お辻さんの決断 腹を決めるとき

北関東のほうから江戸に、反物をかついで行商に来るばあさん二人。

かついで来た反物を全部売り切ればそれなりのお金になったのでしょう。

一服するために神社の境内に出ている茶店に立ち寄った二人。

その神社では宮地芝居をやっていた。

幕府公認の芝居小屋とは別に、境内などを借りて小屋を建てて興行を行う宮地芝居。

大歌舞伎よりはちょっとランクが落ちる印象だけれど、中にはいい役者もいたりなんかする。

せっかくだから一幕見て行こうよ、と言われてもお金がもったいないという、

とってもケチな、お辻ばあさん。

渋々芝居を見たのだけれど、出ていた役者に一目ぼれしてしまうのでした。

お辻さんは急に積極的になって、一席設けてその役者に一杯ごちそうする事にしたのでした。

でも、その役者さんは町娘と恋に落ち、母親の反対にあい、駆け落ちをしようか、

という状況だったのですね、、、、。

強欲な母親は、娘を盗られるなら金を出せと言うのでした。

そんな金は無くて困っているのを見かねたお辻さん、

じゃあ、これを、と、反物の売り上げをみんな母親に渡してしまうのです。

たしか13両くらいだったと記憶している。単純計算すると130万円みたいな感じ。

せっかく苦労して反物を売ったお金を、

見ず知らずの役者の為に投げ出してしまうのは何故でしょう、、、。


見るに見かねて、

気の毒に思って、

ここは一番助けてやらなくちゃ、

と、そんな心持ちだったんじゃないでしょうか。

せっかく足を棒にして稼いだお金を全部投げ出してしまったお辻さん。

でも、お金なんかよりなんだかもっと、大事な事をした心持ちで、

すがすがしい気持ちになるのですね。

いや、でも、心の隅のほうではやっぱりあの大事なお金が、、

という気持ちも有ったでしょう。

でも、一世一代の大仕事をしたような、気持ちがすっきりしたような、

自分にとってはとても大事な事をしたという、満ち足りた気持ちになるのでした。

そう、これが、わたしの、お江戸みやげだよ、と、お辻さんは思うのでした。



これは「お江戸みやげ」という芝居です。

良い役者がやると、なんだかとっても、胸がきゅんとする暖かいお芝居です。



みなさんはこういう経験をした事が有るでしょうか。

見るにみかねて、ええ、もう、じゃあこれを持っていけ、みたいな、、、。

自分の目の前で起こった事に対して、正直に向き合う気持ち。

例えば、財布が落ちていて、中には大金が入っていた、誰も見ていない、、、、

拾ってネコババ出来るけれど、でも、と、ふと思うのです。

これを落とした人はさぞ困っているだろう、と。

だから持ち主のもとへ帰る様にと、交番に届けるのではないんでしょうか。


苦労して稼いだ130万円を、「ここぞ」と思って諦める心。

そんなの理解出来ないという人も居ると思いますが、

ん~、じゃ、もういいや、ここでこの金を投げ出さないと一生後悔するかも、

そうだ、もう、いいや、あげちゃおう、、、みたいな、

そんな諦める心って、たまには、もちろん、ごくごくたまにでしょうが、

せめて一生に一度でも、ここぞ、と思う時に諦められる覚悟を持って生きていたいものだな、

と思うのです。

例えば子供を持つ親なら、そんな事は日常茶飯事でしょうけど、

全くの赤の他人にそれをする決断というのは、なんなのか。

「情けは人の為ならず」と言います。

それって、人の為にするのではなく、自分の為にするのだ、という意味だと言います。

自分と言う人間が、後で後悔する様な事をしてはいけない、義を見てせざるはなんとかだ、

と、自分を貶めたくない心なんじゃないんでしょうかねぇ、、、。

自分と言う人間が後ろめたい事をしてはならないという気持ちから

130万円を捨てる決心をするのだと思うのです。


知っているのに知らぬふりをしたり、見たのに見ぬふりをしたりする事の情けなさ、

たとえ自分がお金を損したとしても、まっとうな事をしたいという気持ち。

そんな心意気を忘れずに持っていたいものだと、思うのでした。



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