心象描写が、「もしかしてあるかも」という錯覚を呼び起こす。新撰組の面々は、果たして幻だったのだろうか。であれば、なぜ新撰組なのか。なぜ駅伝の側に現れたのか。

その疑問が解消されないまま、一気に場面は真夏のグラウンドに切り替わる。急に始まった野球大会、強引に参加させられる主人公。そして、気づいてしまったこと。
真実はない。真実が探偵によって解き明かされるような、ミステリーではない。謎は謎のまま、「かもしれない」という推測の下で話が進んでいくが、そこから得られる切なさと、この鳥肌は、現実以上のメッセージを、現代の我々に突き付けてくる。
以前、とある映画が公開した時に「特攻隊員じゃないと感情移入できないようなら、戦争教育が行き届いていない証拠だ」という感想を見たことがある。映画の批判と言うよりも、戦争というものがいかに人間の命を粗末に扱うものであるかが、きちんと責任をもって次世代に伝えられていないことへの嘆きのようだった。一理あるなと思った。
もう我々は、実感を伴って戦争を伝えることが難しい局面に来ている。経験していない世代が圧倒的に多いからだ。それは幸せなことだし、そのありがたみは享受しなければならない。
では、なぜ戦争はしてはならないのか。いかなる悲劇をもたらすのか。
何万人の同胞が亡くなった。食べられずに何万人が死んだ。こういう伝染病で命を落とした。そういう統計上の数字ではない。命を賭して戦争に向かった青年の悲恋でもなくて、単純に「野球がしたい」という若者の感情が、こうも胸を打つものだとは思わなかった。

万城目ワールドにわはは、と笑っていたのもつかの間、最後の20ページは呼吸を忘れるように没頭して読んだ。少しずつ、いろいろな人の気づきが重なって、一つの「結論」を導く。だが、理由はわからない。あるとすれば、おそらくそれは「野球がしたい」という願いだけ。
私、次に「沢村栄治」の名前を聞いたとき、涙が止まらなくなってしまうかも。

そして、名もなき先輩、いや、名前は確かにあった。写真も一枚も残さずに、人々の記憶から薄れていってしまっても、統計上の数字に吸収されて、実態を伴わなくなってしまったとしても、11月の農学部グラウンドで、未来への希望と絶望を抱きながら、異国の地で戦死した若者が、確かにいた。
ずるいな、と思う。甲子園の中継、絶対泣いちゃうよ。
と、同時に、野球だけじゃないよな、と思う。陸上をしたかった、絵を描いていたかった、数学の勉強をしたかった、建築を学びたかった、料理を作りたかった、恋人と手をつないで帰りたかった、家族とずっと喋っていたかった。小さな願いをないがしろにしているな、と反省した。

「沢村栄治」に気づくのが、中国出身のシャオさん、というのも感慨深い。いつか大学の時、ゼミに参加していた中国人留学生が、日中戦争のことを、すみませんと断りつつ「抗日戦争」と表現していたことを思い出した。私はその時、自分の無頓着さに気づいた。そういう私への警鐘かもしれないと思うのは、穿ちすぎだろうか。

感傷に浸りすぎて、支離滅裂ですみません。この話があっさりとしているのは、ここにきっと理由がある。情緒たっぷりに書くと、おそらく白けてしまうんだろう、男子学生の「ノリ」で描ききったからこそ、余韻がある。
読んだら売ってしまおうかな、なんて思ってたけど、毎年8月に読みたくなる、そういう素晴らしい小説でした。
直木賞おめでとうございます。

▽追記(蛇足)
えーちゃんが隼人に代わって投げられるか、と聞かれ「肩を壊して」と辞退するところ、肩を壊した原因を知ってから読むと、ああ〜っといううめき声が出る。悔しい。
ところで、好投続けた隼人くんにも、もう少しスポットライトが当たる感想を書けばよかったと後悔してるので、もう少し追記するかも。

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